10話~変な貴族だったな~
冒険者ギルドで魔物の素材を売る為に、私は冒険者になる決意をする。
っと、大袈裟に言ってしまったが、ただ登録するだけだ。
諸注意も聞いたけれど、別に活動をしなくても会員証をはく奪されることもないし、放置していても追加で会費を取られることもない。
商業ギルドみたいに献金でランクが上がらないことと、ランクが上がったからって取引価格に色を付けてくれたりしない点はちょっとだけ残念にも思う。けど、年会費がないのだから文句も言えない。商業ギルドのゴールド会員にでもなったら、大金貨レベルの会費だから。流石にそれは、侯爵家と言えど痛い出費。
そして最後に行うのが、私の個人登録。鑑定の魔道具で、私の魔力波長を記録する。
私はお姉さんに言われた通り、水晶玉の上に右手を置く。ちょっとずつ魔力を流していくと、水晶玉に変化が現れた。
薄い水色のモヤが水晶玉の中で渦巻き、水晶の中央で広がっていく。やがてそれは、コイン1枚くらいの大きさになった。
この広がりの幅で、私の魔力量と性質を測る。広がりが大きければ大きいほど魔力保有量が多い証拠となり、色が鮮やかであればある程、魔力に適性があると見なされる。
そして、私の魔力量は…。
「まぁ!Cランクの魔力なんて、素晴らしいです!適正も水属性なんて、かなり重宝されますよ」
「え、ええ」
絶賛するお姉さんに、私は暗い笑みを返した。
そりゃ、平民の貴女からしたら凄いのかもしれないけれど、私はロゼリア学園の高等部生で、しかも侯爵家の者。それを考慮すると、とても知人に見せられたものじゃない。
お兄様達なんて、魔力量がAランクだったり、複数系統の属性に才能を表していたから。
それに比べたら、私なんてCランクで、ちょっと水魔法の覚えが早かっただけ。それも、今はみんなに追い抜かれちゃった。
魔法に関しても、私はダメダメ…。
「あ、あのぉ…どうかされました?」
「あっ、いいえ。なんでもありませんわ」
いけない。こんな所で落ち込むなんて。
私が軽く頭を降ると、お姉さんが私の右手を指さす。
「失礼ですが、その手の刻印はファミリアではございませんか?よろしければ、そちらも登録致しますけれど?」
「えっ?そんな事もできるの?」
「はい。勿論、可能です。水晶に手を乗せながら、召喚時と同じように魔力を刻印に流して下さい」
「わ、分かったわ」
私は喉に引っかかった唾を飲み込んで、再び水晶に手を乗せる。そして、魔力を流した。
とうとう、ブーちゃんの真価が露わになる。余りにも賢く、そして強いこの子の能力が、今…。
「こっ、これは…!」
「っ!」
そして、水晶に現れた魔力の波動は…。
豆粒サイズだった。
余りに小さくて、色は分からない。
「ええっと…これは…獣系のファミリアでしょうか?」
「…いえ。魔獣系です」
「あっ……スライムゥ…とかですかね?」
スライムって、最下級魔物の中でも一番弱い魔物じゃない。街中にもいて、人間を襲うことも滅多にないから、魔物って呼んでいいのか分からないくらいの魔物よ?そんなのと間違われるなんて…。
私が言葉を返せないでいると、お姉さんが慌てて話を繋げる。
「べっ、便利ですよねぇ、スライム!私の姉も持っているんですけど、何時もスライムにゴミを食べさせているから、部屋の中が綺麗で…」
必死にフォローするお姉さんには悪いけど、彼女の話は殆ど耳に入って来ない。
正直、ショックだった。
きっと、ブーちゃんには特別な何かがあると思っていたけど、なんにもなかったなんて。
特別と思っていたのは、私の勘違い。小さい頃、水魔法の素質があるって勘違いしていたのと全く同じ状況。ブーちゃんがあれだけ強かったのは、彼がファミリアだったからなんだ。
「あっ、換金!換金しましょうよ!」
お姉さんに言われて、いつの間にか伏せていた顔を上げる。
そうよ。その為に来たんじゃない。しっかりしないと。
私は、リュックの中から魔石とウルフの毛皮を取り出して、そっとカウンターの上に置いた。
「ありがとうございました!」
冒険者ギルドの出口で、お姉さんが態々見送りに出てきていた。
私は小さくカーテシーを行ってから、学園への帰路に着いた。
手には、小金がチャリチャリ物悲しく鳴っていた。
夜通し中ブーちゃんが働いてくれたのに、結局、銀貨1枚(1万円)と大銅貨6枚(6000円)にしかならなかった。
「上手く行かないものね、ブーちゃん」
私は小さく、右手の刻印に愚痴を零した。
〈◆〉
「おっ、やっと出ていったか。あの貴族」
1人で帰ってきたシンシアちゃんを見て、俺は声を上げる。
すると、彼女からちょっと厳しい目で見られてしまった。
「ちょっと、ランベルトさん。女の子に対して、その言い方は酷くないですか?さっきはあの子を庇ってくれたのに」
「庇ったのはみんなをだよ、シンシアちゃん。貴族なんかに関わったら、俺らの命なんて簡単に吹き飛ばされちまうぜ?」
貴族の奴らは、俺達を家畜か害虫と勘違いしている節がある。ちょっと肩がぶつかっただけで腕を斬り落とすし、邪魔だからって馬車で轢き殺したりもする。
そんな狂人は一部の貴族だけとは思うが、根本的に違いは無い。貴族と俺らじゃ、生きている世界が違うんだ。
「それもそう…ですよね。ありがとうございます、ランベルトさん。あとちょっとで、貴族を敵に回す所でした。あの3人には、きつ~いお仕置きを用意しておきます」
「はっは。少しは手心を加えてやってくれよ?この時間じゃ、美味しい依頼なんて残ってなかっただろうし、ちっと頭に血が上ってたんだろうよ」
そこに、金を持ってそうな女の子がカウンターに並んだら、そりゃ期待しちまうわな。ランクの低い冒険者は、朝のクエスト争奪戦になかなか勝てないから、余計に張り切っただろうし。
とは言っても、その期待が裏切られたからって、相手に詰め寄るのは浅はか過ぎる。二度とやらないようにお灸を据えないと、次は確実に首を飛ばされるぞ。
「しっかし、変な貴族だったな」
「変?ですか?」
カウンターに置いてあったフォレストウルフの毛皮を撫でていると、シンシアちゃんが首を傾げる。
それに、俺は毛皮を持ち上げ、広げて見せた。
「そう思わないか?この毛皮には、刺し傷も無ければ焦げ跡もない。誰も文句を付けられないくらい、完ぺきな倒し方をしている。こんな事が出来るのは、特殊な魔法を使える大魔導士か、魔物よりも格上の実力者だけだ」
この毛皮は、フォレストウルフの中でもかなり高い地位にいる個体の物だ。小さな群れのリーダーか、森の主の近衛兵といったところ。
こいつを圧倒するには、最低でもCランク。群れを相手するならBランク相当の実力が必要。
でも、さっきの貴族はどちらにも見えなかった。だから、やったのは恐らく彼女の護衛か私兵。
そんなのをお抱えにしているのなら、なんでDランクのガキが喚いている時に出てこなかったのだろうか。あそこで俺が手を出さなかったら、主人に怪我を負わせていただろうに。
「あの、ランベルトさん。ドロップした毛皮が綺麗だと、実力がある証拠になるんですか?」
俺が周囲を見回していると、シンシアちゃんが首を傾げる。
それに、俺は頷く。
「ああ、そうだよ。何せ、魔物が落とす素材は、その魔物の一部だった物だからね」
魔物の主食は魔力だ。空気中や他者が保持している魔力を食らい、体を維持している。けど、死んだら魔物の魔力と共に、体を構成していた魔力も消えてしまう。残るのは、魔力以外に食らっていた血肉だけ。
だから、弱い魔物は殆ど素材を落とさないし、魔力以外も食べる強力な魔物や、普通の食事をする動物達は死体を残す。
「ギリギリの戦闘をしていたら、それだけドロップする素材にもダメージが残る。だから、低級冒険者達が持ってくる素材はいつもボロボロなんだよ」
「そう言えば、前にランベルトさんが納品されたワーウルフの素材も、傷がなくてとても綺麗でしたね」
シンシアちゃんがジトッとこっちを見てくるけど…俺はただのCランク冒険者よ?そんな実力は無いんだから、変な目で見ないでくれ。
「兎に角だ。あの貴族は強力な手札を持っている。それなのに、それを切る素振りも見せず、奢らず、寧ろ落ち込んで帰っていった。だから俺は、変だって言ったんだよ」
「そう言う意味だったんですね」
あるいは、自身が強力な何かに守られているのを自覚していないだけか。
もしそうだとしたら、彼女はとんでもない化け物になる素質があるぞ。
「本当に、不思議な嬢ちゃんだったな」
俺は振り返り、ギルドの入口を見る。
あの嬢ちゃんの落ち込んだ背中が、まだそこにある気がした。
イノセスメモ:
魔物のドロップ…魔物は基本、魔力体で出来ており、死ぬと空気に溶けてしまう。だが、魔力以外を食した場合、体の一部を残すことがある。強力な個体となれば、この割合も増えるそうだ(ランベルト談)




