兄の友人
ラトランド公爵家主催の夜会にて。
「ワイアット、クレア、婚約おめでとう」
この夜会でワイアットとクレアの婚約が社交界に向けて大々的に発表された。
メアリーは自分の気持ちを押さえ、淑女の笑みで二人に祝いの言葉を述べる。
「ありがとう、メアリー。私、ワイアット様と幸せになるわ」
メアリーの気持ちを知ってか知らずか、クレアは満面の笑みでワイアットの腕に自身の腕を絡ませてる。クレアは全身から幸せオーラを漂わせていた。
おまけにクレアが身に着けているアクセサリーは全てアクアマリン。ワイアットの目の色である。まるで見せつけているかのようだった。
「ありがとう、メアリー……」
一方、ワイアットは歯切れの悪い返事だ。アクアマリンの目にも、影が見られる。
「もう、ワイアット、どうしてそんなに元気がないの? 私はワイアットと結婚出来ること、楽しみにしているのに。ワイアットも楽しみにしてよ」
またクレアのわがままが始まった。
「ああ、僕も……クレアと結婚出来ること、楽しみにしてるから」
ワイアットは苦笑しながらそうクレアを宥めるのであった。
メアリーはチラリとワイアットのカフスボタンに目を向けた。
クレアの目と同じ、ムーンストーンのカフスボタンである。
ワイアットが望んで着用しているのか、それともクレアが自分の目と同じ宝石のものを着用して欲しいと強請ったのか、メアリーには分からない。
(大丈夫、上手く笑えているはずだわ)
メアリーは失恋で痛む心を必死に押さえて二人に微笑みを向けていた。
どうしてワイアットの隣にいるのがクレアなのだろうか?
自分はいつも我慢しているのに、どうしてクレアはずっとわがままで、欲しいもの全てを手に入れるのだろうか?
クレアさえいなければ。
メアリーの中に生じた黒い感情は、雨雲のように広がっていく。
(いけない。こんな気持ち、駄目よ。クレアは可愛い妹みたいな存在よ)
メアリーは必死にそう言い聞かせた。
しかし、この場にいてはこの黒い気持ちが表面に出て来てしまいそうだ。
「じゃあ二人共、私は他の方々とも交流して来るわね」
当たり障りのない理由で、メアリーはワイアットとクレアの元から離れるのであった。
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ラトランド公爵家の王都の屋敷の広いバルコニーにて。
メアリーは夜風に当たり、心を落ち着けていた。
月明かりが、メアリーの艶やかで真っ直ぐなブロンドの髪を照らす。
(ワイアットへの想い、クレアに対する気持ち……絶対に表に出してはいけないわ。私が我慢していれば……)
メアリーは唇を噛みしめ、拳もギュッと握りしめた。それはまるで、表に出そうな気持ちに蓋をしているようである。
その時、背後から足音が聞こえた。
メアリーはハッと驚き、後ろを振り返る。
「こんばんは、メアリー嬢」
そこには、背の高い青年がいた。
黒褐色の髪、エメラルドのような緑の目、そして精巧な彫刻のような顔立ちの青年である。
「アレクサンダー様」
知り合いの姿に、メアリーはホッと肩を撫で下ろした。
アレクサンダー・カーティス・ヘレフォード。ヘレフォード公爵家の長男だ。
アレクサンダーはメアリーの兄達の友人である。
実はメアリーには二人の兄がいる。
今年二十一歳になるダスティンと、今年十九歳になるエルトンだ。
アレクサンダーはエルトンと同い年。そしてダスティンとも年が近いので、二人と仲が良いのだ。
メアリーも二人の兄を通じてアレクサンダーとは交流があった。
「今宵の満月は一際輝いているね」
月を見上げるアレクサンダー。エメラルドの目は月明かりでいつもより輝いているように見えた。
「……そうですわね」
メアリーは少しだけ表情を綻ばせ、満月を見上げる。アメジストの目は、先程より明るくなっていた。
アレクサンダーが来たことで、少しだけ心が落ち着いたのだ。
「メアリー嬢は、夜会に戻らないのかい?」
エメラルドの目が優しげに細められ、メアリーを見つめている。
「もうしばらくここにおりますわ。少し疲れてしまいましたので」
メアリーはアレクサンダーから目をそらし、アメジストの目を下に向ける。そして軽くため息をついた。
夜会に戻れば、嫌でもワイアットとクレアの姿が目に入る。きっと自分の感情に振り回されそうになるだろう。
「そうか。それなら、俺もここにいて良いかな? 実は俺も夜会に少し疲れてしまってね」
アレクサンダーはフッと口角を緩めた。そしてくるりと体の向きを変え、バルコニーの手すりに軽くもたれかかる。
「ええ、構いませんわ」
メアリーが拒む理由は特になかった。
メアリーは視線をアレクサンダーから夜空に浮かぶ満月に向ける。
明るい満月が、メアリーとアレクサンダーを照らしている。
二人の間に沈黙が流れていた。
兄の友人であるアレクサンダーと二人きり。
メアリーの心は凪のようになっていた。
先程夜会でワイアットとクレアを見ていた時のことが嘘のようである。
メアリーはチラリとアレクサンダーの横顔を見て、表情をほんの少しだけ綻ばせるのであった。
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