アレクサンダーからの提案
メアリーは夜会から抜け出し、ダヴィストック侯爵家の王都の屋敷にある、自身が作った庭園にいた。
小振りな花々の中央には、ぽっかりと空間が出来ていた。
本来ならそこに赤いピオニーが一輪咲いているはずだったのだが、クレアの手により摘み取られてしまったのだ。
ワイアットからもらった赤いピオニー。メアリーの密かな恋心。それらは全てクレアにより踏みにじられてしまった。
(どうしてこうなってしまうの……?)
メアリーはアメジストの目から一筋の涙を零す。
クレアを前にすると、いつも我慢を強いられる状況になってしまう。
それが悔しくて仕方がないのだ。
「メアリー嬢?」
不意に背後から声をかけられ、メアリーは肩をピクリと震わせた。
その声は、聞き覚えのある声だった。
メアリーは自分で涙を拭い、声の方へ振り向く。
「アレクサンダー様……」
口角を上げ、淑女の笑みを浮かべるメアリー。
無関係なアレクサンダーに涙を見せるわけにはいかないと思ったのだ。
「メアリー嬢……何かあった?」
アレクサンダーは優しげで、心配そうな表情だ。
「何もありませんわ。ありがとうございます、アレクサンダー様」
「涙の跡がある。何もないようには見えないよ」
「あ……」
メアリーはハッと両手で顔を隠す。
「別に、言いたくないようなことならば話さなくても良いよ。でも、誰かに話したら、少しは気分がスッキリしないかい?」
アレクサンダーは穏やかな表情だ。エメラルドの目は、優しげにメアリーに向けられている。
メアリーはまるで包み込まれるかのような感覚になった。
「そうかもしれませんわね。……アレクサンダー様、私のお話を聞いていただけますか?」
「ああ、もちろんだ。さあ、そこのベンチに座ろう」
頷くアレクサンダーは、頼もしさがあった。
アレクサンダーに言われるがまま、ベンチに腰掛けたメアリー。
メアリーはクレアに自身の庭園に植えていた赤いピオニーを勝手に摘み取られてしまったこと、その赤いピオニーは想いを寄せていたワイアットから分けてもらった花であったこと、クレアを前にすると自分が我慢しなければならない状況になってしまうことなど、胸の内に抱えていたことを全て話した。
「ラトランド卿とドーセット嬢……か。メアリー嬢、今まで色々と我慢をして大変だったね。辛かっただろうに」
メアリーの話を全て聞いたアレクサンダー。エメラルドの目が、少し辛そうに揺れた。
「辛い……。確かに、そうだったのかもしれません。今までクレアに対しては、我慢することが当たり前になっていましたけれど……」
メアリーはアメジストの目を地面に向けて、ため息をついた。
「話を聞く限り、ドーセット嬢の態度は目に余るものがあるね。メアリー嬢をこんなにも悲しませるなんて、俺としては許せないかな」
アレクサンダーのエメラルドの目は、真っ直ぐ空へ向けられていた。
「アレクサンダー様がそう仰ってくださるだけで、少しだけ救われた気がします」
メアリーはほんの少しだけ表情を和らげた。
「ワイアットへの気持ちはまだ消えそうにないですし……クレアに対しても……。クレアを憎んでしまう自分がいるのも嫌で……」
クレアに対して生まれてしまった黒い感情。その感情を抱く自分が嫌いだった。
「メアリー嬢の感情は、全然おかしいものではないよ。誰だってその状況ならドーセット嬢への憎しみは生まれてしまう」
エメラルドの目がメアリーに向けられる。
「それにさ、メアリー嬢、誰だって綺麗な面だけじゃなくて、憎しみや恨み、嫉妬、醜いと言われる感情を持っているんだよ。俺だってね」
「アレクサンダー様も……?」
メアリーが知っているアレクサンダーは、いつも優しく爽やかな雰囲気だ。
そういった負の感情を持っていることなど想像もつかない。
「ああ、そうだよ。俺も……ある人物にとてつもなく嫉妬しているんだよ。こういう言い方をしたら語弊があるけれど、俺が欲しくて欲しくてたまらないものを、そいつは当たり前のように持っているのだからね」
アレクサンダーはフッと笑い、エメラルドの目を再び夜空に向けた。
「アレクサンダー様にもそういった感情があるのですね」
メアリーは思わずクスッと笑ってしまった。
かなり意外だったのだ。
「メアリー嬢、話を聞いた限り、君は随分と我慢をして来たことが分かる。でも、ずっとそうしているとそのうち壊れてしまう」
アレクサンダーのエメラルドの目が、真っ直ぐメアリーに向けられる。
その言葉に、メアリーは少しだけヒヤリとした。
確かに、このままでは黒い感情に飲み込まれてしまいそうだったのだ。
「それならば、その気持ち、嫌だったことや醜いと思ってしまう部分を俺に吐き出してみないか?」
「ですが……アレクサンダー様のご迷惑になってしまいます」
いくら兄の友人とはいえ、アレクサンダーに迷惑をかけることは出来ない。
「迷惑だなんてこれっぽっちも思わないよ。むしろ……俺としては、メアリー嬢のことが知れるし……そういった愚痴を聞くのを口実にしてメアリー嬢に会えるし。……なんてね」
アレクサンダーは少し照れたようにおどけてみせた。
その言葉に、メアリーは少しだけ心臓が跳ねる。
「ご冗談を」
思わず頬を赤らめ、メアリーはアレクサンダーから目をそらしてしまった。
「でも、メアリー嬢の気持ちが楽になるのなら、俺はいくらでも話を聞くよ。ドーセット嬢への不満とか……ラトランド卿への気持ちとかさ」
アレクサンダーは最後、少しだけ複雑そうな表情をしていた。
「アレクサンダー様……ありがとうございます」
メアリーの表情は少しだけ明るくなった。
するとその表情を見たアレクサンダーは、どこか嬉しそうにエメラルドの目を細める。
「メアリー嬢、何かあったら俺に手紙でも送って。君の為の時間ならいくらでもあるから。それに、俺になら何を言っても構わないよ」
優しく、そして真剣な表情のアレクサンダー。とても頼もしく感じた。
メアリーの心臓は再び跳ねる。
「……はい」
メアリーはアレクサンダーから目をそらしながら頷くのであった。
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