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ある日突然ラノベにありがちなハーレム状態になってしまった件

「やっぱり買って正解だったな。」


つい先日某フリマサイトで購入した○○クロのダウンジャケットが強風からくる凄まじい冷気から自分を守ってくれる。


私は独り言を呟いて駅までの道のりをトコトコ歩く。


勤務時間は13時から22時。

12時30分の電車に乗ればちょうど勤務先に到着する。火曜日から土曜日の5日間は同じルーティンの繰り返し。


変わり映えのしない日常•••


もう何年同じ事をしているのだろうか。


私は先頭車両に乗り込み端っこのシートに座り込む。この時間は乗客が少なくとても静かな空間だ。窓から差し込む陽射しがポカポカして気持ちが良い。通勤時間は嫌いな時間ではない。片道20 分くらいだからそう感じるのだろう。これがラッシュアワーで1時間以上通勤に時間がかかれば、とてもそんな風には思わない。都内に勤務しているサラリーマンはどれだけ体力と精神力を重ね備えているのだろう。そんな事を思いながら、今日も景色を眺めながら黄昏れていた


勤務先は某有名学習塾でそこで塾長をしている。塾長といっても偉いわけではなく、末端の社員だ。仕事が出来るわけでもないので、出世とは無縁なのが変わり映えしない日常を更に加速させている。何となく自分に合っていそうと応募した会社でもう10年近く勤めている。


私のような平凡な日常、平凡な人生を送っている人はごまんといるんだろう•••自分が何者でもなく、道端に落ちている石程度の存在だという事はとっくに分かっている。


ただの石•••それ以上でもそれ以下でもない。磨けば光る原石ではないので磨いたところで何も変化はない。そういう人間がこの世にはたくさんいるのだ。


職場がある駅に着くと電車を降り改札口を通過する。駅を出たら職場は見えるとこにある。駅から徒歩1分にある某学習塾は地域に寧々付いており地元の生徒さんに人気のある塾だ。


私は職場(塾)に入ると身体に染み付いたルーティンワークを始めた。


そして夕方になり、アルバイト講師の緒方夏美が出勤してきた。


「お疲れ様です。」


「お疲れ様です。緒方先生、今日もよろしくお願いします。」


職場内ではアルバイト講師でも先生と呼称を付けて呼んでいる。その方が先生としての自覚や責任感を持って勤務してくれるという会社のマニュアルなのだ。


「塾長。今日もいつも通りで大丈夫ですか?」


「あぁ。期末テストが近いから、しっかり頼むよ。」


そう伝えると私も緒方先生もそれぞれの担当の生徒さんが来るのを待っていた。


「塾長ってそいえば付き合っている人とかいないんですか?」


もうすぐ生徒さんが来るというのに一体何を言っているんだ•••この子は•••


「いや。いないよ。」


私は聞かれた事に対する必要最低限の情報を緒方先生に言った。


アルバイト講師の夏美は訝しげに私の事をジロジロと見ている。


「そうなんですね〜。塾長、結構顔が整っているし、優しいですし、講師からも生徒からも人気高いですよ?それに普段はクールなのに、授業の時はすごく明るくてたくさん生徒さんを褒めてますしね!魅力的なのにもったいないですよ!」


「明るいのも褒めるのもマニュアルだからね〜それに社会人としても人してもそれは当然だよ。」


私は最低限の受け答えをして緒方先生をケムに巻いた。


「さぁさぁ。そろそろ生徒さんが来るよ。お話はそれまで」


話をぶつ切りにし、私は生徒ファイルに目をやり、話しかけられないようにした。


緒方先生は、諦めたのか彼女も生徒ファイルに目をやった。


「こんにちはー」


教室内にこだまするまだまだ幼い声の小学生が元気良く入室する。その後続々とこの時間帯に授業がある生徒が入室してくる。良かった。欠席者はなしだ。


「今日も頑張ろうね!」


とびっきりの営業スマイルを生徒に投げかける。仕事だったら笑えるのに。仕事だったらこんなに明るいのに。本当の自分が分からなくなる。


キーンコーンカーンコーン


壁に掛けてあるウォールクロックから学校のチャイムと同じ合図が流れる。始まりのチャイムだ。チャイムが鳴ると生徒は塾で使用しているテキストを開き私からの指示を待つ。


「宿題はやってきたかな?」


「はい!やってきたよ!」


「偉いね!じゃあ早速チェックするね」


私は答えを確認しながら赤ペンでスラスラと、丸付けをする。


「よく出来てたけど一問だけもったいなかったね。ここはセンチメートルじゃなくて平方センチメートルだったね。単位を間違えないようにちゃんと見直ししようね。」


生徒が間違えていても決してダメ出しはしない。言い方を変えて生徒のモチベーションを上げてあげるのが先生として大事なのだ。


キーンコーンカーンコーン


終わりのチャイムが鳴り、生徒を送り出す。


「また来週も頑張ろうね!」


飛び切りのスマイルで生徒を送り出してあげた。


「そんな素敵な笑顔だと女の子が勘違いしちゃいますよ〜」


この時間帯の生徒さんが全員退室したのを見計らって、緒方先生が横からまた私をからかってきた。


「まだ子どもだし、自分はおじさんだし、そもそも勘違いするわけないだろう。」


私は呆れ口調で緒方先生に苦笑いで答えた。


「私も勘違いしているだけどなぁ•••」


いかにもラノベにありがちな発言が聞こえたような•••そんな訳がない。彼女いない歴=年齢の私が好かれる訳がない。もう一度何て言ったか確認してみよう。


「え?今なんて言ったの?」


そう聞き返すと彼女は紅潮した顔で、


「大した事じゃないですよ!さぁさぁ次の生徒さんがきますよ!早く準備しましょう!」


彼女は私に背中を向けて先程授業を終えた生徒の記録簿を記入していた。


まぁ幻聴だろうなぁ。独り身を拗らせすぎたのかもなぁ。


そして次の時間帯の生徒さんが来る。


18時30 分から19時50分の時間帯は半分以上の生徒が中学生で占めていて、教室のブースは平日満席になっている。それに応じてアルバイト講師も必要になるので、この時間帯から緒方先生以外に4人のスタッフ出勤する。


「お疲れ様です」


最初に来たのは牧原先生だ。彼女は元塾生で

私の教え子でもある。こういう形で戻ってきてくれて嬉しい限りである。塾はいかに優秀な講師を多く抱える事が出来るかが人気塾になるか否かの明暗を分ける。そういう意味では元塾生が講師という形で戻ってきてくれる事は経営面でも本当に嬉しい事である。元塾生だけに仕事に対しての理解もあるし、本当に生徒想いの良い先生だ。


牧原先生に続いて、堀越先生、岡田先生、最後に宗方先生が来て、全員出勤完了だ。


「こんにちわぁ」


この声を聴くと全身に力が抜けるというか、自分がメルヘンチックな世界の登場人物にでもなった気分になる。


この甘ったるしい声の主は、春から中学3年生になる、高橋みるくだ。彼女は小学生から通っている生徒で、決して勉強が得意ではないが、最近になって平均点を上回るようになった。親御さんもとても喜んでいたので次の学年末テストもなんとかしてあげたい。


キーンコーンカーンコーン


授業開始の合図がなる。


「せんせいぇ〜。宿題やってきたよぉ」


胃もたれしそうな甘い声のメルヘン少女が上目遣いで私に視線を向けてくる。


「よく頑張ってきたね!みるくちゃんは宿題をいつもちゃんとやってきてくれて偉いね。」


「いい子いい子してぇ。」


「はい。偉いよ。」


「全然感情がこもってないよ!先生のためにやってきたのに!」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど宿題は自分のためにやるものだからね」


「そうだけど、先生じゃなかったらきっとこんなに頑張れなかったから。」


「ありがとうね。この調子で学年末テストも頑張ろうね。」


「うん。頑張る。もし学年50位以内に入ったら、私と結婚してくれませんか?」


今日は本当におかしい•••。さっきの緒方先生といい、みるくちゃんといい、まるでハーレム漫画の主人公みたいだ。夢でもみているのか、それとも本当にハーレム漫画の世界なのか。


「大人をからうんじゃないよ。」


「からかっていないよ?お母さんも塾長が良いならいいって言ってたもん。


みるくちゃんのお母さんもおっとりしてるからなぁ。そんなとんでもない許可を貰ってる事を知り、私は戦々恐々とする。確かにみるくちゃんは可愛いが付き合ったら犯罪だし、間違いなく解雇される。犯罪•解雇•淫行恐ろしい二字熟語達が私の理性をしっかり止めてくれる。


「みるくちゃんね。未成年が大人と付き合ったら不味いの。逮捕されるの。会社にバレたら首になるの。分かっているのかな?」


「バレなきゃ大丈夫だし、私もお母さんも私もOKなら逮捕されないよ!」


「ごめんね。本当に不味いから。とりあえずこの話は終わり。授業に集中しましょう。」


「約束だからね!」


一方的に突き付けてきた約束を無視して、私はテスト範囲の指導に入る。50位以内に入ったら面倒くさくなりそうだが、授業で手を抜く事なんて出来ない。私はみるくちゃんにテスト範囲で教える事がないくらいにしっかり指導をした。


仕事が終わり帰りの道中に携帯から着信がなる。かじかむ手を震わせながら応答ボタンにタッチをすると、前職の同僚の岡島さん(女性)と通話する。


「仕事終わりにすまんな。今大丈夫か」


「はい。岡島さんこそお疲れ様です。どうしたんですか?」


「いや、ちょっと声が聴きたくなってな。これから夕飯でもどうだ?車出すから、お前ん家まで迎えに行くぞ?」


なんかいつもと雰囲気が違うな•••でも断る理由がないし、今日は自炊する気分にもなれないので、岡島さんの提案を了承した。


私は自宅に着くと軽やかに私服に着替えて岡島さんの到着を待つ。まもなくして静寂の彼方から高排気量の車のエンジン音が聞こえてくる。あの音を、聞けば分かる。岡島さんの車だ。私は、アパートから出て岡島さんの車を待ち構える形でちょうど岡島さんが到着した。


「待たせたな。寒いんだから、中で待ってたら良かったのに。風邪引くぞ!」


「いえ。車の走る音が聞こえたので、そのタイミングで待っていただけなので。入りますね。」


私は岡島さんの車の中に乗り込むと、早速車が発進する。


「何食べよっか?この時間でやってる店となるとラーメン屋か牛丼屋かファミレスぐらい

かな。」


もう時間は23時を過ぎている。私も岡島さんも終業時間が遅い仕事だからお互いいつも遅い夕飯となってしまう。


「ゆっくり落ち着ける所がいいのでファミレスはどうですか?」


「うむ。そうだな。お前と私はファミリーみたいなものだし、ファミレスがいいな!そうしよう!」


「なんか今日の岡島さんは変だぞ。なんか色っぽいというか、いつもと比べて女性らしい格好だし•••っていうかいつの間に俺と岡島さんはファミリーになったんだ!?」


助手席のシートにがっつり背中を預け、窓から見える景色をぼんやり眺めていた。、


「私も勘違いしているんだけどなぁ。」


「私と結婚してください」


「お前と私はファミリーみたいなものだからな。」


夢ではない事は確かだが、とても現実とも思えない彼女達の言動を振り返っていた。私は暖かい車内の中でここはパラレルワールドなのか、それとも恋愛シュミレーションゲームの女の子キャラの好感度がちょうど今日「ちょっと好き」から「大好き」に変化したのか•••


ボーッと外の景色を眺めながら、今日一日の出来事を回顧していると、


「なぁ!?聞いているのか?なぁ!?」


「すみません!ボーッとしてました。なんですか?」


「仕事終わりに誘って悪かったけど、ちゃんと話は聞けよな。あそこのジャストでいいか?」


岡島さんが指差す方向には庶民の味方cafeレストランジャストが見えていた。国道沿いにあり、深夜帯でも車があれば気軽に行けるし、お財布にも優しいお店だ。


「お腹空きましたし、ここにしましょう」


「相変わらず運転が上手いですね」


岡島さんの鮮やかなハンドル捌きは、とても心地良く、まるで聖母に包まれているような感覚さえ覚える。


「まぁ仕事柄な」


岡島さんの仕事は運送関係の仕事という事で、毎日沢山の荷物を右から左に卸しているそうだ。荷出しもしないといけないそうで、それなりに体力が必要だという事だ。


「いらっしゃいませ。2名様でよろしいでしょうか?」


「はい。」


「お好きな席にどうぞ」


岡島さんと私は国道が見える、窓際の席をチョイスしてシートにもたれかかる。


「岡島さん。水を持っていきますね」


最近のファミレスは自動化とセルフ化が進み、飲み物はセルフサービスで注文もタッチパネル式だ。イノベーションによって、ファミレスの姿もどんどん変わっているのだろう。


「昔と本当に変わったよな。変わってないのは自分だけか。」


2つのコップに水を注ぎ、岡島さんのいる席に戻る。


「お待たせしました。氷は入れなかったですよ。」


水が注がれたコップをテーブルに置き、腰を掛ける。

^_^

「あぁ。すまないな。」


岡島さんは早速注いできた水を手に取り、一気に飲み干した。


「じゃあ。選びましょうか。」


タッチパネル式のメニュー表から、今日の食べたい物が何かページをめくる。


「自分、優柔不断なんで、メニューが多いと迷うんですよね」


「お前はいつもギリギリでまで迷っているもんなぁ。」


「はい。自分が本当に食べたい物が何か分からなくなります。自分の気持ちすら、分からないってヤバイですよね。」


「人の気持ちが分からなくてもしょうがないけどよー何が食べたいかぐらいはちゃんと分かれよな。」


「そうですよね•••」


気持ちってなんだろう•••感情の起伏が著しく低下しているのは自分でも実感している。昔の自分はこんなはずじゃなかったはず。感受性が豊かだった子どもの頃と比べたら、今の自分は一体なんなのだろう。私は唐揚げ定食をタッチして、コップの中の水に映る自分を見つめていた。


「俺は自分の気持ちをちゃんと分かっているぜ。お前の事が好きだって事がよ。」


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