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【人気】

 人気のある職種に憧れつつも、自分には無理だと諦めて、第三希望あたりで手を打った。今思えば、その選択は間違いではなかった。今の安定した仕事に不満はない。

 時間が経つのは早いなと思ったのは、元カノがすでに二児の母になっている、なんて知ったとき。それと同時に、自分が恋愛をしていない時間の長さに気づいてしまう。

 結婚が人生のすべてではない、とは思いながらも。一緒に人生を歩める相手は欲しいと思っていたのも事実。その俺の心の隙間に、お節介な親戚からのお見合い話がするりと入ってきた。


 お見合いなんて堅苦しく考えなくていいから、一度会ってみなさいよ、とすすめられた相手はいくつか年下で。きっとあちらから断られるだろうと会いに行ったら、最近人気の女優にも似た雰囲気の、かわいらしいお嬢さん、だった。

 すれたところのない純粋な彼女に、俺は困惑した。いい子すぎる。これは俺が本気になる前に、さっさと断ってもらわないと。


 しかし帰り際。彼女から連絡先を渡された。


「よろしければ、連絡してください。また、一緒に遊びに行きたいです」


 社交辞令と思えばそうでもなく。帰宅後に俺がメッセージを送ると、すぐさま返事があった。今日は緊張してうまく話せなかったけど、あれもこれも楽しかったと。並ぶ文字からは嘘は感じられない。いや、あったとしても気づけないぐらい、俺はすでに彼女に惹かれていたのだろう。


 また一緒に遊びに行きたい、も、現実になった。本当に次の休みには、デートをすることになった。

 最近オープンしたばかりの人気の水族館。魚もたくさん見れたけど、人間もいっぱい見れたなあと、ふたりで帰り道にくたびれた顔で笑いあった。

 楽しかった。

 また、誘ってもいいかと尋ねたら、彼女はもちろんですと、うなずいてくれた。


 お互い仕事が忙しい時期だった。なかなか休みが合わなかった。それでも会いたい気持ちは募る。俺はすっかり、彼女に惚れているらしい。


『今日もお仕事がんばってくださいね』


 今朝届いたメッセージをにやにやと眺め、そっちもがんばって、と返事を書きながらふと思う。今日は残業もなく帰れそうだ。仕事帰りに会うのは無理だろうか。

 少し緊張しつつ、その旨を追記すれば、彼女からすぐに返事があった。


『私も今日は定時で帰れます』


 俺は彼女のメッセージに心の中でやったと叫び、じゃあ、一緒にディナーでもと考える。

 どこに行きたいかと尋ねたら、メッセージが届く。


『人気のないところに行きたいです』


 それを見て、俺は首をかしげた。

 にんきの、ない、ところ?

 そして、先日の水族館デートで人波にもまれて、お互いぐったりしたことを思い出す。人気すぎる店は疲れるな、確かに。仕事帰りに寄るのはもっと、のんびりできるところがいいかもと、思う。


 かと言って、本当に人気のない寂れた店にデートで行くのはだめだ。ある程度は客がいないと、不安になる。

 考えた挙句、俺が選んだのは隠れ家的なレストラン。予約客しか入れないし、落ち着いた雰囲気でくつろげると思う。


 仕事が終わって、彼女と待ち合わせた。平日の彼女もかわいかった。

 予約した店内は満席でもなく、ガラガラでもなく。いい感じの客数だった。

 食事もおいしかった。彼女も終始笑顔だった。

 けど。


 なんだか、少し、彼女の態度がおかしい。

 ちょっと目を伏せたり、短いため息をついたり、ほんの少し会話がずれたり、何かを考え込む素振りを見せたり。きっと気にしなければ気にもならないことだろう。だけど俺は、違和感を覚えてしまう。

 彼女の心変わりに怯えすぎているのかもしれないと、自分の弱さに泣きそうになるけど。


「こういうところ、嫌だった?」


 もしかして、もっと別の店がよかっただろうか。彼女の趣味には合わなかっただろうか。不安を覚え、小声で尋ねたら、彼女は頭を横に振る。


「いいえ。とてもすてきなお店です。料理もおいしいし、……でも」


 彼女はじっと、俺を見た。その目は少し、潤んでいた。


「私、勇気を出して、伝えたんです。ひとけのないところに、行きたいって」


 言ったそばから彼女の頬が赤くなる。

 聞いた自分も赤くなる。え、そんなこと言った? いつ言った?

 ひとけのないところに行きたいなんて、そんな誘惑の言葉を。彼女に言われたら、俺が聞き逃すはずないのに。


 そして俺は必死に記憶を手繰り寄せ、愕然とする。それは、彼女から届いたメッセージ。


『人気のないところに行きたいです』


 俺はアレを、にんきと読んだ。にんきのないところに行きたいです。

 だけど彼女は、ひとけと書いた。ひとけのないところに行きたいです。


 同じ文字列を、俺はすっかり読み違えていた。


「で、も、まだ。早かったんだなって。ごめんなさい。私、恥ずかしくて。困らせてしまいましたよね」


 そう言う彼女の目からは、涙がこぼれそうだった。

 彼女はきっと、恋愛の経験が少ない。それはとっくに気づいていた。すれたところのない、純粋な彼女。その彼女が一生懸命考えた誘惑の言葉が、アレだったのだろう。そんな言葉を、伝えたくなるほどに。俺は彼女に好かれていたのだと、やっとわかった。


 ひとけのないところ。ふたりで行くところ。恋人同士で向かう場所。そこで何をするか。何をしたいかは。きっと俺は読み違えていないはず。


 俺はテーブルの下で手をつなぐ。びくりと彼女の体が震える。

 今、どうせ無理だと彼女を諦めたら。俺は一生後悔する。勝手に不安になる必要なんかないんだ。


「人気のないところに、これから行こう」


 とうとうこぼれてしまった涙を俺が指で拭ったら、その口元には笑みが浮かんだ。

 俺の言葉に、彼女はしっかりとうなずいてくれた。


(人気/終)


2020年05月16日 (土) 活動報告掲載小話

【人気】

 1・にんき、人びとの評判。

 2・ひとけ、人のいる気配。

毎回ルビを振りたくなる言葉。ひとけのときは振りたい。とても振りたい(※掲載当時、活動報告には振れませんでした)人気は人けって書くのが標準らしい。人気は人気で人気は人け。ほら、だんだん人気が崩壊してくるよ。人気のない場所は人気のない場所だから同じようにも思えますが、人気のない場所だから人気な場所もあるので同じではないのでしょう。


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