我慢せずに吐き出した気持ち
ネンガルド王国の王都ドルノン郊外には丘陵地帯が広がっている。
王都の洗練された雰囲気とは違い、のどかである。
穏やかな風を受け、メアリーの艶やかで真っ直ぐ伸びたブロンドの髪がなびく。
草原がサラサラと鳴る音が、メアリーの耳にも聞こえた。
現在メアリーは、毛並みの良い茶色の馬に横乗りし、のんびりと王都郊外の景色を眺めていた。
「メアリー嬢、調子はどうだい?」
隣からアレクサンダーの甘く柔らかな声が聞こえた。
アレクサンダーは毛並みの良い白い馬に乗っている。まるで白馬の王子様のようであると、思わずメアリーは見惚れていた。
(アレクサンダー様……改めて素敵な方だわ)
穏やかな風に、アレクサンダーの黒褐色の髪がなびいている。
「メアリー嬢?」
アレクサンダーは返事のないメアリーに首を傾げている。
そこでメアリーはハッと我に返った。
「失礼いたしました。その……とても穏やかで景色も良くて」
メアリーは咄嗟に誤魔化した。
しかし、景色が良いのは本当のことである。
王都とは違った穏やかさがあり、メアリーの心は落ち着くのであった。
のどかな山、穏やかな風に揺れる草原、のんびりと過ごす放し飼いの羊達。
ゆっくりと歩く馬により、景色は流れ行く。
「もしもワイアットやクレア達といたら、きっとこんな風に過ごせなかったでしょうね」
メアリーは思わずそう口にしていた。
「そうかもしれないね。きっとドーセット嬢がわがままを言ってメアリー嬢は乗馬にすら行けなかっただろう」
「アレクサンダー様の仰る通りです。ワイアットと私は乗馬も好きですのに、クレアは自分が楽しめないとわがままを言って、結局我慢する羽目になるのはいつも私達でしたの」
メアリーは盛大にため息をついた。
「その調子だ。どんどん吐き出してごらん。俺が全て受け止める」
アレクサンダーはどっしりと構えるような態度である。
それが頼もしく感じるメアリーだった。
「小さい頃は私達は年上だから、一番年下のクレアが泣いたりわがままを言えば、いつも聞いてあげていたのです。クレアも大人になればきっと我慢を覚えてくれると信じて。ですがクレアは成人して社交界デビューしても私達にわがままばかりで……」
クレアへの不満をゆっくりと吐き出すメアリーである。
「成人してもか。それは酷い。十歳を過ぎたあたりからは、少しは我慢を覚えても良い頃合いだろうに」
「本当にそうですわ」
メアリーは再びため息をついた。
「本当はこんなこと思いたくないのに、やっぱり私、クレアのことが嫌い。大嫌いです」
クレアのことは、ずっと妹のように可愛がりたかった。しかし、それはもう限界だったのだ。
「メアリー嬢の感情は最もだね。ドーセット嬢のことは、嫌いで構わないと思うよ」
アレクサンダーはメアリーの言葉を全て受け止めてくれた。
それにより、メアリーの心は次第に軽くなっていた。
「アレクサンダー様、話を聞いてくださりありがとうございます」
すっきりと、穏やかな表情のメアリーだ。
クレアに対して抱いてしまった黒い雨雲のような感情が浄化されたようである。
アレクサンダーはフッと表情を綻ばせていた。
「心が晴れたようだね。良かった。メアリー嬢、やはり我慢するのは良くないよ」
「そうですわね。今後はもう、クレアとは関わらないようにしたいですわ」
メアリーは苦笑する。
しかし、ずっと親しくしていた幼馴染との関係を切る勇気が出たのだ。
「私、もう我慢せずクレアとは会わないようにします。クレアから誘われても、全て断ろうかと」
「うん、その調子だ。もしもわがままを言って無理やりメアリーと会おうとするなら、俺を断る理由にしてくれても構わないよ。俺との先約がある、とか、ヘレフォード公爵家のアレクサンダーという奴から圧をかけられているとか言ってさ」
アレクサンダーは少し悪戯っぽい表情でおどけて見せた。
メアリーは思わず笑みを零す。
「アレクサンダー様ったら。貴方のことをそんな風に酷くは言えませんわよ」
メアリーはクスクスと笑っていた。
こんな風に笑ったのはいつ以来だろうか。
「良かった。メアリー嬢が笑ってくれた」
アレクサンダーは嬉しそうにエメラルドの目を細めていた。
メアリーは思わずドキリと心臓が跳ねた。
メアリーを見つめる甘くとろけるようなエメラルドの目。
そんな目で見つめられると、少しだけ体温が上昇したような気がした。
(やっぱり私、アレクサンダー様のことが好きなのだわ。今までずっとワイアットが好きだったのに、こんなにもアレクサンダー様のことでいっぱいになってしまう)
メアリーは自分の気持ちを素直に認めていた。
「さあ、メアリー嬢。そろそろお昼だ。ヘレフォード公爵家の料理人が、サンドイッチを作ってくれたんだ。一緒に食べよう」
ニコリと爽やかな笑みを受かべるアレクサンダー。
メアリーはその表情にドキッとしつつも頷いた。
「はい。楽しみです」
メアリーは満面の笑みであった。
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