【チケット】
「アプリ、起動して」
自転車置き場で唐突に話しかけられて。私は慌ててスマホを取り出す。
何のアプリかと言えば、飲料メーカーのアプリ。自動販売機で飲み物を買うたびに、ポイントがたまっていくやつだ。
「ポイントたまったからさ、チケット、やるよ」
そしてポイントがいっぱいになったら、飲み物と交換できるチケットがもらえる。
で、そのチケットは、誰かにプレゼントすることもできる。
ので、こいつは私によく、そのチケットをくれるのだ。
「自分で使えばいいのに」
とろとろとアプリを起動して、スマホを差し出せば、こいつはへへっと笑う。
「使うの忘れる」
確かにチケットには使用期限がある、……けど、それでも数か月先なのに。
「毎日飲んでんのに?」
こいつは自動販売機が好きである。気がついたら何か飲んでる。
「毎日忘れる」
ポイントは毎回しっかりためてんのに?
わけのわからんことを言うなあと思いつつ、画面の上でお互いにタップを繰り返せば、こいつのスマホから私のスマホにチケットが送信される。
「ありがとう」
まあ、もらえるものは素直にうれしい。お礼を言えば、こいつはにんまりと笑顔になる。
「高いの飲めよ」
自動販売機に並ぶ飲み物は数十円の差がある。チケットはどの商品にも適用されるから、値段が高いのを飲むとお得な気分になるらしい。なるほど。
でも、それだったら、と。私はスマホを片づけながら、疑問を口にする。
「おごってくれるなら、現物支給でもいいのに」
例えば今。こいつがぽいと、何か一本飲み物を投げてよこしてくれたら。
それだって私はとても嬉しいのに。
けれどこいつは頭を横に振る。
「いや、でも、お前。今すぐ飲みたくないかもしれないし。何飲みたいか知らねーし。いつでも使えるチケットの方がいーだろ」
そんなこと、聞いてくれたら答えるのに、そのひと手間がめんどいのか、と思ったら。
どうやらそうでもないらしい。
こいつは私に顔を近づけると、
「こうやってチケット渡すの、なんか、よくね? 秘密の取引みたいで」
と、声をひそめて言った。
なんだ、秘密の取引って。
とか、思いながらも、ちょっとときめく私。秘密の取引、すてきな響き。
「それにさ」
そしてさらに、こいつは声をひそめる。まだ秘密が、と、私も顔を近づける。
「チケットこうやって渡したら、お前、ありがとーって言うだろ。一回」
「それは、言うね」
誰かにイイものをもらったら、お礼を言うのは当たり前。
「んで、お前。自動販売機でチケット使うだろ。そのときまた、俺に感謝するだろ。ありがとーって、二回目」
「たしかに」
「な、チケットの方が。俺への感謝の気持ちが倍増だろ」
こいつ。何も考えてないようで、けっこういろいろ考えてんのかな。
私はまた、たしかに、なんて。こいつの言葉にうなずいていた。
「ありがたくごちそうになります」
改まって頭を下げると、ぽん、と。頭に手。
不意打ちのよしよしに、心臓が止まりそうになる私を残し、こいつはさっさと自転車にまたがって遠ざかろうとする。
「待って」
私はつい、呼び止めていた。まだ聞きたいことがある。
「いつももらってばかりだけど。私、お礼どうしたらいい?」
ありがとうの言葉だけで、いつもいつも、終わらせてはいけないような。
するとこいつはにやりと笑った。
「まだためてるとこだから。いっぱいになったら、くれ」
「なにを」
なにをためて、なにがいっぱいになるのか。聞きたいことが倍増だ。
首をかしげる私に、こいつは。
「いっぱいになったら、彼女になって」
そんなことを囁いて。
自転車にまたがって走り去ってしまった。
知らなかったよ。いつの間にか私の気持ちはポイント制で。
こいつに勝手にためられてたとか。
そして気づけばとっくの昔に。
ポイント上限振り切ってたまってるのを、こいつはまだ知らないんだなあって。
もらったチケット使うのもったいなくて、期限ぎりぎりまで使わずに保存して眺めている、私からの報告は以上です。
(チケット/終)
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2021年05月02日 (日)活動報告掲載小話




