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妖精は片翼で飛ぶ  作者: Nica Ido
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6話

 アルフレッドは馬を走らせ、モンタニエ子爵の屋敷に到着した。馬の蹄の音に気付いた兄のアランが窓の外を見ると、アルフレッドがいることに驚いて外に出てきた。


「こんな夜中に……そうか、心配して来てくれたんだな……隔離中の村に訪ねてきたことがバレてはまずい、中に入ってくれ」


 屋敷に入ると元気そうな両親が笑顔で迎え入れてくれた。


「兄さんも……みんな元気で良かった」


「それが……妻の両親が具合を悪くして倒れてしまったから、今看病に戻ってていないんだ。でも妻は元気だ。まあ、座ってくれ」


 コーヒーをいれて手渡ししてくれた兄を近くで見ると、少しやつれたように感じた。


 アランはアルフレッドに何が起きているのかを話した。


 数日前、村人たちが急に、それも同時に何十人も具合が悪くなった。今も下痢や嘔吐が激しく、高熱にうなされている。作物にも被害が出て、実がなっている物は変色したり、実を付ける前に枯れ始めたりした。医者にみせると、何かの毒による中毒症状に似ていると言うのだが、原因がわからなければ対処しようがないという。


 原因を調べようとしていた矢先に騎士団がやってきて、流行病だと決めつけてしまった。どうして村の状況が伝わったのかわからないが、国王の勅命でモンタニエ子爵の領地全域を封鎖すると言われた。流行病のほとぼりが冷めるまでと言われたが、病人が良くなっても農作物がダメになっている。そして次の農作物を収穫してもおそらく今回のことで値段がつかないだろう、とアランはため息をついた。


「今までの貯蓄を切り崩したり、農耕具を売ったりしても、長期間この状態を支えていくのは無理だ。だから今日、街まで行って高利貸しをいくつかあたってみたんだが……」


 顔をしかめる兄を見て、アルフレッドは不思議に思って尋ねた。


「どうしたんだ? うちは今まで高利貸しから借りたことがないから、屋敷でも家財道具でも担保にすれば問題ないだろう?」


「それが……どこに行っても断られるんだ」


「なぜだ?! 理由は何か言っていなかったのか?」


「ああ……どこで聞いても『貸せない』の一点張りで……」


 アルフレッドたちは色々と話し合ったが、解決策は浮かばなかった。だんだんと夜が明け始めたため、何かできることがあればまた連絡すると約束し、アルフレッドは帰路についた。


 明け方にそっと屋敷に入り込み、ジュリアの待つ寝室へ戻ったアルフレッドは、ジュリアへ「ただいま」とキスをした。すると目を覚ましたジュリアは心配して状況を教えてほしいと言った。


 アランから聞いたことを伝えると、ジュリアも一緒になって考えてくれた。そしてひとつのアイディアを出した。


「ねえ、私のお父様が借りている高利貸しを紹介するっていうのはどうかしら? 間に入ってほしいとお父様にお願いしてみましょうよ」


 アルフレッドとジュリアは手を取り合って「それがいい」と微笑みあった。


 ジュリアは朝食を食べ終わり、何日も寝室に引きこもっているキャトリー子爵へ朝食を持っていく。今朝はアルフレッドも一緒に寝室へ入った。


「お父様、朝食です。こちらに置いておきますね……お加減はいかがですか?」


 そう言って朝食をトレイごとサイドテーブルへ置く。昨日の夕食もそのまま残されていた。


 アルフレッドはベッドのそばに近づいて、早々に話を切り出した。


「キャトリー子爵、体調の悪いときにこんなお話をするのは心苦しいのですが、私の実家であるモンタニエ子爵家が大変なのです」


 その言葉に反応してキャトリー子爵はベッドから飛び起きた。数日ぶりに見る顔は、目はくぼみ、頬はこけて、急に老けたようだったが、驚きのあまり目を見開いていて恐怖におののいているようにも見えた。


「大変とは……どうしたんだ」


 昨日の騎士団から聞いた流行病の話と、アランから聞いた話を伝えた。そしてジュリアが高利貸しを紹介してほしいことも伝えてくれた。


 キャトリー子爵は黙っていた。そして黙ったまま、またベッドへ潜りこんだ。


「……また夕食をお持ちします、お父様。そのときにでもお返事聞かせてください。それから……少しは召し上がってくださいね」


 ジュリアとアルフレッドは寝室を出た。


 キャトリー子爵はアルフレッドから聞いた話を、頭の中で何度も繰り返し、そして笑いだした。


「なんだ! 私の仕業だとバレていないじゃないか! ははは! 伯爵の言った通りだ、気にすることはない!」


 ひとしきり笑ったあとには、自分が空腹であることに気付き、目の前にある朝食を乱暴にほおばった。


 食事を終え、冷静に考えてみる。まず、騎士団がやってきたタイミングが良すぎる。おそらくローゼン伯爵が国王へ密告したのだろう。そして高利貸しにもローゼン伯爵からの圧力がかかっているのは間違いない。


 ふらふらしながらもキャトリー子爵はきちんと着替えて、居間へ向かった。キャトリー子爵夫人がいて、驚きと喜びで駆けよって夫を抱きしめた。


「あなた! 体調は良くなりましたの? 心配していたんですよ」


「ああ、大丈夫だ。それよりアルフレッドを呼んでくれ」


 外で仕事中だったアルフレッドをメイドが呼びにきた。キャトリー子爵が良くなったと聞いて、喜んで居間に向かった。


「キャトリー子爵、回復されて何よりです」


「ああ、アルフレッド、仕事中に悪かった。朝の話なんだが、高利貸しは私から紹介できないんだ。申し訳ないな」


 キャトリー子爵はあっさりと断った。アルフレッドはがっかりしたが、しょうがないと諦めた。


 それから間もなく、ローゼン伯爵から再度、呼び出しの書簡が届いた。もちろんキャトリー子爵は行くしかない。


 翌日、ローゼン伯爵を訪ねたキャトリー子爵は、もう何も恐れていなかった。ローゼン伯爵と共犯関係なのだということが、逆に安心感となっていた。『利用される側の人間だとしても、利用されている間は殺されはしまい』そう考えていた。


「ローゼン伯爵、ご用件は何でしょう?」


「ああ、よく来たね、まあ座ってブランデーでもどうかね」


 メイドが早速ブランデーを運んできた。この部屋の空気とブランデーの香りが混ざり、あの時の恐ろしい記憶がよみがえってきた。キャトリー子爵は記憶を打ち消すようにブランデーを飲み干す。


「いい飲みっぷりだ。どんどん飲んでくれても構わないが、酔う前に大事な話をしておこう」


 メイドはブランデーを置いて部屋から出ていった。


「今日までのモンタニエ子爵の状況は聞いていると思う。勘のいい君のことだ。私が裏で動いていることも予想がついているだろう?」


「はい、おおよそですが……」


「そこでだ。いきなりで悪いが、君の娘婿を志願兵として戦場に向かわせてもらいたんだが、君から説得してもらえないか?」


 キャトリー子爵は驚き、思わずブランデーをこぼしてしまった。


「すっ、すみません」


「ははは! 驚かせて悪かった。要するに、モンタニエ子爵家の村人たちで兵士の部隊を作るように説得してほしい。志願兵には国から報酬が出る。それを資金に当てればモンタニエ子爵家は助かるだろうと助言すればいい。我が伯爵家の騎士も傭兵部隊を引き連れて戦地で合流するから、君の娘婿に村人を戦地まで先導するように仕向ければいいんだ」


 モンタニエ子爵の跡取りであるアランが戦場に行く訳にはいかないのはわかる。だが、なぜアルフレッドを志願させろと言うのか理解できなかった。しかし、その謎もすぐに解ける。


「あの男の家族思いな性格を利用するんだよ。モンタニエ子爵領の村人たちと一緒に金を工面できるんだから良い話だ。『村人を寄せ集めた兵だから最前線には配置されない』とでも言えば、安心して自分が先導して行くと言うだろう。そして奴は帰ってこない。永遠にな」


「……アルフレッドを殺すのですか?」


「人聞きが悪いな。戦死だよ、名誉の戦死。君はもうその手を汚しているんだ。説得するなんて毒に比べれば大したことじゃないだろう? そして君の娘のジュリアは未亡人となり、夫の死をもって正式な離婚成立となる。若くして独り身は可哀想だ。息子のジョフリーの嫁にもらってやろうじゃないか」


 ローゼン伯爵の笑い声が部屋中に響いた。


 唐突にアルフレッドを殺せば、勘の良いジュリアが『ジョフリーとの結婚』の話に首を縦に振る訳がない。それどころか、疑いの目をジョフリーに向ければ結婚生活は破綻し、ジュリアがどのような行動を起こすのか……キャトリー子爵は最悪な想像しか浮かばなかった。


 目の前がクラクラするのをごまかすために、キャトリー子爵はブランデーをグラスいっぱいに注いで飲んだ。


 クラクラしたのはショックからではない。ローゼン伯爵という強い後ろ盾が手に入るという喜びからだった。戦死なら誰も何も疑わない。ましてやアルフレッド自身が志願するのであれば、結果がどうであれジュリアも受け入れるしかない。そして自分の娘がローゼン伯爵の跡取りと結婚する。この完璧な筋書きにキャトリー子爵は酔いしれた。

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