我慢しないことにした結果
ワイアットは会場で騒ぎを起こしたクレアを放置し、休憩室まで逃げ込んだ。
そして休憩室で見知った人物と会うことになる。
メアリーと彼女の婚約者アレクサンダーだ。
アレクサンダーとは、夜会で何度か顔を合わせたことがあったワイアットである。
「これはこれは、ラトランド卿」
アレクサンダーは余裕のある紳士の笑みだ。
「こんばんは……ヘレフォード卿。メアリーも、久しぶりだね」
ワイアットはアレクサンダーに挨拶をした後、メアリーに目を向ける。
アレクサンダーの隣にいるメアリーは、とても幸せそうだった。自分達には見せたことのない笑みである。
「お久しぶりね、ワイアット」
メアリーは今までも確かに美しかった。しかし、その美しさに磨きがかかったように見える。
恐らくアレクサンダーのお陰だろう。
ワイアットは自分の恋心は永遠に叶わないことを悟ってしまった。
「ところでラトランド卿……ご婚約者が随分と騒ぎを起こしているようだけど」
そっとワイアットの耳元で、メアリーには聞こえないようにそう囁くアレクサンダー。
ワイアットはアクアマリンの目を大きく見開く。
確かアレクサンダーは先程の騒ぎが起こった時、会場にはいなかった記憶がある。
それなのにどうしてクレアが起こした騒ぎを知っているのか、ワイアットは疑問に思った。
しかし、とある考えが思い浮かぶ。
「もしかして……ヘレフォード卿が仕組んだことですか?」
恐る恐る、コソッとワイアットは聞いた。
するとアレクサンダーは意味深な表情になる。
「俺はね、愛するメアリーに危害を加える可能性がある存在は事前に排除しておこうと思ったんだ。ドーセット嬢のドレスに細工をさせることなんて、俺には赤子の手を捻るよりも簡単なことだよ。解けたリボンで転び、ションバーグ公爵家の王都の屋敷を汚したりでもしたら、ションバーグ公爵家の者達は怒って苛烈な制裁を加えるだろうからね」
「メアリーに危害を……まさかクレアが……!」
アクアマリンの目を零れ落ちそうな程に見開いたワイアット。
それと同時に、ワイアットはアレクサンダーに対して男として負けたことを悟る。
(そうか……。確かに僕はメアリーと過ごしていた時、自分を抑え込むだけでメアリーを守ろうと動いていなかった……。メアリーに選ばれなくて当然か)
はあっとため息をつき、諦めて肩を落とすワイアット。
「ヘレフォード卿、どうかメアリーを幸せにしてください」
すると、アレクサンダーはフッと口角を上げる。
「ああ、言われなくとも」
自信たっぷりな表情である。
「アレックス様、男同士の秘密のやり取りですか?」
メアリーは穏やかに微笑んでいた。
「ああ、メアリー。今終わったところだ。もう少し休憩していこう」
アレクサンダーのエメラルドの目は、優しく細められている。
メアリーは幸せそうな笑みで頷いた。
(メアリー……幸せそうで良かった)
ワイアットは少しすっきりとした様子で、休憩室を出るのであった。
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数日後、ダヴィストック侯爵家の王都の屋敷にて。
「あらまあ、クレアが……」
新聞を読んだメアリーはアメジストの目を見開いていた。
「ドーセット嬢がどうしたんだい?」
ダヴィストック侯爵家の王都の屋敷にやって来ていたアレクサンダーは意味ありげに首を傾げている。
「修道院に行くことになったそうですの。ションバーグ公爵家の不興を買ったらしいですわ」
メアリーは新聞をアレクサンダーに渡す。
新聞には貴族の醜聞が面白おかしく書いてあるのだ。
「そうか。となれば、もうメアリーと関わることはなさそうだね。きっと君も心穏やかになるはずさ」
「そうかもしれませんわね。少し意地悪かもしれませんが」
メアリーはクスッと笑ってしまった。
もうクレアと関わることがなさそうだと分かると、どこかホッとしてしまったのだ。
もうクレアのわがままに振り回されずに済むと思うと、気持ちがかなり軽くなったメアリーである。
「そうなると、ワイアットとクレアの婚約はどうなるのでしょう?」
メアリーはふと疑問に思った。
ワイアットとクレアの結婚と引き換えに、ドーセット伯爵家はラトランド公爵家の支援をする条件だったはずだ。
「どうも、ドーセット嬢の有責で婚約破棄だから、ラトランド公爵家はドーセット伯爵家から多額の賠償金をもらえたらしい。災害復興はこの賠償金で出来るんじゃないかな」
アレクサンダーはフッと笑った。
「何? もしかしてラトランド卿のことが気になるのかな?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、ラトランド公爵家は土砂災害のダメージがありましたからどうなるのかと思っただけですわ」
やや不敵に口角を上げるアレクサンダーにドキッとしつつ、メアリーは弁明した。
「分かっているよ、メアリー」
アレクサンダーは優しくメアリーを抱きしめた。
アレクサンダーの体に包まれたメアリーは、安心感と多幸感を抱いていた。
「アレックス様」
「何だい? メアリー」
アレクサンダーのエメラルドの目が、優しくメアリーに向けられる。
「アレックス様も、何かあったら我慢せずに私に吐き出してくださいね」
メアリーは穏やかに口角を上げた。
アレクサンダーに自分の全てを受け止めてもらったメアリー。ただ受け止めてもらうだけでなく、アレクサンダーのことも全て受け止めたいと思ったのだ。
「ありがとう、メアリー。メアリーが側にいてくれるだけで俺は幸せだよ」
アレクサンダーはとろけるような甘い笑みでメアリーを見つめつ。
「私も、アレックス様が側にいてくださるだけで幸せですわ」
メアリーはアメジストの目を嬉しそうに細めるのであった。
我慢しないことにした結果、メアリーには幸せが訪れたのである。
読んでくださりありがとうございます!
これで完結です。
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アレクサンダー、実は腹黒策略家ヒーローでした。
メアリーがピンチに陥る前にその原因を排除します。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。




