12話〜ああ、貴女があの…〜
「えっ?なによ?また変なこと言い始めて」
唐突にお前は何者かと問われてしまったけれど…どういう意味なの?全く分からないんだけど?
「私は私、クロエ・バーガンディよ。何を今更なことを言っているの?そもそも、侯爵令嬢であるこの私に向かって、お前とは聞き捨てならないわね。ちゃんとバーガンディさんとか、貴女と言いなさい。そんなことじゃ貴方も皆様から目を付けられて…」
「そう言う事じゃない!お前は本来、そんなオークじゃなくて、もっと凶悪な魔獣を従える筈なんだ。だからお前も、クロエじゃない別の誰かが入っているんじゃないのか!?」
えっ?私じゃない誰かが入るって、どう言う意味?私の部屋に、誰か侵入したって事?それとも、ブーちゃんの中に誰か入っているとでも思っているの?ブーちゃんは着ぐるみじゃないのよ?
「はぁ」
全く、この少年は何を勘違いしているのだろう。私の部屋には防犯魔術が施されているし、ブーちゃんは列記としたファミリアよ。人間みたいに頭が良いって言いたいのは分かるけれど。
私はバカバカしく思えて、首を振って視線を落とす。すると、そこに血だまりが出来ているのが見えた。
エリカさんだ。
彼女の腕から、血がしたたり落ちていた。
大変!
「ちょっと、貴女!早く医務室に行きなさい!傷口から悪魔でも入ってしまったら、幾ら回復魔法でも治せなくなるわよ!」
「ええっ!?悪魔?あたし、死んじゃうの?ねぇ、ケントぉ…」
「大丈夫だ!死なない。すぐに傷口を洗って治療すれば、感染症にもならない筈だ。ほら、行こうエリカ」
半泣き状態のエリカさんを伴って、ケント君は校舎の方へと向かう。
変な少年だ。もしかしたら、悪い悪魔に憑りつかれているのかも。
私が怖い想像を思い描いていると、その少年がこちらを振り向いた。
「コイモフ」
…えっ?
なに?なんて言ったの?
おイモ?
「恋と魔法とモフモフと」
…ちょっと、何を言っているのか分かりませんわ。何かの詠唱呪文?
少し…いえ、かなり怖いわ。
「ケントさん。貴方も一緒に、医務室で診てもらった方がよろしくてよ?」
「……ふんっ」
折角忠告したのに、ケント君は鼻で笑い、そのまま行ってしまった。
「なんだったのかしら?」
遠ざかる2人の背中を見送りながら、私は小さく零した 。
「であるからして、明かりの詠唱魔法を魔術式にするなら、ここに明かりの強さを決める式を入れまして、こちらに継続時間の式を書き込みます。明かりの色については新たな式を加え…」
本格的な授業が始まり、私は苦戦していた。
歴史や外国語の授業はまだ付いていけるけど、数学や詠唱魔法学、帝王学なんかはダメダメだ。この魔術式学なんて、先生が何を言っているのか全く分からない。
分かったところで、将来何の役に立つの?魔法は詠唱するのが一般的だし、忙しい時に術式なんて書いていられない。羊皮紙とかに書いて持ち運べば良いんだろうけど…濡れたり汚れたら使えないし、高度な術式になると燃えちゃうし、そもそも売ってる魔道具を買えばいいだけじゃない。
この授業、受ける必要ある?
そうは思いながらも、私は羊皮紙に黒板の術式を書き記す。
だって、この授業は必須科目なんですもの。落としたら、来年も取らないといけない。2年生になったら選択科目になるから、そしたらすぐに切り捨てるつもり。
私は頭が疲れ果て、周囲を見回す。
このCランクは子爵家や男爵家の子と、優秀な平民で構成されている。実力がなければ将来が約束されていない彼ら彼女らだから、教授を見つめる目はみんな真剣だ。羽根ペンを持つ手がずっと動いている。
…ああ、この子達にもすぐに、追い抜かされてしまうんだわ。だって、私には才能がないから…。
みんなの姿に落ち込み始めた時、教室のドアがギギギィ…と遠慮がちに開いた。
そこから入ってきたのは、すっかり顔色も戻ったエリカさんだった。
「あっ、平民の子」
「いつも声が大きい奴だ」
「授業サボったの?やっぱり平民ね」
クラス中から厳しい目が、彼女に突き刺さる。
優秀だとしても、彼女は平民。下級貴族が大半を占めるこのクラスでは、彼女も異分子扱いされていた。
それでも、エリカさんがそれを気にしている風には見えない。振り返るみんなに、彼女は元気に手を上げる。
「やっほー!みんな、ただいま!」
ああ、おバカさん。声が大きいわ。
「あー、そこの君。早く席に着きなさい」
「はーい。ごめんなさーい!」
ほら、先生にも怒られているじゃない。
でも、エリカさんはニコニコ顔を崩さずに、クラスのど真ん中をスキップしながら素通りしていく。
その後ろを、ケント君が小さくなって付いて行く。
2人の様子を見る限りだと、怪我は完治したみたい。袖に大きな穴が空いてしまっているけれど、他の箇所もボロボロだから今回の怪我は目立たない。
…ただ、目立たないのは今回噛まれた箇所だけ。彼女自体は悪目立ちしてしまっている。
「スラム街の孤児みたいね」
「学園に相応しくありませんわ」
やっぱり、他の人も彼女の制服は気になるみたい。
気にしていないのは、本人だけだ。
「せんせー!その術式、明かりの強さと色合いの式が混ざっちゃってるよー!」
「うん?あー…、本当だね。LとRを間違えていたね。ありがとう、ええっとぉ…ヘリカさん」
「エリカだよー!」
難しい授業にも、もう追いついた。ノートを取る目が楽しそう。
凄い才能だけど…本当にショックじゃないのかしら?制服の事もそうだけど、自分のファミリアに腕を噛まれたのよ?人生のパートナーに攻撃されるなんて、私なら寝込んじゃうわ。
私は、何事にも真っすぐに向き合うエリカさんの様子を見て、ちょっと羨ましく思えた。
彼女の様に堂々としていられたら、私ももっとマシな人生を送ることが出来たのかしら?ケント君みたいな誠実な親友を得ることが出来たのかな?ちょっとした行き違いだけで、あんな罵声を浴びせてくる友達モドキではない、本当の親友を…。
「ねぇねぇ、クロエ。隣座っても良い?」
薬草学の移動教室で、私が1人で端っこの2人席を独占していると、エリカさんが私の元にやってきて、隣席を指さした。
「どうしてここなの?ケントさんと組めば良いじゃない」
「ケントはこの授業、取ってないんだもん」
ああ、そうか。この授業は選択科目だから、彼も取っていないみたいだ。
そもそも薬草学なんてお医者様や商人くらいしか使わないから、他のクラスメイトの姿も見えない。ここにいるのは、そういう道に進もうとしている子か、元々草花に興味がある女の子ばかり。
それと…。
「ああ、早くモーリス先生にお会いしたいわ」
「私もよ。彼が直接入れて下さった紅茶を、是非とも頂きたいですわ」
一部の生徒は、先生目当てでも来ているみたい。
そのせいか、選択科目なのにかなり人数が多い。30人近くいるんじゃないかしら?
野戦学とか、魔道工業学とか、そういう人気学科にみんな流れている筈なのに、これだけの人数を確保できる薬草学も、十分人気の授業みたい。
そんな熱意溢れる生徒が集まっている中、私は大丈夫だろうか。薬草の事を知っておけば、広大な農地が広がるバーガンディ領のお手伝いが出来るかも…なんて打算的な考えてだけで選んじゃったけど、付いて行けるのかな?
「ねぇ、エリカさん。貴女は何故、この学科を取られたの?」
「あたし?あたしはねぇ〜。食べても大丈夫な草を知りたかったからだよ!」
もっと打算的な考えの人が、ここにいた。
それに安心してしまう自分が、とっても小さく思えるわ。
…あと、しれっと私の隣に座らないで下さいな、エリカさん。机いっぱいに教科書を広げて、領域を広げないで下さいまし。
「くっくっく…」
ほら。前の人にも笑われてしまいましたよ?
私が呆れていると、肩を震わせて笑いを堪えていた生徒が、こちらを振り返った。
「失礼しました。とても自由な発想に、興味が湧いてしまい」
そう言って口元を押さえている彼は、お洒落な眼鏡を掛けた頭の良さそうな男子生徒だった。
「チェスター・ハロードです。以後お見知りおきを」
ハロードって…まさかあのハロード商会!?
王国だけでなく、周辺国に幾つも支店を構える大商会じゃない。
そう言えば、会長の息子が私達と同い年と聞いた事があるけれど…まさか、この人が?
「あたしはエリカだよ!よろしくね!」
相変わらず、エリカさんは能天気だ。相手が大商会の御曹司とも知らずに、友達の様な態度で接している。
…いえ。彼女の事だ。相手の身分を知ったとしても、変わらずの態度だっただろう。何せ、侯爵令嬢の私に対してもタメ口なんですから。
私は張っていた肩の力を落とし、小さく頭を下げる。
「失礼しました、ハロード様。クロエ・バーガンディでございます」
「ああ、貴女があの…」
あのっと言って、ハロードは慌てて口を押さえる。しまったと言う顔をして、こちらに深々と頭を下げた。
「大変失礼致しました、バーガンディ様。貴女様のお気持ちも考えず、軽率な発言でした」
ああ、私がブタ令嬢と呼ばれている事を、気にしていると思っているのね?この人。
「大丈夫ですよ、ハロード様。私、その事については全く気にしていませんから」
「…えっ?」
ハロードは驚いた顔で見上げてくるけど、これは本心だ。だってそれは、ブーちゃんの主だってみんなが知っているって事だから。
ブーちゃんはとても優しくて、とても頼りになる。だけど、才能がなくて、魔力もなくて、最弱のスライムと間違われてしまった。
同じなんだ、ブーちゃんも。
小さい頃から兄弟姉妹と比べられ、残念な子と言われ続けた私と。
だから、ブーちゃんは私の元に来てくれたんだと思う。似たもの同士、惹かれ合う何かがあったんだ。
最初は堪らなく嫌だったけれども、今ではそれが嬉しくて誇らしい。私がブーちゃんの主で良かったと、心から思える。
だから、
「私のファミリアはオーク。私にとって、最高のパートナーですわ」
私は心から、そう答えていた。
すると、ハロード様は驚いた表情で私を見詰めた。
そして、
「美しい…」
そんな言葉を、投げかけてきた。
私は、言葉に詰まった。
これは…。
再召喚フラグが消えたのでしょうか?




