15話
「シモン……ふーん、シモンかー……昨日までアルフレッドだったのに、シモンになっちゃったのかい? 人間はややこしいなあ。僕なんか480年間ずっとリーリーだよ」
部屋に戻るとリーリーが面倒くさそうな顔をしてぼやいた。
「リーリーも、これからはシモンと呼んでくれ。俺も聞き慣れたほうがいい」
シモンは器用に木を削って、小さな器を作った。それにミルクを入れて、ちぎったパンにジャムを塗ってリーリーに渡す。
「あ! 僕専用だ! ありがとう」
ご機嫌に食べ始めたリーリーに、シモンは今後セシルたちへ妖精の話は秘密にしておいたほうがいいのか確認した。
「言ってもいいけど、ほとんどの人間は信じないし、僕のことは見えないと思うよ。たまに君のような『妖精に気付く』人間がいるけど、もう僕は『人間と目を合わせる』ようなミスはしないからね」
「そうか、じゃあ明日セシルに紹介するよ。買い物に出かける約束をしているんだ」
翌日、セシルを迎えに部屋へ行き、リーリーのことを2人に紹介した。
「不思議に思うかもしれないが、俺が今でも生きていられるのは妖精のおかげなんだ。いつもそばにリーリーという妖精がいる。たまに食事をあげたりするんだが……2人には見えないかな」
リーリーが上着のポケットから顔を出す。シモンが『ここにいる』と指差した。
「……何となく光っているような気がする。これからよろしくね」
セシルはニッコリと微笑んだ。ラスロもほぼ見えないと言う。リーリーは「よろしくー」と言ってすぐポケットの中に戻った。セシルと目を合わせないように気をつけているのだろう。シモンはフッと笑った。
シモンとセシルは買い物に出かけた。行き先は首都で一番モダンな高級ブティック『アデレード』だった。
「セシル、ここで好きなドレスを好きなだけ選んでくれ。あと、ウィッグも。銀髪は目立つからな。これから必要があれば、俺の助手や代理をしてもらうこともあるかもしれない。今日のところは普段着や外出着でいいが、今後は仕事着やパーティードレスも選んでもらいたい」
初めて入った豪華な店の中で、セシルはどうしていいかわからず立ちすくんでしまった。5歳から男の子としての服しか来ていない。何が合うのか、何が普段着かもわからなかった。
シモンは店員に「この子は貴族の隠し子でね、事情があって男装していたんだ。このことは内密にしておいてくれるね」と嘘をつき、金貨がジャラジャラ入った皮袋を見せた。
店員は「はい、もちろんでございます」と丁寧にお辞儀した。過剰に金貨に反応することもなかった。
シモンは念を押して、店員に警告した。
「もし今日のことが外に漏れたら、この店に責任を取ってもらうことになる。頼んだよ」
「当店は、お客様のプライバシーをお守りするということも、代金に含まれておりますのでご安心を」と、店員はニコリとした。
店員の落ち着いた対応を見て、シモンは「さすが首都で一番と言われるだけはあるな」と感心した。
セシルは店員に見立ててもらい、身体に合う服、靴、アクセサリー類をすべて買ったが、ウィッグだけは自分で選んだ。シモンも自分の正装用の服と仕事用の服、靴、バックを購入した。
店員が気を利かせて馬車を用意してくれた。荷物と一緒に宿屋まで送ってくれるという。
さすが高級店はサービスが違う。守秘義務も代金に含まれているというのは、あながち嘘ではなさそうだと思った。
着替えたセシルが恥ずかしそうに登場した。普段着のドレスに靴、そしてミントグリーンのウィッグを付けて、店員がサービスで化粧もしてくれていた。出会った頃から端正な顔だったが、シモンの予想以上に輝くような美しい少女になっていた。
「とてもきれいだよ、セシル。化粧品も買って帰るか?」
「今日はもう……恥ずかしいから帰りたい。それに教えてもらわないと化粧なんて1人でできないし……」
店員が「いつでもお越しください、お化粧の仕方をお教えいたします」とニッコリ微笑んだ。
「また来る」と言って店をあとにするシモンの背中に向かって、深々とお辞儀をする店員に、セシルは「ありがとう」と手を振った。
馬車に乗っている間、セシルは乗り慣れなくて落ち着かない様子だった。シモンが頭をなでると、照れてうつむいた。
「シモンの服を選ばせてくれるって約束だったのに……自分で選んでたね。ガッカリだよ」とセシルは少しすねていた。父親に服を選んであげるような気持ちで、楽しみにしていたようだった。
「また今度な。チャンスは何度でも用意するから安心してくれ。そのウィッグはもしかして俺の髪の色に合わせてくれたのか?」
セシルは黙ってうなずいた。
「そうか……こういうときは喜ぶんだろうが、俺は感情が欠けているんだ。おそらくこれからもセシルが期待する表現はしないかもしれない。寂しい思いをさせると思うが許してくれ」
セシルはしばらく黙って馬車に揺られていた。そして宿屋へ到着したとき、明るい表情で答えた。
「シモンのことを理解するようにがんばるよ。僕たちは協力関係にあるんだ。裏切り以外は許すよ!」
「ありがとう。この命に誓って裏切ることはないが、そう言ってくれると気が楽になる。それから……これからは言葉遣いもがんばらないといけないな」
宿屋の部屋へ戻ると、セシルのドレス姿を見てラスロは感動し、涙を流しながら喜んだ。セシルは困ってオロオロしている。シモンはそんな空気も読むことなく、お構いなしに次々と購入した品物を運び入れた。
「セシル、よく聞いてくれ。これから俺は今後の活動のために動き出さねばならない。この皮袋にまだ金貨が残っている。これでしばらくラスロと一緒にここで暮らしてほしい。食事も生活用品も、ウィッグを付けてセシルが買ってくるんだ。12年経った今のセシルを、銀髪以外で特定できるような人間はほとんどいないと思うが、気をつけてくれ」
「わかった」
「ある程度、資金が増えたら家を借りよう。それまでは静かにここで生活してほしい。俺とはすれ違いの生活になるかもしれないが、その間は慣れない言葉遣いや歩き方、仕草や振る舞いも勉強しておいてくれると助かる」
「……そうするわ、シモン」
ラスロは2人が話しているのを聞きながら、これからやっと止まっていた時間が動き出すような気がして、シモンに期待をせずにはいられなかった。
「私も早く体調が良くなるように努力します」
「ラスロはおそらく栄養も不足していたのだろう。一度、医者に見てもらってくれ。しっかり食べて、しっかり睡眠を取って、良くなったら俺の仕事を手伝ってほしい。信用できる人間が必要なんだ」
シモンが部屋から出ていくと、セシルは腕まくりをして「早速部屋を片付けて、夕食を買ってくるよ……買ってくるわ。ラスロはお肉がいい? お魚がいい?」と、満面の笑みで張り切っていた。
次の日、シモンは朝から床屋へ行って髪を切りひげを剃った。部屋に戻り、仕事用の高級なスーツに着替える。
「何だか格好良くなったじゃないかー。でもポケットに入りにくそうだなー」
「この服のほうが生地が気持ちいいと思うぞ。入ってみろよ」
「ほんとだー! でもちょっと狭いなあ、まあいっか。パンとミルクはあるかい?」
「ああ、帰ってきてからな」
そう言うと、宝石を入れたバックを持って、首都で一番大きな宝石商のロベルト商会へ向かった。




