20話~あら?~
Cクラスの教室で、私はクラスメイト達に囲まれていた。
別に、イジメられている訳じゃない。
「見て下さい、バーガンディ様。こちら、実家から送られてきた名物のチョコレートですの。もしよろければ、お一つ如何ですか?」
「え、ええ…ありがとう。いっ、頂くわね?」
「クロエ様。もし甘いものがお好きでしたら、是非、我が家にお越しくださいまし。美味しいクルミのタルトが有名でして、きっとお気に召すかと」
「そ、そうなの?それは…美味しそうね」
イジメられているどころか、お菓子まで恵んでもらっちゃっている。それも、今回に限ってではない。休み時間の度に誰かが話しかけに来て、私との仲を深めようとしていた。
それもこれも、前回の召喚魔術の授業の影響だ。私がドンちゃんをロデオしたことで、みんなが私を特別視するようになってしまった。
元々、Cクラスは男爵家などの下級貴族ばかりで、私のような侯爵家は格上の存在だった。そこに、あのロデオを見せてしまったものだから、みんなから一目も二目も置かれるようになってしまった。
チョコレートがもらえたり、お茶会のお誘いを受けたりするのは良い事なんだけど、授業中に期待させるのはとても大変。
魔術学の時とか、先生に当てられたらヒヤヒヤである。みんなが私に大注目してくるから、間違えないように全力で答えている。なので、授業の予習復習が欠かせなくなってきていた。
…これも一種のイジメじゃないかしら?
「クロエ~。もうお昼だよ?学食行こうよ~」
「ええ、そうね」
クラスメイトに囲まれて抜け出せなかったところを、エリカさんが丁度良く助け出してくれた。
私達は、いつもの4人でエニクス寮の食堂に向かう。
その途中で、急にエリカさんが私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫?クロエ」
「…何が、です?」
私の顔に、何か付いているのだろうか?
気になって手でペタペタ探っていると、エリカさんは私の目元を指さした。
「クロエ、目の下にクマが出来てるよ?あんまり良く眠れていないんじゃない?」
「ええっ!?く、クロエ様。何かご病気を患っていらっしゃるのですか?」
ハンナさんが凄く心配してしまった。
私は慌てて、「ただ遅くまで勉強しているだけ」と正直に答えてしまった。
すると、ハンナさんは目を輝かせて「流石ですわ!」と、また私を熱い目で見るようになってしまった。
ああ、違うの。自慢したかった訳じゃないのよ。
「そっかぁ。勉強してたんだね。じゃあ、あたしやケントと一緒だね」
エリカさんは無邪気な笑みを向けて来る。
そう言えば、この子はかなり頭が良いのよね。いつもマイペースで天真爛漫だから気が付きにくいけど、小テストでは満点を量産するし、授業では殆ど完璧な回答をする。更に、先生の間違いに気が付く時も結構ある。
特待生で学園に入って、更にCクラスにまで上がってきた天才。彼女のファミリアはEランクの魔物だから、きっと学力だけで選ばれた。だから、相当頭が良いと思われる。
「エリカさん。もしよければ、一緒に勉強会などを…」
「いいよ!やろう!勉強会!いつやる?今からしようよ!」
まだ言い終えてないのに、彼女は二つ返事…いえ、三つ返事くらいの勢いで了承してきた。
昼食中に勉強するのはどうかと思うけど、その食い気味の姿勢にはとても助かるわ。
そう、思っていたんだけど…。
「だめだ」
静かな声で、否定の言葉が呟かれる。
ケント君だ。
「ええー!何でよケント。クロエと一緒に勉強しようよー!」
「だめだ、エリカ。君には時間がない。いつも言っているだろう?」
時間がない?どういうこと?エリカさんは何か、大変な事情があるの?
踏み込んでいいのかどうか分からずに、私は2人のやり取りを見守るしかなかった。
そんな時、
「バーガンディさん」
後ろから呼び止められた。
振り返ると、数人の男子生徒を後ろに従えた、2人組の女子生徒が立っていた。男子生徒は全員屈強で、肩幅が私の倍くらいあった。
それを見て、ハンナさんが震え上がり、エリカさんとケント君が言い合うのを止めた。
「ひぃ!クロエ様」
私の後ろに隠れるハンナさん。相変わらず、初対面の人が苦手みたい。
彼女とは逆に、ケント君はずいっと私達の前に出た。
「おい!あんた達。こんな公の場で、喧嘩でも売りに来たのか!でかい図体で脅そうとしても…無駄だからな!」
体格差が凄まじいけど、それを補おうと必死に背伸びをするケント君。エリカさんを守ろうとしているのか、先輩相手でも吠え散らかしている。
まるで番犬だ。番犬だとしたら、相当優秀な子だったろう。
でもね、ケント君。そんなに必死にならなくても、多分大丈夫よ。
…いえ。ある意味大変なピンチだけど。
「喧嘩?何を言ってるんだ?チビ助」
茶髪を刈り上げたマッチョマンが鼻で笑い。棍棒の様に太い腕を見せつける。
「我々が行うのは決闘だ。喧嘩なんて生易しいものじゃないぜ」
大岩も砕きそうな剛腕に、みんなは顔を青くする。天真爛漫娘のエリカさんですら、「どうしよう…」とアワアワしていた。
それを、2人組の女子生徒が止める。
「ちょっと、あんたら、やめなって」
彼女達は前に出て、剛腕を見せつけていた男子生徒の肩を叩く。そして、こちらに硬い笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね、脅かしてしまって」
「こいつら、脳みそまで筋肉で出来ているから、ちょっと褒められただけで調子に乗って、筋肉自慢をし始めるのよ」
褒められた?もしかして、でかい図体って言われたことを褒めたと思っているの?とっても、特殊な感性をしているのね。
呆れながらも、私は女子生徒の前に出る。
「ごきげんよう。先輩方。私に何か御用でしょうか?」
「ああ、君がバーガンディさんだね?最近噂になってるよ。たった数日で、猛獣達を飼いならしているって」
何よ…その噂は…。
噂話の著しい成長に絶句していると、先輩が話を進める。
「その噂を聞き付けて、君をスカウトに来たって訳さ。私らが所属しているサモンファイト部にね」
「サモン…ファイト…」
バルツァー先生が言われていた部活だ。
元々私は、サモンファイトという競技自体は知っている。お父様と王都を訪れた際に、王都大会が開かれていたのだ。大盛況の大会で、王都全体が三日三晩お祭り騒ぎだった。
チケットが買えなかったから会場の中は見られなかったけど、都民の熱狂具合でどれだけ人気なのかは分かったし、その空気で私もワクワクした。
ただし、それはあくまで観る側の話。
「結構ですわ。私、争いごとに興味はございませんの」
コロッセオ部と一緒で、そんな荒事に首を突っ込んでしまったら、その道でしか生きられなくなる。私は、もっと華やかな部活をする様に言われているのだ。
「ふふっ。聞いていた通りだね」
聞いていた?もしかして、バルツァー先生に?
詳しく聞こうとしたけれど、先輩方は「まぁ、もう少し考えてくれ」と行って、ネメアス寮の方へと行ってしまった。
随分とあっさり引っ込んだわね。何か裏があるんじゃないかしら?
「クロエ~。早く行かないと」
「そうでしたわ」
私達は急ぎ、エニクス寮へと向かう。
昼休みはまだ残されているけど、学園の食堂は人気があるから込み合いやすい。もしもエニクスで定員オーバーとなったら、反対側のムーンガルドまで走って行かないといけない。そうなったら大変だ。
案の定、食堂は多くの生徒達で賑わっていた。元々エニクスは、ヴルムントやネメアスと比べて小さい寮だから、食堂も定員が少ない。でも、立地としてはヴルムントの次に近い寮だから、人が集まりやすかった。
伯爵家の子に招かれた男爵家の子達が、楽しそうに談笑している。私達も早く、席を確保しないと。
「クロエ~。こっち、こっち」
「ナイスですわ、エリカさん」
丁度、席を立った組のテーブルを確保したエリカさん。私達はそこに滑り込み、一息ついた。
あとはボーイに頼むだけですわ。
ちょっと、よろしくて?
「でもさー。勿体なかったんじゃない?」
「何がですの?」
注文した焼き魚を手で掴みながら、エリカさんが唐突に話題を振って来た。
お行儀が悪いですわ。ちゃんと、3本の指だけを使って食べてくださいまし。
「サモン部のことだよぉ。凄い人気だから、入部試験があるって聞いたよ?そんな凄い部活のスカウトを断っちゃうなんて、勿体無いじゃん」
「物事の価値は人それぞれですわ。私にとって、そのお話は相応しくなかったというだけ」
一瞬、ブーちゃんで活躍する姿を想像した事は内緒だ。そんなことでは、舞踏会を踊れない。武闘会で舞い踊る羽目になってしまう。
「えー。クロエなら絶対、活躍出来ると思ったんだけどなぁ」
「わ、私も、そう思います。クロエ様ならきっと、凛々しくてかっこいいですよ」
ハンナさんまで…。
「買い被りですわよ。それに、私が入りたいのはダンス部ですわ」
「ええー」
「なんですの?その反応は」
騒がしくも、楽しい昼食を4人で過ごしていた。。
そんな時、
「あら?」
雑音が混じる。
「何だか臭うと思いましたら、こんな所にブタ令嬢さんが紛れ込んでいましてよ?」
キンキンと耳につく声は、紛れもなく彼女の物。
私は顔を上げ、久しぶりの顔に目を細める。
「ごきげんよう。サロメ・デマレ様」
嘗ての悪友にして今1番会いたくない人物が、邪悪な笑みを浮かべてそこに立っていた。




