24話〜大丈夫よね?〜
「んっ…んん~!もう、朝なのね」
日が昇り始めた早朝。私は太陽の光で目覚める。周囲を眺めると、草花に朝露がくっ付いており、太陽の光に照らされてキラキラと輝いて見えた。
まるで、夜空に浮かんでいた星々を真似しているみたい。
【ブフ】
「あっ。おはよう、ブーちゃん」
ブーちゃんが手を上げて、朝の挨拶をする。彼の足元には、切り分けられた野菜とお肉、それと白パンが並べられている。野菜と白パンは買ってきたものだけど、お肉はきっと、ブーちゃんが夜の間に狩った物だろう。ホーンラピッドにしては大きいけれど、何のお肉かしら?
それ以外にも、ブーちゃん用のカバンの周辺には沢山の素材が並べられている。ウルフの毛皮にホーンラピッドの角。見たこともない翼も幾つかある。寝る前に魔物避けの香水を掛けた筈だけど、効果が無かったのかしら。それとも、森で狩ってきたの?
【ブフー】
「あっ、ごめんなさい」
いけない。火を起こしてあげないと。
組んであった薪に火をつけると、ブーちゃんはすぐに朝食を仕立ててくれる。
昨晩のブーちゃんは、少しピリピリしていた。変な音がしたからか、時々向こうの方を睨みつけて、警戒しているみたいだった。
でも今はいつも通りに見えるから、脅威は去ったということよね?本当に、あれはなんだったのかしら。
【ブフ!】
「わぁ。美味しそう」
昨日はポトフみたいなスープだったけど、今朝はなんだろう?肉と野菜の炒め物?どんな調味料を使ったのか分からないけれど、ピリリと辛くて美味しいわ。白パンとの相性は…微妙ね。パスタとかの方がより合うかも。
ブーちゃんの特製お肉料理を堪能して、元気満タン。さぁ、今日こそはお宝を発見するわよ!
私は書き写した地図を広げて、昨日足を踏み入れた場所までをなぞる。
えっと…ここだったかしら?
【ブフフゥ?】
ブーちゃんがそっと、全然違う地点を指さす。
ええっ?そっちだったの?
【ブフ】
ブーちゃんは自信満々に頷く。
こんな深い森の中、なんで貴方は分かるのかしら?前回も思ったけれど、良くこの鬱蒼とした森の中を歩いても迷わないわよね。
「歩く時の秘訣とか、迷わない方法があるの?」
【ブフ】
ブーちゃんは大きく頷いて、森を示す。
とりあえず行こう、ってこと?
そうね。時間も限られているし、急ぎましょう。
私達は再び、森の中へと入っていく。昨日、ブーちゃんが通った跡がそのまま残っているから、足取りはとても速い。私も、ランプで周囲を探さなくていいので、スタスタと先を進んでいく。
そうしていると、ブーちゃんが立ち止まって向こうの方を指さした。
えっと…何があるの?
目を凝らしても、そこには何もない。ただ青緑色の果実を実らせた木が群生しているだけだ。
「ブーちゃん。あれはお宝ではないわ。熟していない木の実だから、食べたらお腹を壊すわよ?」
食べられるかと思って、昨日ちょっとだけ齧ったのだ。とても苦くてすぐ吐き出してしまった。
ブーちゃんは首を大きく振った。そして、私が持っていた地図の一角を指さす。そこに書いてある丸い絵文字を指さして、次いで果実の木を指さした。
「ええっと…この絵が、果実の木を表しているってこと?」
【ブフブフ】
正解らしい。
そうか。ブーちゃんは森の中の歩き方を教えてくれていたんだ。こうやって地図の絵と実際の森を見比べて、自分達が何処に居るのかを把握していたみたい。
【ブフフ。ブーフフ】
その後も、ブーちゃんは特徴的な地形を見つけては立ち止まり、ここだよと地図を指さす。急な坂になっている場所がここだとか、小川の形が地図のここと一緒だねと、丁寧に教えてくれた。
なんだか、私も分かって来た気がする。もう、地図の見方をマスターしたんじゃない?少なくとも、最初の頃みたいにクルクル地図自体を回さなくなったし。
そうして歩いていると、昨日引き返した付近に着いた。昨日は空が色付き始めていたけど、今日はまだ太陽がテッペンにも届いていない。
これなら、いっぱい探索が出来るわね。
「あっ、こんな所にも」
探し始めると、古びた硬貨や装備の一部があっちこっちで見つかった。結構新しい物もあるけれど、昨日の銅貨よりも古い物もあった。
探す方向は間違っていないみたいね。
私は更に進もうとする。でも、それをブーちゃんが静かに止めた。
【ブフフ】
止めて、地図を指さす。私達が踏みいろうとしているのは、森の真ん中辺り。つまり、森の深部に立ち入ろうとしていた。
『森の深部に入るときは気を付けろよ!強い魔物も居るからな!』
ふと、ヨルダンさんの声が蘇る。
強い魔物…。
「大丈夫よね?ブーちゃんなら、楽勝よね?」
私が語りかけると、ブーちゃんは真っ直ぐにこちらを見る。そして、ゆっくりと目を瞑って何かを考えているみたいだった。
静かな時が流れる。風が木の葉をくすぐり、鳥達の囀りが遠くで聞こえている。
【ブフ】
ブーちゃんが目を開き、ゆっくりと頷いた。
…大丈夫って、事よね。流石はブーちゃん!
「行きましょう!」
【ブフ】
私は意気揚々と、ブーちゃんは慎重に歩みを進める。
頷きはしたけれど、やっぱり心配みたい。森の深部は昼間でも暗いから、ブーちゃんは頻りに周囲の臭いを嗅いでいる。
【ブフゥ…】
ブーちゃんが低い声で唸り、止まった。斜め前をジッと見ている。
そこに何かいるのね?
私もそこを見ていると、人影が浮かび上がってきた。モコモコの服を着た男性だ。
【ゲヒヒヒヒ…】
違う。男性じゃない。ウルフの毛皮を被ったゴブリンだ。背丈は成人男性とくらいあって、片手に刀身の分厚いバスターソードを持っていた。
ホブゴブリン。
ルチャーノさんが言っていた、ゴブリンの上位種だ。
【ゲヒヒ】
【ギャヒヒ】
そんなのが2体も出てきた。もう片方は、普通の棍棒を持っている。
あのバスターソードは、冒険者から奪った物かしら?持ち物に差があるのは、剣を持っている方がリーダーってことかな?
【ギヒャァ!】
棍棒を持った方が走ってきた。狙いは…私。真っ直ぐこちらに迫ってくる。同時に、獣特有のむせ返る臭いも襲ってきた。
うっ…臭い!
【ギッヒヤァ!】
飛びかかってくるホブゴブリン。それに、ブーちゃんはただ手を伸ばして、振り下ろされた棍棒を払い除けた。そのまま、無防備になったホブゴブリンの頭を鷲掴む。
【ギ、ギィ!】
苦しそうにバタバタするホブゴブリンだけど、ブーちゃんの前では全く無意味だった。
それを見て、もう片方のリーダーホブゴブリンが動く。剣を構えて走り出した。
【ブフ】
ブーちゃんは掴んだホブゴブリンを前に突き出して、盾にした。でも、リーダーは止まる様子もなく、仲間に向けて剣を突き刺した。
ズシュ…。
ホブゴブリンのお腹から、体液まみれのバスターソードが生える。その切っ先が、ブーちゃんのお腹を引っ搔いた。
【ゲヒヒ…ゲヒッ?!ゲヒッ!ゲヒッ】
剣先が当たったと一瞬喜んだリーダーは、直ぐに表情を驚きに変える。仲間を貫いたことで、剣が抜けなくなってしまったみたいだ。
それを、ブーちゃんは見逃さない。バスターソードごと瀕死のゴブリンを放り投げ、大きな隙を見せたリーダーに殴りかかった。
【ゲッ…】
一撃でこと切れて、消えていくホブゴブリン。刺されて瀕死だったホブゴブリンも消えており、綺麗になったバスターソードと体の一部だけが残されていた。ホブゴブリンが着ていた毛皮も残されている。剣と一緒で、あれも彼らの拾い物だったみたい。
「やったわね、ブーちゃん」
【ブゥ…】
勝ったのに、ブーちゃんの表情は硬い。ジッと、森の奥を見ている。
まだ、ホブゴブリンの仲間がいるの?
私も上げていた手を下げて、嵌めていた指輪を前に構える。次は、私も戦うわ。
【ワゥッ!】
【ガゥッ!】
しかし、奥から聞こえてきたのは、ゴブリン達とは違う声。
この声は、ウルフの物。
私の体が強張ると同時に、森の奥から数匹のフォレストウルフが飛び出てきた。前回の真夜中に襲ってきたウルフ達よりも大きい。
【グルルルッ…】
【ガルルルッ…】
ウルフの集団は私達に牙をむきながら、大きな円になって私達を取り囲んだ。そのまま、ウルフはこちらを威嚇し続ける。
なんで、直ぐに襲ってこないのだろう?馬車を襲った時は、一斉に飛び掛かってきたと思うけど…。
そう不思議に思っていると、森の奥で何か近付いて来る気がした。鳥達が慌てて飛び立ち、小動物が必死になって私やブーちゃんの足元を走り去る。
やがて、暗い森の奥深くから、その何かが姿を現した。
【グルルルゥ!】
それは、巨大なシルバーウルフだった。
顔の位置が私よりも高く、体はドンちゃんくらいに大きい。美しい銀色の毛皮が風でそよぎ、金色の瞳が私達を見下ろす。
とても美しい巨狼。でも、その口周りだけは黒ずんだ何かで汚れている。唸る口からは、長く太く鋭利な牙が幾つも並び立つ。その一本一本は、私が持ってきたナイフよりも立派な物だった。
【ワォオオオンッ!!】
シルバーウルフが放った咆哮が、ハイドの森を駆け抜けた。




