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【流星群】

 今、この夜空を。どれだけの人が眺めているんだろう。


 *

 *

 *

 *

 *


「ねえ、あんたの寝床に行ってもいい?」

 嫌だと言っても来るんだろう。だからいいとも悪いとも言わない。

「あんたの寝床からは、空がまあるく、よく見える」

 こいつ、ご丁寧に枕まで持って来やがった。

「上ばかり見てたら首が痛いからさ、あんたの寝床に横にならせてよ」

 そしてさも当然のように、隣にごろりと遠慮なく転がる。

「ほら、あんたも空を見なよ。流星群だよ流星群」

 なんだよそれ、食えるのか。食えないならいらない。

「たぶん、あのへん。たぶんね、見えるって」

 夜空をあちこち指差すこいつは、絶対よくわかってない。

「夜でも風、生ぬるいね、ここ。あー、虫がいっぱい鳴いてる。やだね、噛まれないかな」

 文句があるなら戻ればいいのに。結局、隣にずっといる。

 そしていつしか、ぶつくさと文句を言うのもやめて、夜空に夢中になっている。

 空に光るものがあるのなんて、いつものことじゃないか。当たり前のことじゃないか。それをどうして今さらありがたがるんだ。

「あっ!」

 突然。びくりと体を揺らして叫ぶ。

「ねえねえ今! 今の見た! 今の今いま今いま! 光った流れ星!」

 興奮している。そんなに珍しいのか、流星が。そんなにも嬉しいのか、光が移動する、それだけのことが。

「あーっ、一瞬だったから願えなかった。願い事!」

 こいつ、何を願うつもりだったんだ。

「あの間に三回も願うの、無理だよね」

 本当に何を。

「ねえあんたなら何を願う? おいしいものが食べられますようにとか? メシメシメシ。あ、これなら言えそう」

 なんだ三回願えばメシが降って来るのか。それなら願ってやるけど。だまされるものか。そんなことは起きないことぐらい、知っている。

「なかなか次の落ちないね。流星群って言うから雨だれみたいに、ざんざん降って来ると思ったのに」

 ふわわ、と。語尾にあくびがまじる。

「どうせなら、すっごいでっかいの降ってこないかな。そしたらゆっくり願えるのに、あああああっ、さっきの、見えた? 光った!」

 文句を言ったり、息をのんだり、はしゃいだり。まったく忙しいやつだ。

 それからも、ときどきハッとかアッとか言いながら、こいつは空を見ていた。願い事が言えたかどうかはわからない。

 メシメシメシ。それ以外に、願うとすれば何がある?

 安全な棲み処、あたたかい寝床、安心できる仲間、適度な食事。たまにご馳走。それらはすべて手に入っている。それ以外に、欲しいもの。

 じゃあ、願うのは。今の幸せがいつまでもつづくこと。

 こいつが。元気でいてくれたら。

 こいつが、ずっと近くにいてくれたらいい。

 そんなことを考えると胸が苦しい。まるでいつかはいなくなる日が来るのを知っているみたいだ。

 星に願うのは、自分の力では叶えられないこと。

 空のてっぺんで弾けた光が、尾を引いて流れた。

 今までで一番強い光で。長く、長く。願いを叫べと言わんばかりに。

 おい、ちゃんと、見ているか?

 仰ぎ見たこいつは、すっかりまぶたを閉じていた。すうすうと聞こえる寝息に、気が抜ける。

 こいつ。本当に、こいつは、もう。

 俺はため息をついて、寝床に座り直す。空を見上げれば、きらきらしゅるしゅる。流れ星は次々と落ちてゆく。

 仕方がない。代わりに俺が願っといてやるよ。

 こいつの願いは、そうだなたぶん……。

 俺と同じだろうから。


 *

 *

 *

 *

 *


「ちょっと向きを変えてみようか」

 提案されてベッドの枕の位置を変えた。小さな窓から小さな空が見える。視力のあまり良くない私には、窓に張りついた埃も、夜空の星に見えている気がする。

「今日は流星群が見えるんだ。少し夜更かししてみよう」

 いつもはもう眠る時間だよと、私を寝かそうとばかりするのにね。

 部屋も廊下も明かりを消して、小さな空をじっと見上げる。

「あっ」

 同時に叫んで顔を見合わせる。

 確かにさっき、流れ星が見えた。

「すごい、初めて見たなあ、流れ星。今日がピークらしいよ、流星群」

 うきうきした様子を隠さないこの人の姿を見られる方が、流れ星よりも嬉しいと思う。最近はその笑顔に、疲れとか、悲しみとか。そういうものを隠しているのを知っているから。

「願い事、しないと」

 思いつく願い事はひとつ。いのち。願って叶うならもうきっと、叶っている。もう、いろんなものに願い飽きてしまった願い事。

 じゃあ、この人は何を願うのだろう。

 お金。そうだよね、あったほうがいいよね。そうすればもっと暮らしが楽になる。

 恋人。うん、大事だよ。でもまだ願うには早いかな。もうちょっと我慢してよ。来年の同じ季節に流星群はまた来るんだから。そのときは自由に願っていいから。

 でもね、私は知っている。やさしいやさしいこの人は、きっとそんなことを願わない。そしてこの人の願いはきっと、神さまだって叶えられない。私の望みと同じはず。

 できることなら、叶いそうなことしか願わないでほしい。叶わなかったら悲しいから。空を見るたび悲しくなるから。それだったら、願い事が叶ったと笑ってほしい。

 流れ星は消えてなくなっても、一緒に見た思い出は消えない。

 この人が叶いそうなことを願いますようになんて願い事、長すぎて三回も言えやしないよね。

「明日のみそ汁は玉ねぎでいいかな」

 ふと、隣でこの人が、そんなことを呟くから。

 私は思わず笑ってしまう。

「じゃがいもも入れようか」

 うん。私はそれがいい。

 結局は私が願うのは、穏やかな日々が一日でも長く続くこと。

 そしてそれはこの人が、ぜんぶ叶えてくれるのだ。星に願わずとも。

 小さな空がにじんで見える。頭を寄せて空を見るふりをする。つう、と。星よりも確かに流れた涙をこっそり拭う。


 *

 *

 *

 *

 *


 これまで幾度かあった流星群観測のチャンス。

 今回見てみようと思ったのは偶然単なる思いつきの気まぐれだ。

 来年も同じ時期に見えるんだ。

 でも来年いい天気かどうかはわからない。

 天気どころか私が星を見る気持ちになるかどうかはわからない。

 だから一生に一度。この夜は一生に一度。

 窓を開いて外を眺める。

 闇に目が慣れるまでじっと空を見る。

 星は瞬いている。私の脳がそう見せているのか本当に瞬いているのか。

 だいたい私は何をしたって、一歩遅い。今夜だってもう、流星群のピークは過ぎている。だから夜空を眺めたところで、流れ星が見えるかどうかわからないのに。

 じっと夜空の星を見ていたら、すべての星がゆらゆら動いているように見える。一瞬、視界の隅っこで、光が流れ落ちたように見えたけど、本当にあれは流星だったのかな。私の脳みそが、私を不憫に思って、見せてくれた幻の流れ星かもしれない。

 まあいいや、それでも願っておこうかな。

 私の幸せ。誰かの幸せ。個別に願うのはめんどうだから、ざっくりと。

 宇宙の平和でも、願っておこう。

 今、この夜空を。どれだけの人が眺めているんだろう。そんなことばかり考えて、今夜も私は目を閉じる。


(流星群/終)


2020年08月16日 (日)活動報告掲載小話


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