25話〜おや?仕留め損なったか〜
ハイドの森、奥深く。陽光も殆ど届かない森の奥地で、私達は巨大なシルバーウルフと出会ってしまった。
絵物語では悪役を懲らしめる正義の銀狼も、現実世界ではただの魔物。獲物を見る目で私達を睨みつけてくるウルフ達は、眉間に皺を寄せて牙を剥いてきた。
【ワォオオオン!!】
【ガウルッ!】【ガウッ!】
銀狼が吠えると、私達を囲んでいたフォレストウルフが一斉に襲いかかってきた。素早い動きで私達に迫り、その鋭い牙で食らいついてくる。私達の事を、食べようとする。
でも、ウルフが私達の肉を口にするより先に、彼らはブーちゃんの拳を味わう事となった。
【ブッハー!】
【ガブフッ…】
ウルフが大口を開けた途端、そこにブーちゃんの極大拳が叩き込まれる。森狼はたった一発でノックダウンして消えてしまう。後に残ったのは、小ぶりな魔石と毛皮だけ。
【キャィンッ!】
【ガゥッ…】
それにも構わず、ウルフ達は次々と襲ってくる。だけど、その度にブーちゃんは拳を振るって、次々と彼らを毛皮と魔石に変えていく。
流石はブーちゃん。
そう思っていたら、ブーちゃんの腕に1匹のウルフが噛み付いてしまった。流石のブーちゃんも、2匹同時に襲われたりしたら対処し切れなかったのだ。
それでも、ブーちゃんの表情は変わらない。まるで痛みを感じていないかのように、噛み付かれたままウルフを地面に叩きつけてしまった。
「大丈夫!?ブーちゃん」
【ブフー!】
元気に返事しているけど、噛み跡がくっきり残ってるじゃない。
私は慌てて、彼の刻印に魔力を送る。すると、その傷がみるみる塞がっていった。
私の魔力もまだまだ余裕がある。これなら、このピンチも大丈夫…。
私の心が浮き上がると、それを銀狼の咆哮が押し沈めた。
【ワオォオオンッ!】
銀狼が動いた。ドンちゃん並のスピードでブーちゃんに襲いかかり、その巨体で体当たりしてきた。
【ブッグゥ…!】
「ブーちゃん!?」
その体当たりを、ブーちゃんは受け止めた。でも、かなり苦しそうだ。じわじわと、ブーちゃんの巨体が押し込まれている。
私は驚いた。だって、いつも陽気なブーちゃんがこんな苦しそうな顔をするなんて思わなかったから。彼の大きな背中は、決して揺らぐことがないと思っていたから。
でも、それは思い違いだった。彼は決して無敵のヒーローではなく、冒険譚の勇者様なんかじゃない。
彼はオーク。それは忘れちゃいけない事だったのに、私はいつの間にか彼を特別な存在と考えてしまっていた。
私達なら何でも出来る。そんな私の慢心が、この状況を作り出してしまったんだ。
【ブッガァア!】
ブーちゃんが荒ぶり、抱えていた銀狼の体を投げ飛ばした。
でも、銀狼は空中で半回転するだけで態勢を整えて、難なく着地して見せた。その姿に、ダメージを受けた様子は全くない。
【グルゥゥウ…ガウッ!】
【ブッ!】
銀狼とブーちゃんがぶつかり合う。銀狼は体だけでなく、鋭利な爪と牙を振り回して、ブーちゃんの体を切り刻もうとする。
対するブーちゃんも、拳を振り回して銀狼の体を殴りつける。でも、あまり効いていない。ブーちゃんの拳が確かに当たった筈なのに、銀狼は少し顔を歪めるだけでブーちゃんの腕に嚙み付き返した。
なんで、全く聞いていないの?あの銀色の毛皮が、ダメージを軽減してしまっているとでも言うの?
【ブッブー!】
腕に噛み付かれたブーちゃんは、反対側の拳で銀狼の顔を何度も殴り、それで漸く銀狼も噛み付きを解いた。
噛み付かれたブーちゃんの腕は、とても痛々しい怪我を負ってしまっている。
「ブーちゃん!」
私は魔力で回復させようとする。でもその前に、ブーちゃんは私を抱えて銀狼達とは逆方向に走り出し始めた。
【ブッフ、ブッフ、ブッフ、ブッフ!】
【アオォオン!】【ガルッ!】【グルルゥ!】
必死に逃げるブーちゃんの後ろを、何匹ものウルフ達が追ってきている。銀狼の姿は見えないけれど、時々森の奥からパキリッと小枝を踏みしめる音が聞こえた。
奴も私達を追ってきているんだと思う。獲物を逃がさないつもりなのね。
【ガウッ!】【ガルゥ!】
すぐ背後まで追いついてきたウルフ達が、ブーちゃんの背中に取り付いて、ブーちゃんの背中にガブリと噛み付いた。
ブーちゃんは鳴き声こそ上げないものの、浮かんでいた顔のシワが更に深くなった。
痛いんだわ。何とかしないと!
「離れなさいよ!」
私は指輪に魔力を流し、サンダーレイの魔法を3発放つ。そうすると、薄い黄土色だった加工魔石が完全に透明となり、効力を失ってしまった。
でも、効果はテキメンだ。ブーちゃんに取り付いていたウルフ達は全身を痺れさせ、地面を何度か転がり消えてしまった。
でも、まだ他のが来ている。消えた仲間を飛び越えて、先頭の2匹がブーちゃんのすぐ後ろに迫った。
何度来ても同じよ!ブーちゃんに手を出させないわ!
「爆ぜよ炎!我が宿敵を燃やし、我が道を切り開け。ファイアーボール!」
言えた!息継ぎなしで言えた!
場違いな喜びを噛み締めながら、私の手のひらから小さな火炎弾が幾つか放たれる。
アクロイド先生には遠く及ばないその攻撃も、ウルフ達を怯ませることくらいには役立った。
でも、そこまでだった。
ブーちゃんが大きくジャンプして、大岩を超えた先には、少し開けた場所であった。
そこには…。
【【【グルルルルゥ…】】】
何匹ものウルフ達が周囲を固めて構えていた。
しまった!追ってきていたのは囮で、私達はここまでおびき寄せられていたんだわ!
私は恐怖で体が縮こまる。お父様が良く、狼は群れで狩りをすると言っていた事を思い出した。強力なリーダーは、それだけ多くの部下を引き連れるとも。
今、私達はこの森全てのウルフ族を敵に回していた。
あの銀狼は、この森の支配者だったんだわ!
「ブーちゃん!これを使うわ!」
私は、胸元からペンダントネックレスを取り出す。その先端には、血のように真っ赤な加工魔石が嵌められていた。
そこに刻まれているのは、炎系上位魔法のエクスプロージョンだ。相当高価な物で、護身用にとお父様から入学祝いで頂いた物だ。
大切な宝物。でも、今ここで使うしかない。
このピンチは、私が招いたものなんだから。
【ブフッ】
しかし、ブーちゃんの大きな手が私の手の上に重なり、ネックレスを仕舞うようにと押しとどめる。
何をするの!?と抗議しようと彼を見上げると、彼は私を見ていなかった。
構えるウルフ達の向こう。森の入口へ続く道の先をジッと見つめていた。
そして、
【ブフッ!?】
急に驚きで表情を引きつらせて、私と共に地面に伏せた。
えっ!?どうして!?
驚いて、私は声も出ずに目を見開く。大きな隙を見せた私達を目掛けて、一斉にウルフ達が飛びかかってくるのが見えた。
ああっ!殺されちゃうわ!
私は目を閉じそうになった。
でもその前に、奇妙な音を聞いた。ヒューンッ!と甲高い、矢の音に似た音が辺りに響いた。
その直後、襲いかかって来ていたウルフ達の首が、ゴロゴロっと落ちた。
目の前のウルフだけじゃない。私達を逃がすまいと囲んでいた殆どのウルフ達の首が落ちていき、消えて魔石と毛皮になっていた。
なっ、なに?なんなの?一体、何が起きているの?
訳が分からず、私はブーちゃんの下で目を瞬かせるだけだった。
そんな中、ブーちゃんがゆっくりと立ち上がる。
私も、上半身だけを起き上がらせて周囲を見渡す。私達の近くに生えている木々や大岩に、何かに切られたような跡が幾つも残っているのが見えた。
この跡は何?何かが鋭利な物で攻撃したの?ウルフ…じゃないわよね?透明な何かでもいるの?ゴースト?レイス?
困惑する私達。それ以上に、生き残ったウルフ達は混乱していた。突然仲間の大半を失った彼らは、私達以上に怯えて、逃げるように森の深くへと走り去っていった。
それを見て、私は段々と怖くなって、その場で固まってしまった。
そこに、音が聞こえた。パキリッと、小枝を踏みしめる音が。
銀狼…じゃない。音がしたのは私達の背後。つまり、森の入口側からだ。
【ブッ…】
ブーちゃんが警戒している。音の方へと体を向けて、私をその大きな背中で隠した。
私も緊張で、ブーちゃんの背中に縋る。この音を出している何かが、あれだけのウルフを一瞬で倒した化け物なのは確実だから。きっと、銀狼なんかよりも余程ヤバい魔物なのよ…。
私は再び、ペンダントネックレスに指をかける。
しかし、
「おや?仕留め損なったか」
その足音の先に居たのは、1人の人間だった。
暗くて良く見えないが、渋く甘く響く声と、僅かな陽光も反射させる銀髪を長く伸ばしているのは分かった。
それと同時に、その男性がブーちゃんに向かってロングソードを構えている事も見て取れた。
「魔力はあまり感じぬな。運良く私の斬撃から免れただけか、それとも、魔力すら悟らせぬ真の強者か…」
男性の気配が変わった。私でも鳥肌が立つほど、危険な何かを感じる。
「まぁ、良い。貴様がどのような存在であろうとも、手を合わせれば分かる事だ」
男性の声に、危険な色が混じる。
斬撃を飛ばした…ということでしょうか?
「それか、風魔法か」
どちらにせよ、かなりの強者ですね。
早く誤解を解かないと…。




