婚約と企み
その後、あっという間にメアリーとアレクサンダーの婚約が成立した。
ダヴィストック侯爵家とヘレフォード公爵家。両家共より強固な繋がりを欲していたので二人の婚約は大歓迎であったのだ。
「いやあ、メアリーとアレックスが婚約か。二人共おめでとう」
一番上の兄ダスティンは満面の笑みでメアリーとアレクサンダーを祝っている。
「アレックスならメアリーのことを安心して任せられるよ」
二番目の兄エルトンはホッとしたような表情である。
「ありがとうございます、お兄様方」
「二人共、感謝するよ」
メアリーとアレクサンダーは仲睦まじい様子で寄り添っている。
アレクサンダーの隣にいると、安心するメアリーであった。
「そうだ、メアリー嬢、俺達はもう婚約者同士なんだ。俺のことはアレクサンダー様ではなく、愛称のアレックスと呼んで欲しいな」
「えっと……アレックス様……」
メアリーは少し緊張しながらそう呼んだ。今まで『アレクサンダー様』と呼んでいたので、あまり慣れない。
しかし、メアリーから愛称で呼ばれたアレクサンダーは満足そうな表情になる。
「やっぱり、メアリー嬢からそう呼ばれると嬉しいな。そうだ、せっかくだし、君のことはメアリーと呼んでも?」
「ええ、構いませんわ。アレクサンダー様。あ、アレックス様」
思わず以前の呼び方になってしまい、メアリーは慌てて愛称でアレクサンダーのことを呼び直した。
「メアリーとアレックスを見ていると俺達まで何か幸せな気分になるよな」
「そうですね、兄上」
ダスティンとエルトンはメアリーとアレクサンダーの様子を見て穏やかな表情である。
「やっぱりメアリーにはワイアット卿よりもアレックスの方がお似合いだ」
「確かに。ワイアット卿も優しくはあるけれど、アレックスの方が頼もしいですよね」
ダスティンとエルトンがそんなことを話すので、メアリーは思わずアメジストの目を見開いてしまう。
「ダスティンお兄様もエルトンお兄様も……以前までの私の気持ちをご存知でしたの?」
「ああ。俺達はメアリーの兄だからな」
「ずっと一緒に育った妹のことだから、分かるよ」
兄二人に自分の気持ちがバレていたことが少しだけ恥ずかしくなるメアリーだ。
「でもメアリー、今君が好きなのは俺だろう?」
アレクサンダーは少し拗ねたような表情である。
その時、メアリーはふとアレクセンダーの言葉を思い出した。
『ああ、そうだよ。俺も……ある人物にとてつもなく嫉妬しているんだよ。こういう言い方をしたら語弊があるけれど、俺が欲しくて欲しくてたまらないものを、そいつは当たり前のように持っているのだからね』
きっとアレクサンダーはワイアットに嫉妬していたのであろう。
そんなアレクサンダーが何だか可愛らしいと思い、メアリーは頬を緩めて頷く。
「ええ、そうですわ」
するとアレクサンダーはすぐに満足そうな表情になった。
アレクサンダーと婚約したことにより、メアリーは彼との交流を第一に考えるようになっていた。
それはつまり、クレアやワイアットとの交流を減らすということでもあった。
メアリーはもう我慢せず、クレアとの交流を断つことにしたのである。
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一方、クレアはメアリーがアレクサンダーと婚約して以降不満が溜まっていた。
「……最近のメアリー、私からの誘いに全然乗らないじゃない。何なの一体」
とある夜会に出席していたクレアは、人気のない休憩場所で、自身の侍女に対してそう愚痴を漏らしていた。
「ダヴィストック嬢もヘレフォード卿とご婚約なさって色々と忙しいのだと思いますよ」
侍女はそうクレアを宥める。
「何よそれ。メアリーってワイアットが好きだったはずよ。ずっと一緒にいた幼馴染だから分かるもの」
クレアはそうむくれていた。
「私とワイアットが婚約した時のメアリーの表情、傑作だったわ」
クレアは意地悪そうな黒い笑みを浮かべている。
侍女は少し困ったように肩をすくめた。
クレアはメアリーと幼馴染だ。しかし、いつからかクレアはメアリーのことが嫌いになっていた。きっかけは、自身が想いを寄せているワイアットの気持ちがメアリーに向いていることに気付いた時。クレアは激しい嫉妬に襲われた。
今まで幼馴染三人の中では自分が年下なので、全てわがままが通り自分の思い通りになっていた。いつでもクレアが中心のお姫様になれていたのだ。しかし、恋心だけは思い通りにすることが出来ない。それに苛立ったクレアはメアリーとワイアットが仲を深めることを徹底的に阻止した。二人の共通の趣味を楽しませないようにしたのだ。とことん自分のわがままを通し、自分が楽しめることや話題だけを強要していた。
そしてある日、未曾有の大雨によりラトランド公爵領に大規模な土砂災害が生じた。クレアはそこに目を付け、父親にワイアットと自身の婚約を条件にラトランド公爵領を支援して欲しいと願ったのだ。その後、クレアの目論見通り彼女はワイアットと婚約することになった。
「メアリーの傷付いた表情を見るのが楽しかったのに。赤いピオニーだって、その為に摘んだのだから」
メアリーが大切にしていた庭園の赤いピオニー。それを摘み取ったのは故意だった。
そのピオニーは、ワイアットから贈られた花だとクレアは知っていたのだ。
「とにかく、メアリーを徹底的に傷付けてやらないと気が済まないわ」
刺々しい声である。
クレアは意地の悪い表情をしていた。
クレアの侍女は、困ったように軽くため息をついていた。
しかしクレアは自身の様子を物陰から見ている者がいたことに全く気付いていなかった。
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「ドーセット嬢……予想以上に悪質だな」
アレクサンダーは先程のクレアの様子をずっと物陰から見ていた。
そのエメラルドの目は、今までに見たことがないくらいに冷たかった。
きっとメアリーにはそんな表情を決して見せないだろう。
同じ夜会にクレアの姿を発見した時から、アレクサンダーは彼女の様子を探っていたのだ。
もしかしたらクレアはメアリーに危害を加えようとしているのかもしれないと、メアリーから話を聞いた時からアレクサンダーはずっと考えていたのである。
「ゴードン、メアリーを守る為にも、協力して欲しいことがある」
アレクサンダーは隣にいた自身の侍従ゴードンに協力を頼む。
「いかなることも協力いたしましょう」
「助かるよ、ゴードン。詳細は王都の屋敷に戻ってからだ」
「承知いたしました」
ゴードンの返事を聞き、アレクサンダーはギュッと拳を握りしめる。
(どんな手を使ってでも、メアリーを傷付ける存在は排除する)
そのエメラルドの目からは、愛する存在を守る強い意志が感じられた。
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