16話
ロベルト商会は首都で一番大きな宝石商を経営しており、高利貸しや輸入業など手広く事業を展開する大手の商社だ。首都の一等地に店を構え、王族や貴族の御用達らしい。
シモンは中に入って様子を見る。素晴らしい宝石類が展示されていることは当然としても、置かれた調度品は高級品ながらもシンプルで、商品や来店する客を引き立てるように計算されて配置されている。働く者も洗練された身のこなしで、貴族を相手にしても引けを取らないような印象を受けた。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくりとご覧ください」
「今日は宝石を見てもらいたいのだが、鑑定をお願いできるかな?」
「かしこまりました。では、こちらへお入りください」
店の奥に個室がいくつかあり、その一室に案内され、コーヒーが運ばれてきた。「しばらくお待ちくださいませ」と言われ、飲みながら待つ。コーヒーも上等品のようで、飲み慣れた物とは香りが違う。
店員が入ってきた。品は良いが、役職は無さそうな下っ端の店員のように思える。まずは品定めに来たのだろう。
「お待たせいたしました。お客様がお持ちになった品を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
バッグを開けて、いくつか手に取って見せると店員は一瞬ハッとして「ありがとうございます、もう少々だけお待ちください」と部屋を出ていった。普通の宝石とは訳が違う、品質も大きさも特級品だと判断したのだろう。店主を呼んでくれと言う手間が省けたと思い、シモンはフッと笑った。
「大変お待たせいたしました。私はロベルト商会を営んでおりますジスラン・ピエトリと申します。本日は当店へお越しいただきありがとうございます」
50歳くらいのスマートな男性だ。グレイヘアーの端正な顔立ちで、眼光は鋭いが優雅さがある。
「私の名はシモン・イザード。今日は宝石を持ってきたのだが、まず試しにお伺いしたい」
最初に小さな宝石を見せた。数日前に小さな宝石店で売った宝石と同じくらいの品質とサイズの物だ。そこでは金貨を合計55枚手に入れた。ここではいくらの値段を付けるかを試してみた。
「これなら当店で金貨65枚お出ししましょう」
「70枚にはならないか?」と少し吹っかけてみる。
「65枚です。お客様と私どもとの関係を長く続けるためにも、フェアな金額をご提示させていただきました。これでご納得いただけないのなら、残念ですが他店へお持ちください。おそらく他店で金貨65枚を提示するところはないでしょう」
シモンは『なるほど、ここなら信用できるだろう』と考えて、持っているすべての宝石を見せた。
「これは……素晴らしい……すべて国宝級です。しかし、すべてを買い取って今日お支払いするには、現段階で当社にある金貨だけでは足りませんので不可能です。日を改めてシモン・イザード様用に金貨をご用意させていただけないでしょうか?」
「わかった、ジスラン・ピエトリ、あなたを信用しよう。いつなら用意できるか教えてほしい」
「そうですね……全額をすべてご用意することは難しいのですが、まずは3日後でいかがでしょう? 急いでご用意いたします。ですが……国が買えるほどの金額になりますので、数回に渡ってのお取引をお考えいただけないでしょうか?」
「それで結構だ。ここからはその金貨の運用について、客ではなく商談として、私と対等な立場で話を聞いてもらいたい。ジスランとビジネスパートナーを組みたいんだ」
とりあえずジスランは話を聞いてみることにした。
今回はここにある宝石の一部を渡し、3日後にその分の金貨を受け取って帰る。残りの宝石はいつでも金貨に交換可能なように、ロベルト商会で交換用の金貨を保管してほしいとシモンは依頼した。
次に、首都に近いところで屋敷を用意できないか聞いた。ロベルト商会を通して屋敷を買えばそちらの利益にもなるだろう、と持ちかけた。
「宝石の金貨のお預かりについては、シモン様のご提案をお受けしたす。屋敷の件につきましてもお引き受け可能です。同じく3日後に返答いたします」
「それから、広くて高級なカフェバーを開業しようと思っている。同時にこのカフェバーを窓口に、配送業も始める予定だ。首都にいい場所があれば紹介してほしい。開業に必要な手続きの代行もしてもらえるとありがたい」
「かしこまりました。開業に必要な場所や人材はこちらでご紹介いたしましょう」
ジスランは今までいろんな種類の人間を見てきたが、興味をそそられる相手などいなかった。しかし、あり得ないほど稀有で高品質の宝石を突然持ち込んできて、さまざまな依頼をしてきたシモンという男にジスランは興味を持った。
宝石は雑な形をしている。しかしこれほどの大きさで高品質な状態の物が見つかれば必ず情報が入ってくるはずだが、今まで聞いたことがなかった。ならば盗品の疑いは無い。どこで手に入れたのかは不明だが、結果的にこの宝石のすべてを独占できるのだから、客としてシモンは申し分がない。だが、商売で手を組む相手としてはどうだろうか、とジスランは考えを巡らせていた。
すると、ここからが本題なんだが、とシモンは話し始めた。
「カフェバーは表の顔として、裏ではカジノを運営しようと思っている。上客を紹介してくれたら、金に困っている客をジスランの高利貸しへ案内しよう」
「ギャンブルですか……そんなに簡単に経営できるほど甘いものではありませんよ、大丈夫ですか?」
「基本的に一般向けは娯楽にするさ。娯楽以上を求める者たちや、賭博に興ずる者たちには、誰をどれだけ勝たせて、どれだけ負けさせるのか見定める。興奮を得たいと思う者にどん底も高みも見せて、沼にはめて抜け出せなくする。儲かるシステムだ。そしてプライバシーを守るために会員制にして、仮面を付け非日常感を演出する。ランク付けもして、上客には豪華なもてなしをするつもりだ。退屈している貴族や王族にはたまらないと思うがな」
シモンは簡単に言っているが、思いついてもできることではない。ジスランもできるならとっくの昔にやっている。しかし、この男は難しく厳しい世界の商売だとわかっていてもなお勝算があるのだろう、とジスランは考えた。これだけの宝石があるなら、わざわざ危ない橋を渡らなくても人生遊んで暮らせる。しかし彼には何か目的があるようにジスランは感じた。
「かなり共犯めいた話になってきましたね」
「捕まるようなことはしない。それを足掛かりに、手広く展開していくつもりだ。鉱山の発掘とかな」
「そのうち私たちのロベルト商会とライバルになるのではないでしょうね?」とジスランは笑った。
「いいや、今後もジスランが信頼してくれるなら、それを裏切るつもりはない。どうだろう、今はまだ検討段階だろうが、ジスランが協力してくれるなら損はさせない。これは同盟のようなものだ」
すべての返事は3日後に、との約束を交わして、シモンはロベルト商会をあとにした。
ジスランは約束の日までにシモン・イザードという男のことを調べるよう部下に命じた。
2日後、ジスランに報告が入る。『モンタニエ子爵領の村人だったが、家や畑を放って出稼ぎに行ったまま5年ほど行方不明』とのことだった。
「ははは! 面白い男だ。あの傭兵のような体つきの大男がこれだけの宝石を持って行方不明になる意味がわからん……本当に本人なのか? まあいい。怪しさはあるが、我々に損は無い。これからこの男がどうなっていくのか観察するのが私の趣味になりそうだ。彼が失敗すればそこで切り捨てれば良い」
ボスであるジスランが、こんなに高笑いをするところを初めて見た部下たちは驚いていた。そしてボスに興味を持たせ、初日から対等に渡り合うシモンに皆が一目を置いた。
ロベルト商会の帰りに、シモンは首都の大きなカフェバーをいくつか視察して回った。
ポケットからリーリーが顔を出して、一緒にあれこれ見ては珍しそうにしている。
「美味しそうな匂いだなー、甘い匂いのあれがほしい!」
「わかったよ。買って帰って、ミルクと一緒に食べよう」
ケーキやクッキーを買い込んで、宿屋へ戻り着替えると、セシルたちの部屋を訪ねた。
「お帰り、シモン!」「お帰りなさい、シモン様」セシルとラスロから笑顔で迎え入れられた。2人の温かい雰囲気に、またシモンの心がチクリとした。
「お土産だ、一緒に食べよう」とケーキを差し出して痛みをごまかした。
リーリー用の木の器を持ってきて、ミルクを注ぎ、ケーキとクッキーを小さくして渡した。セシルとラスロには『ぼんやり光っている』としか見えていないが、確かにケーキもミルクも減っていく。クッキーは『カリカリ』とかじっている音がしている。
「美味しいねー! 花の蜜より好きかもしれない! でも、この前のチーズのパンも美味しかったなー」
「今度は肉も食ってみるか?」
「お肉は怖いからいらなーい。僕は繊細なんだよ」
セシルに会話がわかるか聞いてみたが、リーリーの声は聞こえないらしい。
「僕の声が聞こえるようにもできるけど、話しかけられるのは面倒だから、教えないよー」
リーリーはお腹いっぱいに食べて、シモンのポケットに戻った。
3人でスイーツを食べ、笑顔のセシルたちだったが、食べ終わったところで、シモンは今日のロベルト商会での話と今後の計画を伝えた。
「計画が進めば、少しずつローゼン伯爵とキャトリー子爵へ自然に近づけるだろう。近いうちにフェルナンドを取り返す。最後に必ずローゼン伯爵とキャトリー子爵を絶望させる。12年間も待たせてしまったが、もう少し我慢してくれ」
セシルとラスロは黙ってうなずいた。これからは逃げるのではなく向かっていくんだという前向きな気持ちになった。




