【ヤドリギ】
バイトの帰り道。一緒にシフトが終わった彼と並んで歩く。
年度末が近いからか、工事中の道が多いこのあたり。迂回お願いしますの看板が、進行方向の歩道を塞いでいる。
「違う道、通ろっか?」
彼の提案に、私はうなずく。
回り道なら大歓迎。だってその分、彼と長くいられるし。
選んだのはいつもは通らない川沿いの堤防。川の向こうの広場では、犬の散歩をしてる人が小さく見えた。
夕陽がきらきら川面を輝かせている。昼と夜の境目は、好きな時間。ちょっとさみしい気持ちになるところも、空がいろんな色になるところも好き。
「サクラ、つぼみになってる」
彼に言われて、そばの木を見る。
「ここの木って、サクラだったんだね」
堤防沿いに並んだ木々は、花が咲いていない時期は何の木かわからない。
冬の間は葉を落として丸裸。寒そうだけどそれで冬を越し、もう少ししたら、やさしいピンクで満開になる。
眺めていたらふと、その中に、不思議なものを見つけた。
枯れ色の枝に、緑色の球体が引っ掛かっている。
「あれ、なんだろう? 鳥の巣?」
私は彼に尋ねてみる。あれ、と手で示せば、彼もそれに気づいた様子。
「なんだろうね?」
近づきながら観察してみれば、その球は緑色の葉っぱで構成されていた。
不動産情報サイトのキャラクターの緑をもうちょっと、間引いてすかすかにしたみたいな。あいつはまりもだったから、今このサクラに付いているものとは別物だろうけど。
きれいな丸い植物が、落葉して裸になったサクラの木に「生って」いる。
直径五十センチぐらい? もうちょっと大きいかも。
彼は木のそばで立ち止まると、スマホを出して調べてくれた。
「あれはヤドリギ、らしいよ」
私は彼の差し出したスマホの画面をのぞき見る。
スマホって。すごくプライベートなものの塊だと思うから。こうやって許可して見せてくれるのがまず、うれしいし。
それにこの瞬間って、体の距離も縮まるから、私は相当どきどきしてしまうのだけど。
私はなんとか、そのうれしさも、どきどきも隠して。平気なふりを心がける。
私と彼はともだちだから、こういう気持ちは表に出してはいけないのだ。
彼が見せてくれた検索画面には、たしかに、今ここにある緑の球と同じものが表示されていた。
「ヤドリギって、ああいうやつなんだねえ。なんか違う」
私がつぶやけば、彼は目を瞬かせる。
「違うんだ?」
「うん。ヤドリギって、ほら、外国の映画とかで。クリスマスの日に……」
映画ではヤドリギの下でキスをしていたな。そういう風習があって、してよかったはず。外国だからかな。キスは挨拶の国だからいいのかも。
でも、思い出したけど、そのことは言えない。キスという単語を、彼の前で言うことすら恥ずかしい。
意識したら何もできなくなる。少し前まではこんな気持ちもなかったのにな。
私は大丈夫な部分だけ、ヤドリギという言葉から思い出したことを彼に伝える。
「……玄関に、飾るやつじゃなかったっけ」
すると、彼は少し驚いたように、眉を寄せた。
「え? これ飾んの? 玄関に? 酒蔵?」
どうやら彼の脳内では、この丸い植物をまるごとそのまま玄関に吊るした様子。
そうだね、たしかにそれだと酒蔵だね。酒蔵にも丸い緑は付き物だ。あれはまりものキャラクターそのものでもいいような、緑の飾り。
「あれは杉玉だよ、違うやつ」
「違うやつ? 丸くないやつ? クリスマスの、ヤドリギ」
彼は画面で指を滑らせる。画像検索に出てきた、枝にリボンをかけたものを、私は指さす。
「あ、こっち。これだよ。枝にリボンしたやつ」
リボンを飾った一枝を、映画では吊るしていたはず。リースとはまた違う形の飾りだった。
彼は納得したみたいに、へー、と声を上げる。
「これはこれで節分的な」
節分に飾るのはイワシとセット。私は苦笑しつつ答える。
「それはヒイラギだね。鬼追い払うやつだね」
「クリスマスにも飾らないっけヒイラギ」
言われてみれば、ヒイラギもクリスマスに出番がある。よく、ケーキに食べられないヒイラギが刺さってるような?
「でもなんか、クリスマスのヒイラギと、節分のヒイラギは、違う気する。一緒?」
それから私たちはそのまま、その場でヒイラギについて調べる。結果、クリスマスのヒイラギと節分のヒイラギはちょっと種類が違うけど、両方魔除けだからいいんじゃない的な答えに行きついた。
「理解した」
「理解したね」
ふたりでなるほどなるほどとうなずいて、顔を見合わせて、笑う。お互いに賢くなってしまったなあ。
それで何の話してたっけ、と、目の前の緑の球に、同時に目を向けた。
「それでこれはヤドリギ」
「ヤドリギだね」
もうこれで、私は一生、ヤドリギのことを忘れないだろうなあと思う。どこかで別のヤドリギを見つけても、ちゃんとヤドリギだな! って思うし、彼とこうやって一緒に考えたことも思い出すんだろうな。ついでにヒイラギのことも覚えた。
「あ。ヤドリギの下に行くと、幸せになるって書いてる。行こ」
彼はスマホをしまいながら、私を手招きする。おいでおいでされたら、行くしかないじゃないか。
私たちはサクラの木に近づいて、下からヤドリギの球を見上げる。作り物みたいに丸いのに生きている。不思議。
そこで、彼が突然つぶやく。
「残念、クリスマスだったらキスできたのに」
彼の発声したキスという言葉に、私の心臓は素直に跳ねる。
そっか、彼もさっき検索してるうちに、知ってしまったんだな。ヤドリギの下でキスする外国の風習。私は伝えなかったのに。
彼のつぶやきへの、正解の答えがわからない。クリスマスじゃないけどキスしていいよ? そんなこと言えるわけがない。
クリスマスになったらまた来よう、それも変? ていうかそんな数ヶ月も先の約束。怖くてできない。
結局私は、彼の言葉を、あははと笑って流す。キスのことを考えて、紅潮した頬はたぶん、夕陽が隠してくれている。
冗談か本気かわからないことを、彼はときどき言うもんな。
平気でそんなことを言えるぐらい。私は彼にとっては意識しなくていい存在なんだろうなあ。
ちらりと視線を送った彼の横顔は、西日眩しいって目をしばしばさせてて、表情は読めない。
「サクラ咲いたらどうなるんだろ、このヤドリギ」
「そのまま緑色だよね。丸見えなの、ちょっとかわいいよね。擬態できてない感じが」
「また見に来よう」
「そだね」
そんなことを言いながら、私たちは再び歩き出し、家路につく。
花が咲くのはほんの少しだけ先のこと。それぐらいの未来なら、約束してもきっと大丈夫。
*
ヤドリギの下にいるとき、私はちゃんと幸せだったよ。
あなたはどうだった? って。いつか彼に聞いてみようか。
答えてくれるかな。覚えてるって、一緒に笑ってくれるかな。
(ヤドリギ/終)
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2023年03月05日 (日) 活動報告掲載小話




