表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

約束

作者: 古堂素央

 それはわたしたちのあとを追ってくる。

 引き千切るような突然の別れと、どちらが悲しいと言うのだろう。



「今年はお月さま、見れるかな?」


 すすきの穂をゆらしながらわたしが言う。


「週間予報では曇りだって。今年は無理かもね」


 スマホをいじったままのあなたに、わたしは唇を尖らせる。


「週間予報ってころころ変わるから、見れるかもしれないよ?」

「そうだね。見れるといいね」


 顔を上げあなたはこの頬をやさしくなでた。


「月見だから、久しぶりに日本酒が飲みたいな」

「しょうがないなぁ。でも体に悪いから少しだけだよ」


 頷いて、少し残念そうにあなたは笑う。


「クリスマスはどうしようか? また苺のケーキがいい?」

「うん。生クリームたっぷりのやつ。プレゼントは何がいいか考えておいてね」

「きみがくれるものならなんでもうれしいよ」

「もうそれがいちばん困るのに」

「あと見たいって言ってた映画、年明けに公開だって」

「一緒に観に行ってくれる?」

「もちろん。お正月過ぎてからの方が空いてていいかなぁ」


 そんなふうに重ねられていく、小さな約束たち。

 祈るように、ひとつずつ叶えられていく。

 ――いつかそれが守られなくなるその日まで。


「余命三カ月って言われてからもう何年も経つね」

「きみがいなかったら、ぼくは今頃もう生きていないよ」


 そう言っていつでもあなたは穏やかに微笑んだ。



 そんなふたりをあざ笑うかのように、現実は闇を突き付けてくる。

 一晩中吐き続けるあなたの背中を、わたしはたださするしかできない。

 激痛に身もだえるあなたのその苦しみを、ほんの少しも分かってあげられない。


 いなくなっては嫌だとわたしが泣くから。

 独りにしないでとすがるから。

 苦しんで苦しんで、もう死にたいって言いながら、それでも今もあなたはこうしてそばにいてくれる。



 細く、引き絞るように、その闇はわたしたちのあとを追ってくる。

 緩やかに追い詰められながら、わたしたちは今日も小さな約束を重ねてく。


 ひとつ年上のあなたを追い抜いて、いつの日かわたしだけがおばあちゃんになっていくのかな。

 いつかこの人のために泣く日が来るんだろう。

 あなたの手を取る覚悟をしたあの日に、わたしはぼんやりとそんなことを思った。



「今年の桜は見事だったね。来年はどこの桜を見に行こうか」


「誕生日にはまたケーキを焼くね。今年はチーズケーキにしようかな」


「花火、綺麗だったね。来年もビール飲みながらゆっくり見たいな」


 暗闇の中、小さな明かりを頼りに、わたしたちは手をつないで歩く。

 ささやかな約束をただ目指して。


 そんなわたしたちを見て誰もが悲しいって顔をするけど、これってそんなに不幸なことかな?

 わたしたちは共に在るしあわせを今日もそっとかみしめる。



 いつかその街灯を行き過ぎるとき、影がわたしたちを追い越して。

 振り向けばそこにもうあなたはいない。

 長くのびる影にむかって、わたしはひとり歩いてく。



「やっぱり曇っちゃったね」

「でも、去年の月は綺麗だったよ」


 奮発した大吟醸をゆっくりと含みながら、あなたは窓の外に目を細めた。

 暗くした部屋から見える曇り空。

 そこに浮かぶ、ぼんやりとしたお月さま。


「来年も一緒に見よう? 今度の十五夜は晴れるといいね」


 おちょこ片手に手をつないだまま、また交わされる小さな約束。


 やがて朝が訪れ、月明かりはうすれていった。

 白む空に溶けていく輪光に、わたしたちはかけがえのない明日(あす)を乞う。



「きみがいないと生きていけない」


 そう言ってあなたが泣くから。


「きみがいるから生きていける」


 そう言ってあなたが笑うから。



 だからわたしは今日も昇る朝日に願いをかける。


 一秒でも、あなたよりも長く生きられますように。

 この世界であなたが最期に目にするものが、とびきりのわたしの笑顔でありますように。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ