7話
屋敷に帰ったキャトリー子爵は、早速アルフレッドに志願兵の話を持ちかけた。しかし、ジュリアは猛反対する。
「どうしてアルフレッドが行かなきゃならないの? 彼はもうキャトリー子爵家の家族なのよ!」
「だが、農具しか持ったことのない村人たちだけで志願しても不安だろう。先導する貴族が1人は必要だとは思わないか? アルフレッドが一緒に行くというだけで、志願者は何倍にも増えるだろう。そうすれば国からの報酬も何倍にもなる」
「アランがいるじゃない!」
「彼は跡取りだ。領地を取り仕切るのが仕事だから無理だろう。高利貸しからお金を借りられないし、農作物の収益はしばらく絶望的なんだ。無事だった村1つだけでは領地すべてをまかなえないんだから、しょうがないんだよ」
キャトリー子爵が説得するが、ジュリアは泣き叫んで抵抗していた。アルフレッドは言い表せない違和感を覚えたが、他に良い考えが見つからない以上、キャトリー子爵の言うことを聞くしかないと思い、ジュリアを優しくなだめた。
「大丈夫だよ、ジュリア。キャトリー子爵の言う通りにしてみるよ。モンタニエ子爵領の村人たちは、年配者以外は体調も良くなってきているらしい。農作業に影響が出ないように、志願者を募ってみるよ」
「でも……やっぱりダメよ! 嫌な予感がするの!」
「ああ、ジュリアの嫌な予感は当たるからな。充分気をつけるよ」そう言ってアルフレッドは後ろ髪をさわって困った顔をした。
それからというもの、毎日父親やアルフレッドと言い争ってジュリアは反対したが、もう何を言っても無駄だった。話はどんどん進んでいき、志願者は100人にもなった。
国に届け出も済ませた。そして出発の日が来た。傭兵たちと合流する国境までアルフレッドが先導して行くため、志願者全員がモンタニエ子爵家まで集まっていた。
ジュリアは昨夜も反対し続け、泣きすぎて目が腫れていた。
「……気をつけて」ジュリアにはそれしか言えない。
「結婚してまだ1年も経っていないのに、寂しい思いをさせてごめん。必ず生きて戻ってくるから待っててくれ」
「もちろんよ! 待ってるわ、だから絶対に、何があっても帰ってきて!」
アルフレッドは優しく抱擁しキスをすると、未練を断ち切るようにすばやく馬に乗り、村人たちを連れて旅立っていった。ジュリアは姿が見えなくなってもしばらく見送り、祈りを捧げていた。
ーーアルフレッドが旅立って2か月後ーー
まもなく2人の結婚記念日という頃に一枚の書簡が届いた。キャトリー子爵が封を開け、内容を確認すると、そこにはアルフレッドが戦地で死亡したと書かれてあった。
ジュリアに書簡を見せた。泣き叫ぶと思っていたが、静かに涙をはらはらと落とし、ほどんど声を出さなかった。何か予感があったのかもしれない。倒れそうになったジュリアは母親に支えられながら寝室へ向かった。
娘のその姿を見たキャトリー子爵は胸が痛んだが、これを乗り越えれば娘と自分たちの明るい未来が待っていると心の中でつぶやいた。
アルフレッドの戦死はローゼン伯爵にも知らされていた。ローゼン伯爵から『ジュリアを迎えに行く』と手紙が届いた。
キャトリー子爵は「ローゼン伯爵からジョフリーとジュリアを結婚させたいという話がきている」と夫人に伝えた。
「母親としては複雑な心境です」と夫人は言ったが、夫人も将来を考えるとそれがいいかもしれないと賛成した。
キャトリー子爵夫妻は寝室に閉じこもっているジュリアのところへ行き、説得した。
「ジュリア、まだ悲しいのはわかっているのだが……お前に結婚の話が来ているんだ」
母親も「気持ちはわかるけれど、相手はローゼン伯爵なの。こんないい話はないわ。未亡人でもいいと仰っているのよ」と勧める。
「結婚なんてしません、一生喪に服すつもりで修道院へ入ります」
疲れ果てた表情でそう答えるジュリアに、キャトリー子爵は焦った。
「まだお前は20歳じゃないか。残りの人生は倍以上あるんだぞ。それを修道院だなんて……」
「そうよ、我が家はあなたしか子供がいないのだから、あなたに子供を産んでもらって、その子にキャトリー子爵家の跡継ぎにもなってもらわなければならないわ」
母親はジュリアの隣に座って肩を抱きよせ、手を握りながら説得した。
「お母様……」ジュリアは何か言いかけた。しかしキャトリー子爵が話をさえぎった。
「ローゼン伯爵の跡継ぎの子を産めば、その子はキャトリー子爵家だけでなく、ローゼン伯爵の財産もすべて受け継ぐ子になるんだ。お前が嫁いでくれれば、我が家の借金もさらに取り計らってくれるかもしれない。そうすれば領地のすべての者が恩恵を受けるんだ。頼む……」
嫁いで子供を産むのが私の役目なのか? そのために私は生まれたのか? みんなの幸せのために私は利用されるのか? 悲しみの渦中にいるジュリアはすべてがどうでもよくなった。もう私という人間は今日死んだと思うことにした。
遺体の無いアルフレッドの葬儀を終わらせた数日後、気持ちを置き去りにしてジュリアは伯爵家へ嫁いだ。
ーージュリアが伯爵家へ嫁ぐ1か月前、戦地でのアルフレッドーー
アルフレッドや村人たちは国境へ到着して、武器の補充や運搬などをやらされていた。そして敵と遭遇したら近くの森や林に逃げ込んで隠れたりしながら、慣れない戦いをしのいで生活していた。
しかしある日、夕暮れも近い時間に、アルフレッドが仲間と離れてしまい、1人で戦地から野営に戻ろうとしていたときだった。敵国の兵ではない数人の男たちに囲まれて突然剣で襲われた。
「何なんだ!? 俺に何の恨みがあるんだ!」
アルフレッドは必死に逃げ回り、森の中へ入り込んだ。すると男たちは挟み撃ちにしようと二手に別れた。けもの道を走り、森の断層の崖で行き止まってしまったアルフレッドに、男は銃を構えている。
崖の壁に沿って狙われにくいように走っていると、光りながら飛んでいる小さい『何か』が見えた。そして目の前まで近づいたとき、その『何か』とまっすぐに目が合った。
「ああっ! これは……」
しかし、考える間も与えないまま数発の銃声が鳴り響く。とっさに『光る何か』を手で包み込み身体を盾にしてかばった。背中や肩に銃弾が命中したところで、足元の窪みに落ちてしまう。
すると、先ほど二手に別れたもう一方の男たちが追いついてきた。アルフレッドの落ちた窪みのちょうど真上、3メートルほどの高さのところに立って、銃を持った仲間に声をかける。
「ここにちょうどいい岩石がいくつかあるからあいつの身体の上に落として埋めるか」
「そうだな、こんなところで下っ端の兵士が1人だけ狙われたってのも不自然だ。死体は出てこないほうがいい」
アルフレッドが落ちた窪みに向かって、岩石を足で蹴ってガラガラといくつも落とした。それらはアルフレッドに直撃し、窪みを完全に覆った。アルフレッドの顔や身体は血まみれになり、そのうえ岩石の重みも加わり押しつぶされ、息も絶え絶えとなっていた。しかし、男たちの会話は聞こえている。
「きれいに埋まったな。これでも戦死になるのか?」
「俺たちが軍事指揮官に『戦場で戦死した』と報告すりゃあ大丈夫じゃないか? すべての死体を確認したりしないだろ」
「まあいい。とにかく仕事は済んだ。早いところローゼン伯爵に報告して金もらおうぜ」
アルフレッドは気を失いかけていたが、ローゼン伯爵の名前を聞いて、意識を取り戻した。
「何だって? ローゼン伯爵が俺を殺そうとしたのか?」
そうアルフレッドがつぶやいたとき、自分の手の中から声が聞こえた。
「おーい! 助けてくれたのはありがたいけど、そろそろ出してくれよ!」
アルフレッドの手も岩石の下敷きになっていたが、何とか力を振り絞って、少しだけ手の隙間を作ると、もぞもぞと『光る何か』が出てきた。
それは間違いなく、アルフレッドが幼い頃に母親から物語で聞いた『妖精』だった。