19話〜振り落とされますわよ!〜
ハンナさんのファミリアであるドンちゃんことカリュドーンは、牛よりも遥かに大きな巨大イノシシである。その性格は見た目通りで、召喚した瞬間から怒りをまき散らし、目に付くもの全てをなぎ倒さないと気が済まない。
まさに猛獣。ハンナさんが召喚を躊躇するのも仕方がない。
そこで、召喚魔術が得意と言われている私が手伝う事となった。
得意じゃないわ。
全然、得意じゃないわよ!
エリカさんがそう言うから、みんなが盛大に勘違いをしているだけなのよ!
そう叫びたかった。でも、出来ない。今更そんなことしても無駄。だってもう、私の隣には準備万端なハンナさんの姿があるから。
「クロエ様と一緒なら、私、出来る気がします!」
キラキラした目を向けてくるハンナさん。
健気で可愛い。
「クロエ〜!こっちは任せて〜!」
キラキラした目で、こっちに手を振るエリカさん。
可愛くない。
貴女、面白がっていますよね?
私とハンナさんは、競技場の真ん中で構えている。ここで、ドンちゃんを迎え撃つつもりだ。
エリカさん達は壁際まで下がっている。彼女達は囮役だ。ドンちゃんが召喚されたら、大声や音を出して注意を逸らせる。その間に、ハンナさんが作った鎖をドンちゃんの首に掛けるのだ。
そうすると、逆にエリカさん達が危険となるが、そこも対策済み。上級生達が彼女達の前に立ち、防御魔法を展開する事になっている。
それに加えて、
「俺達も声出すぜ!」
「手伝わせてください!」
Cクラスの人達も協力してくれるみたいだった。前回の授業で、私への印象も随分と変わったみたい。
噂に流されて態度をコロコロ変えるのはどうかと思うけど、それはCクラスの人達に限ったことじゃない。ヒソヒソ噂話をやめてくれただけで、随分と助かる。それが、お手伝いまでしてくれるなんて…。
「こちらの準備は整った。あとは、君のタイミングで召喚しなさい、ウォロップ君」
私の横に控えるアクロイド先生が、ショートソードを構える。
「ひゃ、ひゃい」
噛みながらも、ハンナさんは両手を前に突き出した。
そして、問題児を召喚する。
「しょ、召喚!ドンちゃん!」
【…フゥ、フゥ、フゥ…】
あら?今日は随分と大人しいのね。前回は召喚された初っ端から、盛大に鼻を鳴らしていたのに。
よく見たら、右頬に青あざが出来ているわ。あれは、ブーちゃんに殴られた痕。
「こりゃ、十分に魔力を送ってやらなかったなぁ?」
先生が頬を吊り上げる。
先生曰く、ファミリアは魔力を注げば回復するし、たとえ死んだとしても、魔力次第で復活させることも出来る。逆に言えば、魔力を注がなければ何時までも怪我は治らないのだとか。
「ご、ごめんなさい。私、うっかり召喚しちゃった時を考えたら、回復させて元気にさせちゃうのが怖くて…」
それは…確かに、前回の様子を見ていると気持ちは分かるわ。ブーちゃんに殴られた今の方が、扱い易そうだもの。
そう思ったのは、先生も同じみたいだった。
「ああ、分かった。今は良いから、ほれ、早く拘束魔法を打て。奴さん、こっちを敵と認識したぞ」
先生の言う通りだ。ドンちゃんの目が、血走り始めた。
来るわ。
【フゴォオオ!!】
空に向けて嘶き、前足で地面を掻き上げる。もう走り出すぞというタイミングで、エリカさん達が声を上げる。
「こっちだよ!ドンちゃん!」
「丸焼きにしちゃうよ!」
「マヌケー!豚っぱなー!ブター!」
クラスメイト達が一斉に声を上げたので、ドンちゃんの視線がハンナさんから一瞬逸れる。
今だ。
「ハンナさん!」
「はい!チェーンバインド!」
太めの鎖が飛び出し、一直線にドンちゃんの元へ。
これなら、幾ら巨大イノシシでも千切れないでしょう。
そう思ったけど、ドンちゃんは急に私の方を向いて、牙で鎖を弾いてしまった。
なんてこと!
【フゴォオオ!!】
攻撃を受けたと思ったのか、ドンちゃんが標的をこちらに戻して突進して来た。
「貫け!ファイアランス!」
先生の中級魔法が鼻に当たり、大きく減速するドンちゃん。
だけど、止まらない。頭を苛立たしげに振って、再びこちらを見た。
来る。
だったら、
「チェーンバインド!」
ハンナさんが詠唱している横で、私も魔法を発動させる。鎖をワザと顔に当てて、少しでも時間を稼ぐんだ。
そう思ってたんだけど、
【ブフー】
「ブーちゃん?!」
ブーちゃんの鳴き声が聞こえ、黒い穴がドンちゃんの頭上に現れる。そこからブーちゃんのたくましい腕が出てきて、弾かれた私の鎖をしっかりと掴むと、すぐさまドンちゃんの首に巻き付けた。
【フゴォォオ!!】
またブーちゃんのお陰で、鎖を首に巻き付ける事に成功した。それにより、明らかにドンちゃんの動きが鈍った。
でも、止まらない。ゆっくりと、こちらに歩いてくる巨大イノシシ。
えっと…どうしたら良いんだろう?先生にお願いして、弱らせてもらう?でも、それじゃあ、ハンナさんをご主人様って認識させられないわ。
【ブフー】
またブーちゃんの声。今度は、私達のすぐ近くに穴が出来た。そこから腕が生えてきて、私とハンナさんを抱きかかえてしまう。そのまま、ドンちゃんの背中まで運ばれていく。
背中に、ライドオン。
私達、暴れイノシシに乗っちゃったわ!
【フゴォオオオ!】
凄い不服そうな声で鳴きながら、ドンちゃんがぐるぐると回り出した。何とか背中の異物を取り除こうと、鼻を上に向ける。
これは、しっかりと手網を…じゃなかった。鎖を持たないと。
「ハンナさん!私の背中にしがみついて!振り落とされますわよ!」
これは馬と一緒だ。実家の牧場で、お父様に習った乗馬を思い出すのよ。
私は鎖をグッと力いっぱいに持つ。でも、イノシシは馬程賢くなくて、その程度の力では止まってくれない。体が巨大だから、余計に力が必要なんだ。
【ブフ】
再びブーちゃんの声。気付くと、私の手の前にブーちゃんの手が添えてあった。そのまま、私と一緒に鎖を引くブーちゃん。
【フグゥウウ…】
ブーちゃんの怪力で引っ張られたことで、首を絞められてドンちゃんが唸り声を上げる。そして、とうとうドンちゃんの動きが止まった。もう、振り落とそうとしない。試しに私だけの力で鎖を引っ張ると、大人しく私の思う方へと歩き出した。
調伏、成功だ!
「「「わぁああ!」」」
「やった!クロエ!」
クラスメイト達が喜ぶ。エリカさん達だけじゃなくて、Cクラスみんなの視線がこちらに向いていた。
「凄いですわ、クロエ様。ドンちゃんが、ワンちゃんみたいに…」
「貴女もやるのよ?」
私は半強制的に、ハンナさんに鎖を握らせる。
最初はぎこちない手綱捌きだったけど、私が後ろに座り直して体に教えこんだら、徐々に1人でも出来る様になっていった。
よしよし。これで、ハンナさんがご主人様って分からせる事が出来たわね。
私達が乗馬ならぬ乗イノシシをしていると、クラスメイト達が集まってくる。
「すげぇ!」
「こんな巨大ファミリアを乗りこなすなんて…」
「流石はクロエ様。バーガンディ家のご令嬢ですわ!」
あら?貴女、バーガンディ家が乗馬を得意としていることをご存知なの?それとも、卒業生であるお兄様達の事を言っているのかしら?
「クロエさん!私にも、ファミリアのレクチャーをして頂けませんか?」
「俺にもお願いします!バーガンディ様!」
「私にもお願い致します!クロエ様!」
ええっ!?ちょっと待って。なんで、他の人達も便乗してきてるの?
多くのクラスメイト達から切望されて、私はイノシシの上で困惑する。
先生も困惑気味な表情で、口だけ笑みを浮かべる。
「勘弁して欲しいですねぇ、バーガンディ嬢。貴女が今やっているそれ、ファミリアへの騎乗は、3ヶ月も先のカリキュラムだったんですがねぇ。私より先に手本を示されてしまっては、私の立場がありませんよ」
ええっ!?そうなの?
私は驚き、足元でエリカさんが跳ねる。
「凄いよクロエ!先生を越えちゃうなんてさ。本当に私達の先生だね!」
「本当ね。クロエ先生よ」
「クロエ先生!今度は僕にも騎乗の仕方を教えて頂きたい!僕のモーちゃん、草しか食わないんだ!」
「私のピーちゃんはすぐ逃げちゃうの。どうにかして頂けませんか?クロエ先生」
ちょっと!みんなが先生呼びになっているじゃない。
どうするのよ、これ!
私は、大イノシシの上で頭を抱えた。
それからと言う物。
「あっ、クロエさんおはよう」
「ごきげんよう、クロエ様」
「クロエ先生!今日もよろしくお願いします!」
私は四六時中、クラスメイトに話しかけられるようになってしまった。
朝に教室へ入った直後から、授業の合間も、昼休みの間も、放課後にも。
そして、ただ挨拶されるだけではなく、色々とファミリアの相談事まで受けるようになってしまった。
「私のプニちゃんがいたずらばかりするんです。ブラッシングしてあげようと思ったら、教科書をカジカジして…」
「俺のボナコンは糞をまき散らすんです。幻獣ってトイレが必要ないって聞いてたのに、何でですかね?」
「僕のイピリアがまた、居なくなったんですぅ~!」
ちょっと待ってよ、みんな!
「私は飼育委員でも、獣医でもないわよぉ!」
これ以上、私を持ち上げないで下さいまし!




