幼馴染の関係
「酷いわ……。そうやってまた私を仲間外れにするつもり? 二人して私の分からない話ばかりするじゃない。今日だって、植物採集に行こうだなんて酷いわ。私が楽しめないじゃない」
一つ年下の幼馴染、クレアはムーンストーンのようなグレーの目に涙を溜めていた。上目遣いで恨めしそうにメアリーとワイアットを見ている。
いつものクレアに、メアリーは少しだけ困ってしまう。
「クレア、私達はクレアを仲間外れにしているわけじゃないのよ。そうよね、ワイアット」
メアリーはクレアを宥めつつ、ワイアットにも目を向ける。
「ああ、そうだよクレア。それに、僕達、少し園芸の話をしただけじゃないか」
ワイアットも温和で優しげな顔立ちを困ったような表情にしていた。
「駄目よ。少しでも私が分からない話を二人でしないで。私が楽しめる話をしてちょうだい」
クレアはむくれていた。
侯爵令嬢メアリー・エドナ・タヴィストック、公爵令息ワイアット・ゲイル・ラトランド、伯爵令嬢クレア・ブリアナ・ドーセットは幼馴染である。ネンガルド王国において三家の領地は隣接しており、昔から交流があったのだ。
メアリーは今年十七歳、ワイアットは今年十八歳、クレアは今年十六歳である。
メアリーの趣味は園芸で、ワイアットの趣味は植物採集。二人の趣味は通じるところがあり、先程少しだけ園芸の話題になったのだ。
それを、園芸や植物学を知らないクレアは仲間外れにされたと不満なようだ。
別にメアリーはクレアを仲間外れにしたつもりはない。ただワイアットに話を振られたから答えただけだったのだ。
クレアは昔からこうなのだ。常に自分が中心にいないと気が済まない。特に、メアリーとワイアットが二人で自分の知らない話題を楽しむことを許さないのだ。
一応クレアは伯爵令嬢で、三人の中では身分が一番低い。しかし、この三人の中で身分差などあってないようなものだ。
メアリーはそんなクレアに困りながらも、自分が我慢すれば丸く収まると思い、今回も同じ対応をする。
「分かったわ、クレア。今日はクレアが楽しめることをしましょう」
メアリーは今日の植物採集で、ダヴィストック侯爵家の王都の屋敷にある自分の庭園に植える新しい植物を見つけようとしていた。
しかし、クレアがごねてしまい引いてくれそうにないので、諦めることにしたのだ。
「メアリー、良いの? 楽しみにしてたよね?」
ワイアットはクレアに気付かれないようこそっとメアリーに耳打ちする。
「仕方ないわよ。ああなったらクレア、意地でも引いてくれないもの」
メアリーはアメジストのような紫の目を困ったように細めた。
「……メアリー、今度僕と二人で行こう。植物採集に」
ワイアットはコソッと提案してくれた。
ワイアットのアクアマリンのような青い目が、真っ直ぐメアリーを見つめている。
ほんの少しだけメアリーの体温が上がったような気がした。
「……ありがとう、ワイアット」
メアリーはアメジストの目を細めた。
メアリーは昔からワイアットに想いを寄せていた。だから、クレアに申し訳ないと思いつつも彼からの提案は嬉しかったのである。
そしてワイアットに想いを寄せているからこそ分かってしまう。
クレアもワイアットが好きであるということを。
昔から、ワイアットを見つめるクレアのムーンストーンの目は、キラキラと輝いていた。
クレアのワイアットを見る目だけは特別だと、メアリーは気付いてしまったのだ。
「クレア、貴女は今日何がしたいの?」
「そうねえ……」
メアリーが聞くと、クレアは少し考え込む。
先程までごねていたのが嘘のように、満足そうな表情のクレアだ。
「じゃあ美味しいお菓子を用意してお茶会をしましょう。私が楽しめる話に花を咲かせるの」
満面の笑みのクレアである。
「クレア、前回もお茶会だっただろう? 今回は違うやつに」
「嫌よ、ワイアット。絶対にお茶会が良い。絶対ったら絶対なの」
頬を膨らませ、わがままを言うクレアである。
「……分かったよ」
ワイアットは若干辟易しながらため息をついた。
三人で集まって何かするとなると、決まってクレアがごねて彼女の希望を聞かざるを得なくなるのだ。
(クレアももう十六歳だし、我慢を覚えてくれても良いのに……)
メアリーは苦笑していた。
我慢するのはいつもメアリーやワイアットなのである。
(だけど、ワイアットと二人で植物採集の約束をしたわ。クレアのことは……嫌いって程ではないけれど、やっぱりワイアットと二人きりなれるのは楽しみだわ)
メアリーは、ワイアットと二人で植物採集に出かけることが出来ることに、少し心を弾ませていた。
しかし、その日が来ることはなかった。
数日のうちに、ダヴィストック侯爵領とラトランド公爵領は未曾有の大雨に見舞われた。
ダヴィストック侯爵領の被害は領地の三割程度に留まった。しかし、ラトランド公爵領は運悪く土砂災害により領地の八割に被害が出ていた。
復興にはダヴィストック侯爵領よりも遥かに時間がかかるであろう。
そんなラトランド公爵家に支援を持ちかけたのは、ドーセット伯爵家だった。
ネンガルド王国でも有数の資産家であるドーセット伯爵家は、娘であるクレアとラトランド公爵家長男ワイアットの婚約を条件に、多額の支援をしてくれるそうだ。
こうして、ワイアットとクレアの婚約が決まってしまった。
ワイアットに想いを寄せていたクレアは大喜びだが、同じく彼に想いを寄せていたメアリーは失恋が確定してしまったのである。
おまけにクレアは嫉妬深いので、ワイアットが他の異性と二人で出かけることを絶対に許さない。
メアリーとワイアットが植物採集に行く約束は、永遠に果たされることはなくなった。
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