9話〜そこまでにしろ、ひよっ子〜
気持ちの良い朝日で目が覚めると、訓練中のブーちゃんが居て、彼が指さす方には大量の戦利品が並べられていた。
ゴブリンの耳や、粗末な石斧。ホーンラピッドの角に、フォレストウルフの毛皮と牙。そして、大量の魔石。
白に近い薄い色が殆どだが、中には少し濃い黄緑色の物もある。
昨日のゴブリンリーダーのよりもちょっと薄めだけど…それなりの値段が付きそう。だって、緑系と言う事は風属性でしょ?風属性と言えば…。
ああ、違う。そうじゃなくて。
「これ、どうするの?全部は持っていけないわよ?」
【ブフ!?】
ブーちゃんがびっくりしている。
えっ?全部持っていくつもりだったの?無理よ、そんなの。私のリュックはそんなに入らないし、手に持てる量だって限界があるもの。
ブーちゃんが持ってくれたらいけるかもしれないけれど、オークを召喚しながら街に入るのは危ない。魔物と間違われて、攻撃されちゃうかも。
大型のファミリアを街に入れるには、ちゃんと許可書を持ってないといけないの。そうじゃないと、街の衛兵さんに注意されちゃうわ。
私が説明すると、ブーちゃんは【ブゥ…】と悩みながら、戦利品の幾つかをピックアップする。
魔石と、ウルフの毛皮2枚だ。
これなら、何とか持って帰れそう。
【ブッフー!】
ブーちゃんは加えて、大量の串も差し出してきた。その串には漏れなく、よく焼けた肉塊がくっ付いている。
いや。
いやいや!
「朝からこんなに食べられないわよ!」
さも当然みたいに差し出さないで。私、これでも侯爵家のレディですからね?
私が残した肉塊は、ブーちゃんが美味しく平らげてくれました。
「うっ…。まだお腹の中で、お肉が暴れている気がするわ」
私は馬車を降りて、街の大門を潜りながらお腹を押さえる。
頑張って3本も食べたけど、殆どの肉塊はブーちゃんが食べていた。そのせいか、ブーちゃんとの刻印がちょっと色濃くなってる気がする。
今なら、魔力消費ゼロで召喚できるかも。
馬鹿げた事を考えながらも、私の足は目的を持って進み続ける。
今向かっているのは、冒険者ギルドだ。魔物の素材や魔石を換金するなら、そこが1番確実だから。
魔道具店や呉服屋へ直接売った方が値段も上がるらしいけど、売れるかどうか分からない。コネのない貴族の子供が突然売り付けて来たら、なかなか買ってくれる人はいないだろう。
なので、多少値段が低くなっても、冒険者ギルドでの売買が確実である。
…っと、2番目のお兄様が話しているのを聞いたことがある。
「ここが、冒険者ギルドなのね…」
学園のある貴族街に近い場所に、それなりに大きくも少し古ぼけた館があって、そこに〈ラッセル冒険者ギルド・本部〉と書かれていた。
その看板の前で、私は小さく息を飲む。
本当にこんな所で、魔物の素材にお金を出してくれるの?と、私は疑問に思った。そんなお金があるのなら、この館の修繕費に充てるべきなんじゃないのかな?
「…って、また余計なことを。早く行きましょう」
私は意を決して、ギルドのドアを開く。
建付けが悪いのか、開けた時にドアの付け根で大きく軋み音がして、私は飛び上がりそうになる。
やめてよ。こっそり入ろうと思ったのに…。
でも 、それは取り越し苦労だった。
ギルドの中は閑散としており、数人の冒険者と受付に1人のお姉さんの姿しかなかった。その冒険者達も壁に貼られた紙を見上げている人ばかり。
良かった。怖そうな冒険者に囲まれたらどうしようって思ってたけど、これなら大丈夫そうね。
私の足取りは少しだけ軽くなって、こちらに嘘くさい笑みを向けてくるお姉さんの元へと歩く。傷だらけのカウンター越しに、彼女へ話しかけようとした。
その時、後ろから視線を感じた。
振り返ると、さっきまで壁を睨んでいた冒険者さん達がみんな、私の方をガン見していた。
えっ?なに?なんで?
ドアの音には全く無関心だったのに、カウンターに並んだ瞬間に睨まれたんだけど…私、何かタブーを犯したの?
訳が分からず、彼らを見返すばかりの私。それに、彼らから近付いてきた。私を囲う様に後ろに陣取り、仁王立ちになって厳しい視線を向けてくる。
えっ?なに?もしかしてこの人達…盗人!?
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか?」
こんな状況なのに、受付のお姉さんは平然とそう挨拶してきた。
なんで注意してくれないの?もしかして、貴女もこいつらとグル!?
…いえ。それは無いわね。冒険者ギルドは公的な機関だから、そんな事をしたら、冒険者組合から厳しい罰を受ける筈。領主や教会が認めるギルドで、白昼堂々とそんな事をするとは思えない。
取り敢えず…後ろは無視しよう。いざとなったら、私にはブーちゃんが居るんだし。
「今日は、えっと…魔物の魔石や素材を換金して頂きた…」
「「えぇっ!?」」「「あぁ~!」」「なんだよぉ…ったく」
私が言い切る前に、幾つもの驚きやうめき声が後ろから聞こえた。
冒険者達だ。
えっ?なに?なんなの?
私は驚き、振り返ろうとする。でもお姉さんが「ああ、気にしないでください」と話を強引に引き戻す。
「魔物素材のお引き取りでよろしかったでしょうか?失礼ですが、冒険者カードはお持ちですか?」
「冒険者、カード?」
私がオウム返しで聞くと、お姉さんは口元を引きつらせながら頷く。
「冒険者登録をした際に、ギルドから発行しているカードです。こちらが無いと、クエスト依頼以外のお取引が出来ない事になっています。登録は直ぐ出来ますので、この場でなさいますか?」
えっ?そうなの?冒険者ギルドって、誰でも利用できる物じゃないんだ。
でも確かに、商業ギルドもそうよね。ギルドメンバーにならないと街中での販売が出来なかったりするから、それと同じ理由かもしれない。だったら、冒険者に登録するべきなのよね?
「ええ。分かり…」
「おいおい。勘弁してくれよ」
私が頷こうとしたら、また後ろから非難の声が飛んだ。
振り向くと、3人の少年がふくれっ面をこちらに向けていた。
「短剣の一本も持っていない女が冒険者登録なんて、何の冗談だよ」
「ギルドの質が下がっちまうぜ」
「おまえさぁ、お店ごっこしたいんだったら、商業ギルドにでも登録してろよ」
ええっ。なに、この人達…。
突然の事で困惑する私。
そして、痺れを切らせた少年の1人が前に出て、私の方に手を伸ばしてきた。
「もしかして、聞こえてねぇのかよ?なぁ、早く出てけって…」
「そこまでにしろ、ひよっ子」
少年の手は、私に触れる前に止まる。
いつの間にか近づいて来ていたお兄さんが、少年の手を鷲掴みにして止めていた。
少年の視線が、私からお兄さんに切り替わる。
「何だよ、おっさん。あんたには関係ないだろ?」
「いいや、関係あるぞ。お前達のせいで、このギルドが貴族に睨まれちまうだろ」
「はぁ?何言ってんだよ」
息まく少年に、お兄さんはやれやれと首を振る。
「よく見ろ、お前ら。このお嬢さんが着ている服は絹製だぞ?俺達じゃ触れる事すら出来ない代物だ。それに、指に嵌めてるのは恐らく、魔道具の指輪。それだけでも、お前らが泊まる宿代の三ヶ月分はするんだぞ?」
「さっ、三ヶ月…」
「そんな大金、見たことねぇ…」
「マジで貴族なのか、こいつ…」
少年3人は顔を見合わせた後、顔を引きつらせてこちらを見る。そして、一目散にギルドを出ていった。
衛兵に突き出されるとでも思ったのかしら?私じゃなかったら、そうなっていたかもね。
「あの、ありがとうございました」
「ああ、いいって、いいって」
お兄さんは後ろ手に手を振りながら、向こうのテーブルへと行ってしまった。
恩着せがましく金貨でも要求してくるかと思ったけど、違った。謝礼目当てで助けてくれた訳じゃなかったみたい。
いい人だな。さっき下がった冒険者への好感度が、一気に持ち直したわ。
「申し訳ございません」
私の後ろで、お姉さんが頭を下げる。その時になって漸く、カウンターの奥からムキムキの男性が出てきた。
護衛を呼んできてくれていたのね。ちょっと遅かったけど、まぁいいわ。
「大丈夫よ。それより、登録をお願いできる?」
「はい!直ちに!」
お姉さんも緊張している。
私が貴族だって聞いちゃったからだと思うけど…あんまり大事にしないでね?学校にはバレたくないのよ。
早く終わらせたかったので、私はお姉さんに言われるがままに動く。
諸注意を聞いて、登録料の大銅貨3枚(3000円)を払う。そうすると、お姉さんは後ろの棚から何かをカウンターの上に乗せた。
それは、
「こちらが、鑑定の水晶です」
占いなどでも使う、透明な水晶玉だった。




