13話~それはまた、興味深い~
「お美しい…」
「えっ!?」
いきなり爆弾発言を繰り出すハロード様に、私は驚いて声を上げてしまった。
その声で、ハロード様も慌てる。
「ああっ、済みません!違うんです。バーガンディ様のお考えが素晴らしく、そして清らかであると感じたもので、つい…。
私の商会でも、オークを従魔にする従業員が居るのですが、貴女様の様に考える者は少なくて、まるで奴隷の様に鞭打つ者ばかりなのです」
それは私も、領民のエドモンさんから聞いた。オークは力はあるけれど知能は低く、商会や大農家では馬や牛の代わりとして馬車や鐴(牛などに引かせる農具)を引かせるのに使うんだとか。
でも本当に馬鹿だから、鞭で打たないと直ぐに変な方向に歩き出す。牛を飼った方が何倍も良いって言っていたわ。
それを聞いて、エリカさんが腕組みをする。
「酷いことするよねぇ。ねぇ、クロエ。そんな事しなくても、クロエのオークはちゃんと言うこと聞いていたよね?」
「ええ。そうね」
何故かしら?私のブーちゃんが特別なの?特殊個体とか、何かのスキル持ちだったりとか。
いいえ。そう考えるのは良くないわ。自分だけは特別なんて考えは、後で恥をかくんだから。冒険者ギルドで学んだばかりじゃない。
考えられるとしたら、従業員が召喚した魔物が、オークに似ているだけの全く別物だったとかかしら。
だってブーちゃんはとても賢いし、何も言わなくても察してくれるし、私の知らない事もいっぱい知っているもの。そんなの、ゴブリンとレプラコーンくらい違うわ。
もしくは、従業員のそれはファミリアじゃなくて、ただ簡易な契約魔術を施しただけの魔物なんじゃないかしら?それでも弱い魔物は従わせることもできるらしいけど、簡易だから単純な命令しか言うことを聞かないらしい。
「ほぉ。鞭で打たなくても言うことを聞くオークですか。それはまた、興味深い」
ハロード様の目が再び鋭くなり、何かを考え始めた。
これが、商人の顔なのかしら?
「そうですね…。主人に忠実と言う意味では、オークの上位種であるオークナイト。頭が良いなら最上位種のオークジェネラルと言う可能性も考えられますよ」
「上位?最上位!?なんか凄そう!」
エリカさんが他人事みたいに言っているけど、貴女のホーンラピッドにだって派生する魔物が居るのよ?
それに…。
「ハロード様。その可能性はありません。私のファミリアはとても魔力が低く、Eランクの魔物であるスライムに間違われるくらいなのです」
オークナイトについては分からないけど、オークジェネラルがかなり強い魔物だと言うことは、絵本か何かで読んだことがある。その2体の魔物のランクは知らないけれど、どちらもEランクのスライムより高いのは明らかだ。
私が静かに否定すると、ハロード様は「それはおかしいですねぇ」と顎に手を当てる。
「オークはDランクに分類される魔物です。幾ら子供のオークであったとしても、スライムに間違われるレベルで魔力が低いとは思えません」
「クロエのブーちゃんは大きかったよ?この教室の天井くらいはあったかな?」
「うーん。それは間違いなく、成体のオークですね。ならば余計に不可解だ。そうですね、その測定した魔道具に不具合があった可能性はございませんか?バーガンディ様」
「どうなのでしょう?冒険者ギルドで測りましたから、信用性は高いと思います」
冒険者ギルドは公的機関だ。専門機関の魔道具と比べれば精度は落ちるかもしれないけれど、流石にオークジェネラルとスライムを間違うレベルとは思えない。
そう言うと、エリカさんが顔を輝かせる。
「えっ!クロエ、冒険者ギルドに行ったの?冒険者になったの?」
「エリカさん。しっ、しぃっ。声が大きいですわ」
お願い、止めて!私が冒険者ギルドに行ったことがバレたら、金策に奔走していることが知られてしまうわ。もしもそんなことがサロメ達の耳にでも入ったらと思うと…恐ろしくて想像もしたくないの。
私が必死になっているのに、目の前の女の子は締まらない笑顔を浮かべるばかり。
「いいなぁ、冒険者。あたしも冒険者になって、いろんなところを冒険したいなぁ。ねぇ、クロエ。あたしも冒険者になるからさ、そしたら一緒に冒険しようよ。お弁当持って、近くのダンジョンとかに行って、薬草を摘んだりキノコを取るの。きっと楽しいよ」
「別に私は、遊ぶ為にギルドへ足を運んだ訳ではございませんのよ?」
「じゃあ、何をしに行ったの?」
うっ…それは…その…。
「ふっ、不要品を売ったのですわ。その…そう、昔お父様と狩りに行った時に頂いた魔物の素材を、嵩張っていましたので、いい機会と思いまして」
ついつい要らない情報まで口走ってしまったけど、エリカさんの目は幾分か落ち着いた色になった。
逆に、ハロード様の目が鋭くなる。
「おや?そういう事でしたら是非、私共にお声がけ頂きたい。バーガンディ様の思い出が詰まった代物でしたら、気持ちを込めて買い取らせて頂きます」
「ええっと…それは…」
できる訳ないと、私は申し出を断ろうとした。
確かに、ハロード商会の様な太い販売ルートを持っている業者を介した方が、色々と高く売れるだろう。でも、魔物の素材をやり取りなんかしたら、私が魔物を倒している事がバレてしまう。
そう思って断ろうとしたけど…。
待って。魔物の素材じゃなければ良いのよ。もしも私がお宝をハント出来たら、それをハロード商会に売れば良いんだわ。
「心強いお申し出をありがとうございます、ハロード様。また何か不要な物がありましたら、お声がけさせて下さい」
「ええ。勿論でございます」
ハロード様が頷いた丁度その時、教室に先生が入られた。
「諸君、待たせて済まない」
「モーリス先生!」
「クリントン先生。お待ちしておりましたわ」
渋いおじさん先生が入って来ると、女子生徒達は黄色い声を上げる。
そんな中、私は教科書をカバンから取り出しながら、内心で笑みを浮かべる。
思わぬところで、良いコネクションを手に入れられたわ。次の週末が楽しみね。
そんな楽しい感情も、すぐに消える事となる。
薬草学の授業が嫌だった訳じゃないわ。
確かに授業は難しくて、花の種類とか見分け方とか、絵だけじゃ分からない事だらけだったし、隣のエリカさんに教科書を見せてあげていたから、集中できなかったのもある。
けれど、薬草の特徴を覚えるのは楽しかったし、いつか野外でフィールドワークをすると聞いて、楽しみにもなった。
憂鬱なのは、授業が終わってからの事。
「はぁ」
私は再びため息を吐いてから、目の前に迫った大扉を開ける。そうすると、鉄の錆びた臭いが鼻を突き、教室の両端に寄せられた机が見えた。
その机があったであろう場所には、幾つもの甲冑が浮かんでいた。
「むっ。来たな」
その甲冑を浮かせていた人物が、持っていた剣を下ろしてこちらへ歩いてくる。その途端、浮いていた甲冑が静かに床へと落ちていった。
「むむっ。約束の時間を1分20秒も遅れているぞ、バーガンディ嬢。これはイカン」
そう言って懐中時計を睨んでいるのは、栗色の髪をたおやかに束ねた背の高い女性。
エニクス女子寮の寮長、ギルベルタ・バルツァー先生だ。
「本当ならここで、私と共に甲冑の整備をする予定であったが…それでは生ぬるいようだな。ふむ…よしっ。着いてこい、バーガンディ嬢」
ええっ!?たった1分遅れただけで、罰が増えるの?
甲冑磨きも十分に嫌な仕事だったけれど、もっと厳しい罰って何なの?
不安な気持ちで押し潰されそうになりながら、私はバルツァー先生の後ろを必死に着いていく。
先生は背が高いだけじゃなくて、足も長い。加えて、普段から鍛えていらっしゃるからか、とても足が速いのだ。ちょっとでも気を抜いたら、先生の背中が見えなくなっちゃう。
私達は廊下を進み、校舎を出て、更に進む。向こうの方に、大きな建物が見えてきた。
そこは競技場。スポーツ大会等のイベントや、決闘学の授業などで使われる施設。最近では、召喚の儀式でも使われたけど…恥ずかしい記憶だわ。奇声を上げて、みんなにドン引きされてしまった。思い出さないようにしましょう。
「ここだ」
競技場に入って暫く歩くと、先生は両開きの扉前で立ち止まった。
そして、先生がその扉を開けると、何やら薄暗い部屋が現れた。
扉には、〈準備室B〉と書かれており、競技で使う器具や、選手用の甲冑などが乱雑に置かれている。
先生は振り返り、少しだけ笑みを浮かべた。
「バーガンディ嬢に与える罰は、この部屋の清掃とする」




