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第04話 「検分官と、火の前の約束」

 検分の日、村の広場に簡易の台と記録用の机が置かれた。ガレスは無表情に二つの木箱を開け、中から黒く脆い塊を取り出す。粗悪鉄だ。硫黄の匂いが鼻を刺す。


「これで農具の刃と蹄鉄を。時間は日が中天を越えるまで。強度はこの試験台で見る」


 村人たちは一歩下がり、息を詰めて見守る。ミナはふいごのそばに立ち、リオたちは周囲の安全を見張る。アレンは塊を手に取り、耳を澄ませた。鉄は眠っている。荒く、固く、しかし目覚めれば働き者になる気配。


 火を起こし、空気を送り、温度を一定に保つ。鍛気を薄く広げ、火床の上に蓋を作る。熱は逃げにくく、しかし鉄は焦げない。槌はいつもの速さで落ち、音は穏やかに重なる。叩き、折り、叩き、折る。硫黄が白い煙となって離れ、黒ずみは灰に落ちる。ガレスの眉が、わずかに動いた。


 農具の刃は、刃先に粘りを残し、背に張りを入れる。薄く、しなやかで、しかし芯は固い。柄金の楕円は持ち主の手の癖に合わせて、わずかに回して噛ませる。道具は手から生える。蹄鉄は、村長の馬——気の強い牝馬の蹄に合わせて少し幅を広げ、釘穴の位置を馬の癖に合わせて変える。アレンは馬の脚を支え、息を合わせて釘を打った。馬は一度だけ鼻を鳴らしたが、すぐに落ち着いた。


 強度試験。刃を木杭に当て、規定回数叩き込む。刃は欠けない。蹄鉄は万力で歪ませ、戻し、歪ませ、戻す。金属音は鈍く、しかし弾む。試験台の上の数字が、規格を静かに越えた。ガレスの視線が刃先に落ち、長い沈黙が降りる。彼の唇がわずかに動いたのを、アレンは見逃さなかった。


「……規格内。いや、規格以上。なぜおまえが王都で……」


 言いかけて、彼は口を閉じた。喉の奥で何かを噛み、無表情を取り戻す。


「結果は報告する。登録の件は、近日中に使いが来る。勝手は許さない」


 言い捨てるようにして、ガレスは背を向けた。ミナが肩の力を抜き、村人たちの間に安堵の笑いが生まれる。アレンはふいごの取っ手を撫で、火に向かって一礼した。


「ありがとう。今日もいい火だった」


 リオが近づき、親指を立てる。


「見事だ。なぁ、件の小迷宮だが、入口が開いた。浅い階だろうが、放置はできない。装備の相談にのってくれるか」


「もちろん。重くしない。でも、戻って来られる堅さは入れる」


 その夜、アレンは納屋で小さな灯り籠を作った。薄い鉄の帯を編み、内側に磨いた反射板を仕込む。油は村で取れる菜種油、芯は古布を撚って強く。熱が逃げすぎないよう、通気孔を刃でごく細く切る。炎の高さは指の第一関節。高すぎると目が疲れ、低すぎると足元が危うい。明かりは強すぎず、風に揺れても消えにくい。


 さらに、鳴き鋲をいくつか。小さな穴の開いた鋲で、踏まれると中の空洞が鳴いて足元を知らせる。穴の径をわずかに変え、鳴りの高さを場所ごとに変えておく。音で地図を作る。刃ではなく、気配を切り取る道具。リオはそれを手に取り、口笛を吹いた。


「こんなの見たことがない。戦いだけが道具じゃないんだな」


「暮らしは戦いじゃない。でも、戻ってきて飯を食うために、道具は戦う」


 翌朝、森の奥から冷たい風が吹いた。光の穴は、湿った岩肌の陰に口を開け、薄く風の音を鳴らしている。入口の縁には人の通った跡があり、石は乾き、土は荒れている。村人は祈り、子どもは手を振り、ミナは無言でアレンの袖を一度だけ握った。


 夜、灯り籠の試験をした。村外れのぬかるんだ小径、風の通りの強い場所、覆いのある納屋の裏。炎は揺れながらも消えず、足元の石の端が柔らかく浮かび上がる。ミナが感心して頷いた。「眩しくないから、眠ってる子を起こさない」。それがいちばんの褒め言葉だった。


 ガレスはどこかで見ていたのだろう。翌朝、短い紙片が届いた。「王都では、明かりは高く掲げる。辺境では、低く持て」。墨は薄い。だが、言葉ははっきりしていた。アレンは紙片を火にかざし、端が丸まる前に卓に戻した。火の前で、言葉は飾りを脱ぐ。


 灯り籠は三つ作って、ひとつは村長へ、ひとつは見張り台へ、ひとつはミナに預けた。夜道を歩く足音が、少しだけ軽くなる。鳴き鋲は小屋の出入口と、小径の分かれ道にそっと忍ばせた。踏めば鳴り、誰かの帰りを知らせる。明かりと音。それだけで、夜は思っているよりも味方になる。辺境の闇は深いが、闇は火を裏切らない。明かりは、人の足音を守る。火は、帰るための道具だ。


「行ってらっしゃい。……アレンさん、帰りを待つ人は、ここにもいるから」


「俺は行かないよ。行くのは道具だ。戻すのも道具だ」


 リオたちは笑い、頷いて迷宮へ消えていく。アレンは炉の前に戻り、次に必要になるものを考えながら火を起こした。火は応えるように息をし、今日もまた、村の時間を静かに支え始めた。


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