第4話 紛い神。
「....主は強い。」
瘴気は今もろう十郎の右腕を冒し続けており、尚も胴元へと侵食しようとしている中、彼は見張り台の前線で主の動向を見守っていた。
「...しかし、ユニークスキル持ちの者や、ユニークジョブの者、魔族、そしてあのような人外の域への対応へは未だ未知数。」
純粋な戦闘力で言えば、東元はすでにこの世界でもってもトップクラスではある。
だが、ろう助の言うように、この世界には純粋な戦闘力の差を、最も簡単に覆せる者はそう少なくない。
「然り、この先、あのような訳のわからぬ者も現れるであろう。」
彼らは東元にテイムされた魔物ではあるが、冷静にこの世界での東元の実力を図っていた。
「どちらにせよ。主はアレを倒すであろう。」
「何ゆえ?」
「主も大概人外であろう。・・ーーー」
東元は多量のドス黒いミミズらしきものの群衆を纏ったソレを風圧で斬り続けていた。
「ーー・・ドラァァァっ!!」
「dsa.....gu」
「ほぉ、やっぱけぇ...オメェ、斬り続けてる最中はデカくなれねぇな。」
ラッシュを区切った東元は、少しずつソレの生態が見えてきていた。
「xs...」
先まで、感情やその機微すら見られなかったソレは、どこかイラついているように見えた。
「...ははっ!紛いもんにも情はあんのけっ!」
「クギッ...」
再び斬り続けようとした際、意識外から黒い弾丸のようのなモノが脳天を貫通しかけた。
「ぬっ....へぇ...」
野生の勘か、日々の行いが素晴らしいお陰か寸前で切り伏せたが、まんまと右手を瘴気に冒されてしまった。
「...野郎ぉ..」
後ろの岩場をカモフラージュとして、体の一部を遠回りに茂みに忍ばせ、こちらの攻撃の絶妙なタイミングを図って撃ちにきていた。
「kekeke...」
ようやく攻撃が東元の体に届いた様を見て、ソレは心底嬉しそうにしていた。
刀で切り伏せたが、その余波で瘴気は右手にまで進行し、右腕全体が燃え盛るような熱さで蝕まれていた。
ろう十郎も受けたこの攻撃は一度受けて仕舞えば、その身を滅ぼすまで瘴気で覆い、喰らい尽くさんとしようものだった。
そんな中、東元の中で熱いものがさらに熱を帯び、煌びやかに躍動していた。
「...攻撃を受けたのは、いつぶりけ....」
どんなに不利で厳しい戦場下でも、久しく受けていなかった攻撃を懐かしみながら、東元はいつも戦に向かう時のゲン担ぎとして、懐から返り血で赤く黒く染まった布を取り出し、左手と口を使って前頭で結び目をつけ、後頭に回し、左手で締めつけた。
「...して、第二回戦じゃ」
先までは風圧で触れずして攻撃などと、小狡い真似をしていたが、東元は瘴気など知った事かと如く縦横無尽に斬りまくっていた。
「ーー・・チェストォォ!!」
「xsa..!?」
再生が追いつかず、激しいが、火花が咲くほど、強く美しい精錬された彼の剣撃にソレは明らかに押されていた。
「チェストォォォっ!!チェストっ!!チェストォ!!」
ーー示現流。防御を完全に捨て、ただ一撃の攻撃にのみ全てを賭ける。
ーー東元 義隆。薩摩最強の武士である、彼こそが示現流の体現者であった。
「「「ギギッ!」」」
「ドラァァッ!!チェストォっ!!」
意識外から先の黒い弾丸が四方から撃たれるが、一度受けた攻撃など、今の彼に通づる訳がなく、彼の刀剣の前に霧散し、即座に最速の突きが放たれ、ソレの中心には銃弾を撃たれたかのような風穴が空いた。
「??..xska??」
ソレは困惑していた。本来であれば動くのもままならない程の瘴気を全身に受けているはずなのに、彼の剣撃は止まることを知らず、
むしろ、彼の剣撃は刀剣を重ねる度に、威力を増していた。
「チェストォオオ!!!」
「?!...s...ddxo」
「のぉっ、のぉぉ!!随分と小ぃちゃくなったのぉっ!!」
「?!?!」
「チェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェスト.....チェストォォ!!」
瘴気を身に纏い、ソレが纏っていた黒いミミズらしきものの黒い返り血を浴びている彼は、まさに戦いを司る"鬼神"であった。
ついには再生が追いつかないのか、逃げの姿勢を取り始めたソレを確認した東元は一気に間合いを詰め、龍脈の力をそのままに地面に踏ん張りを効かせ、刀剣を振り下ろした。
「...xtu...」
「....これで終いじゃァァっ!!」
おそらくトドメになると思い、東元は今一段に一切の加減なしに、飛び上がり大きなためを作り、最高の一撃を放った。
だが、彼の慢心のなさ、今ここで最高火力で仕留めるという最適な判断が、最後の最後に彼の、東元の隙を作った。
「...シキッ」
両手で収まる程度の大きさまで削られた紛い神だったが、地中に埋まっていた赫き核らしきものが数メートルの剣に変化して、東元の胴を貫いた。
「っ...ぶっ!はぁ....はぁ....ワシも...詰めが甘いのぉ...」
死にもの狂いとはよく言ったもので、最後の最後に切り札を切った紛い神の方が一枚上手であった。
「.....」
紛い神は静かに剣を元の赫き核に戻し、先まで、忌々しくも清々しい程、強き剣舞を披露していた彼をどこか慈しむように、赫き核に飲み込もうとしていた。
「...ガブっ!!ゴクッ....へへっ、まじぃのぉ....っ...」
ぷにゅっ
その時、瘴気に塗れ、胴を貫かれたはずの東元はその赫き核を噛み砕き飲み干し、何か柔いものに包まれながら意識が途切れ始める中、誰がか微笑む声が頭に響いた。
「?!....ふふっ...」
死に際で一矢報いたが、それでも東元の刀はソレの命には届かなかった。
ーーーー・・・・が発現しました。
すると、死にゆく彼の中で頭の中で男とも女とも取れる無機質な声が響いた。
(なんだ、うるさいのぉ...)
『・・東元さんっ!!』
(おい....まだ、あいつが....何で...来てんだ...)
死の直前で、無尽の瘴気に侵された体では声すら発することが出来なかった。
『主っ!』
『東元様っ!!』
薄れゆく意識の中で、日々の鍛錬が足りず、討ち負けてしまった弱き主に付いてきてくれた臣下の姿が垣間見えた。
(何を泣いておる。ろう助、ろう十郎、シレイ...まだまだここからだろう....薩摩は
..ワシは....民が...皆が、自由で、平和で、豊かな世に....安心して暮らせるまで...決して..死なぬ....)
東元は戦の絶えない戦乱の世で決意した、今は遠きその夢を実現するまで死ぬわけにはいかなかった。
ーー・・死なないで。東元 義隆さん。
最後に自らの名を呼ばれ、程なくして意識が途切れた。