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開闢

 一〇年来開かずの物置を開いた時、黒い靄のような異様な空間がそこにあった。 黒い靄は、まるで空間そのものが染み出してきたかのようだった。音も、温度も、匂いも、時間さえもこの世界のものではない気がした。好奇心から黒い靄に触れると、身体が引っ張られ意識が遠のく。

「うお!? おおおおおおおおおおおお!?」

 そして、山田京やまだきょうは異世界に転移した――。


 ***


 唐突だが、時を飛ばそう。


 現実世界の、とある大学のとある講義室。本作の主人公山田京は椅子に座り机に突っ伏していた。いつものことである。そこへ、京の友人である西部亮にしべりょうがやってきた。

「なあ、京。今週の『異世界勇者の無双伝』観たかよ?」

 亮は机に突っ伏した京に声を掛ける

「いいよなあ、異世界。俺も行きてえよ」

 亮は京の向かいの椅子に座りつつ、そう言う。

「……異世界に行きたいのか?」

 京は相変わらず机に突っ伏しながら、亮に言葉を返す。

「行けるものなら、な。……だけど、現実的な話、異世界なんてないし行けるわけない」

 亮は椅子の背もたれを前にして座って、一つため息を吐く。

「あるし行けると言ったら?」

 京は机に突っ伏したまま、顔だけを亮に向けて言う。

「はぁっ!? ……京にしては、珍しく冗談言うじゃん」

 亮はそう言って苦笑いを浮かべる。京の真意を測りかねる、といった様子で。

「大学が終わったら、うちに来いよ」

 京はそのままの体勢で言う。

「……おいおい、まさか。質の悪い冗談はそこまでにしとけよな」

 亮が困惑の表情を浮かべるのを見て、京はニヤリと笑うのだった。


 ***


 大学が終わり、京と亮二人の姿は京の自宅の物置にあった。二人の目の前には、黒い靄のような空間がある。二人はそれを見ながら、言葉を交わす。

「……………………。つまり、これが異世界へと通じてる、と?」

 亮が黒い靄を見ながら、おっかなびっくりといった様子で声を出す。

「信じられないか?」

 京は亮を試すように言う。

「……こういう時のお前が嘘を言ったことはないな」

 亮は自分の不安を打ち消すように、冗談めかして言う。

「じゃあ、行ってみようか、異世界へ。……と、その前にだな」

 京はそう言って亮に向かって右の掌を差し出す。

「千円だ」

「は?」

「いや、だから千円だよ。通行料」

「……仕方ないな。ほら」

 亮は財布から千円札を取り出して、京に渡す。

「それじゃあ行こうか、異世界へ」

 京はほんの出来心から、亮から異世界に行くための通行料をせしめた。後々考えると、ほんの些細なこのやりとりが、全てのはじまりだったのかも知れない。


 ***


 現実世界の、いつもの大学のいつもの講義室。山田京は椅子に座り机に突っ伏していた。いつものことである。向かいには西部亮が座っている。

「お前、すげぇんだな」

 やおら亮が京に声をかける。

「……あん? 何がだ?」

 京は突っ伏したまま声を返す。

「異世界だよ、異世界!」

「ああ、そのことか」

「異世界、ホントにあったなんてさぁ!」

 興奮気味の亮に冷めた京。


「あっ、いたいた~!」

「京くん、って言ったっけ?」

 そこへ、何人かの男女グループがやってきた。

 京が何事かと、不思議そうに男女グループを見やる。その向かいで、バツの悪そうな顔をする亮。

「あのさぁ、そこの亮くんから聞いたんだけど、異世界に行けるってホント?」

 男女グループのうちの一人が、京に向かって話しかける。

「亮、お前ぇ……。バラしたな?」

話しかけられた京は、それに応えず、ジト目で亮へと視線を向ける。

「い、いや、だって、ほら、別に秘密にしろとは言われてないからな……」

 亮は気まずそうにそう言って、京のジト目から視線を逸らす。

「えー、マジィ? 本当に行けるの?」

「ねえ、俺らも異世界に行きたいんだけどさ?」

「異世界、連れてってくれないかな? 頼む!」

「私さ、バズりたいんだけど、異世界行ったらさ、映えないかな?」

「バズったら、人生変わるかなぁ?」

 男女グループは京を囲んでワイワイし出す。京は少し鬱陶しそうな表情を浮かべた後、何かを思い付いたようでニヤリと笑む。

「分かった、分かった。異世界に連れて行ってあげるよ。ただし……」

 京はそこまで言って、一旦言葉を切る。男女グループの全員が、京の次の言葉を待つ。

「タダ、ってわけにはいかないな」

 そう言って、京はクククと小さく笑う。

「じゃあ、いくら出せば……?」

「一万円でどう?」

 そう金額を提示した京の言葉を受けて、男女グループは沈黙し少しの間思案する。


「一万円って、お前、取りすぎじゃ……」

 亮が小声で京に囁く。

「いいじゃないか。こっちだって、誰とも知らない赤の他人に時間と手間をかけなきゃならない。それに、どこに繋がってるかもわからないゲートをくぐるスリルと夢と希望を考えれば、このくらい取ったっていいだろ?」

 京が亮に囁き返す。

「分かった! 一万、出すよ」

 京と亮のやり取りが聞こえていたのか聞こえていないのか定かではないが、男女グループの一人が意を決したように声を出す。

「お、俺も!」

「私も!」

 そう言って男女グループは再びワイワイとし出す。


 無邪気そうに喜ぶ彼らを見ていた京は、心の中でこう思うのだった。

(こいつは、いいビジネスになるんじゃないか……?)



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