21話~そうではございませんわ~
久しぶりに会ったサロメは、以前会った時と同じように取り巻きを従えていて、以前会った時よりも更に歪な笑みでこちらを見下ろしていた。
「ごきげんよう。クロエ・バーガンディさん。お噂はかねがね伺っておりますわ」
「噂?」
「はい」
サロメは更に口端を吊り上げる。
「召喚されたブタのお世話に、大変お忙しくされているそうですわね?なんでも、寝る間も惜しんで飼育されているとか。お労しいですわねぇ、目の下にそのようなクマまでお作りになって」
「「クスクスクス」」
サロメはワザとらしく言いふらし、彼女の後ろで取り巻き達が忍び笑いで大合唱する。
そんな彼女達に、私は反応しなかった。先週までの私であれば、大声で反論したり、この場から逃げ出していただろう。でも今は違う。言われても、そんなに心が苦しくない。彼女が吐き出している言葉の殆どが、的を射ない話だから。
「サロメさん。噂はあくまでも噂ですわ。私のこれも、勉学が忙しくて作ってしまったものですの」
「ああ、そうでしたのね。勉学に打ち込まないといけない程、貴女は大変な立場になってしまったのですわね。ブタ令嬢なんて誰も、どの殿方も愛でてはくださりませんもの。ですから、自分の手で稼ぐ必要がございますわ。お労しいですわね、バーガンディさん」
稼ぐ、と言うフレーズで一瞬ドキリとしたけれど、どうも週末の事を把握している様子は無い。
良かった。こいつに冒険者紛いの事をしていることがバレたら、それこそ捻じ曲がった噂を立てられてしまう。下手したら、学園のルールを捻じ曲げて罰を受けさせに来てたかも。
私はゆっくりと首を振る。
「とんでもない。私は元々、要領がよろしくないのでございます。お恥ずかしい事ですが、人よりも努力せねば皆様に置いて行かれてしまいます。ですので、夜遅くまで勉学に勤しんでいるだけですわ」
「ふ~ん」
サロメは詰まらなさそうに目を細める。自分が叩いて沈めるのは楽しくとも、相手がへりくだってしまうと叩けなくて詰まらないのだろう。
普通なら、ここで捨て台詞の一つも投げつけて、「忙しいので、失礼しますわ」とでも言い去る場面。でも、サロメはその場から動かなかった。獲物を探す猫のように目をギラつかせて、私の隅々に視線を這わせる。
やがて、私の容姿で攻撃できる部分が無いと分かると、私の周囲に目をやり、再び口角を上げる。
「堕ちたものですわね、バーガンディ様。社交界では皆の注目を集めていらっしゃったのに、今ではこのような者達とつるむとは」
私を攻撃しても動かないと見るや、サロメはエリカさん達に標的を変えた。彼女の目が、エリカさんの制服に止まる。
「なんてはしたない恰好。このような者が私の傍仕えにでも居ましたら、遠慮なく鞭打ちしているところですわ。本当に、バーガンディさんはお優しいのですね?」
サロメの発言に、後ろの取り巻きが「違いますわ、サロメ様」と合いの手を入れる。
「バーガンディ様は今、Cクラスにまで落ちぶれていらっしゃるのです。ですから、彼女達のように卑しい身分の者としか繋がりを持てないのですわ」
「そうでしたわね。その様な者達しか相手がいらっしゃらないなんて、なんてお可愛そうなのでしょう」
仲間内で盛り上がるサロメ達に、私は拳をグッと握りしめる。さっきまで何とも思っていなかったはずなのに、なんだか心がざわつく。可哀そうなんて言葉、私には要らないと突っ返してやりたくなる。彼女達は笑われるような存在でないと、声を大にして言い返したくなる。
その度に、私の右手が脈動する。子をあやす母の手のように、刻印が淡く浮かび上がる。
…大丈夫よ、ブーちゃん。こんな奴らの挑発に、乗ってやるものですか。
「ですが、そうですわね。その方が良かったのかもしれませんわね」
乗ってこない私を見て、サロメが続ける。
「バーガンディ領は有数の農業地域ですもの。このような下民達と戯れるのは、お得意ですわよね?ですから、ブタを手懐けるのも早かったんですわ」
私はつい、立ち上がってしまった。こちらを見てニヤけるサロメの頬を、思いっきり張り倒したくなる。
でも、出来なかった。
サロメを叩いてやろうと彼女を見ると、彼女の後ろの方に黒い穴が出来上がっており、そこからブーちゃんの腕だけが生えていた。そして、その腕が丁度サロメと重なり、彼女がマッチョマンポーズをしているように見えてしまった。
吹き出しそうになった。
私は必死に、笑うのを堪えた。
やめて!ブーちゃん。死んじゃう。私、死んじゃうわ。笑い死にしそうよ!
【ブハハハ】
ブーちゃんの笑い声が耳元でした。次いで、マッチョポーズを解いたブーちゃんの腕が、周囲を指さす。
ああ、そういう事ね?ブーちゃん。
全ての怒りが笑いに押し流された今、私は冷静に周囲を見ることが出来た。そして、冷静にサロメと向き合って、彼女に小さく頭を下げた。
「ディマレさん。積もる話もございましょうが、この場ではどうか、お控え頂きたく存じます」
「あら?聞かれては不味いことでもございまして?私は一向に…」
「そうではございませんわ、ディマレさん。周りの方々が、困惑されております」
「はい?周りの…」
そこで漸く、サロメは気が付いたみたい。食堂に集まった人達の視線が、こちらに一極集中していることを。
なんだ喧嘩か?と、みんなが好奇な目でこちらを見ていることを、ようやく理解できた様子だった。
そりゃ、この場で一番爵位の高い侯爵令嬢同士のいがみ合いですからね。噂好きでない男子生徒だって見てしまう。特に、後半からサロメ達の声は高く大きくなっていた。それが余計に、周囲の注目を集めることとなっていた。
こうなれば、サロメにとっても分が悪い。これだけの人達を前にして、エリカさん達を悪く言ってしまえば、こいつのひん曲がった性格がつまびらかにされてしまう。特にここには、中流貴族たちが多く集うエニクス寮。男爵家の方々もいる前で、ハンナさんを悪く言うのは彼ら彼女にも唾を吐くのと同じこと。
流石のサロメも、これには顔を青くする。
「…行きますわよ、皆さん」
「「はい」」「はい。サロメ様」
逃げるように食堂を出ていくサロメ達。その背中を見ていると、何処か清々しさを感じる。
本当のことを言うと、さっき一発叩き倒してやった方が、もっとスッキリしたと思う。けど、折角ブーちゃんが面白い物を見せてくれたから、それで十分だと思う。殴ったりしたら、私が一方的に悪役として仕立て上げられていただろうし。
…ああ、不味いわ。今思い出しただけでも、思い出し笑いが出そうよ。今度からサロメを見かけたら、吹き出してしまうかも。
「むむぅう!」
必死に笑いを堪えていると、変な声が聞こえた。見ると、ケント君がエリカさんを羽交い締めにしていた。
何をしているの?
「ぷはぁっ!もう、酷いよケント!なんで止めたの?」
「お前がディマレ嬢に突っ込もうとするからだろ?」
ああ、そういうこと?ケント君は、エリカさんが食って掛かるのを止めてくれていたのね。
それは凄く助かった。もしもエリカさんがサロメに何かしてしまったら、私では手に余るから。下手をしなくても、退学処分になっていたと思う。
「良い判断でした、ケントさん。彼に感謝するべきよ、エリカさん。貴女を守ったんですから」
「ええっ?なんで?私はクロエを守りたかったのに。あの高慢チキチキなむごごぉ…」
再び、エリカさんの口をケント君が塞いだ。
そうそう。周りにはまだ、聞き耳を立てている人達がいるんだから。滅多なことを言うべきじゃないわ。
私達は急いで昼食を頂き、エニクス寮を出た。そこで漸く、周りからの視線も無くなった。
暫くエニクス寮の食堂には来ない方が良いかもね。また、サロメ達と出くわすかも知れないし。
「なぁ」
教室等へと戻る道の途中で、私の横にケント君がやってきて、こっそりと話しかけてきた。
「なんでサロメに言い返さなかったんだ?ゲームのクロエ…あっ、いや。普段のバーガンディ嬢なら、ビンタの1発2発はやってたんじゃないのか?」
「まるで私の普段を知っている様な口振りですわね」
本当に不思議な少年だ。ブーちゃんが居なければ、それくらいしていた自覚がある。もしかして貴方は、貴族の事情に詳しいのかしら?
まぁ、どちらにしても。
「大人になった、と言うことでしょうか」
ブーちゃんと出会えた事で、私は色々と見える様になったと思う。今まで見なかった事とか、勘違いしていた事とか。
「大人、か…そうだよな。俺もいい加減、認めないといけないよな」
ケント君も考え込む。そして、こちらに小さな笑みを向けてきた。
「エリカが言っていた勉強会。俺も参加しても良いですか?クロエ様」
えっと…よく分からないけれど…何か心変わりをしたってことでいいのよね?




