14話
翌朝、アルフレッドは焼き立てのパンにフレッシュジュースを買ってきて、カミーユの部屋を訪ねた
「おはよう。よく眠れましたか?」
「おはようございます、アルフレッド様」
カミーユの父親はベッドから半身だけ起き上がり、お辞儀した。
「『アルフレッド様』なんてかしこまらなくてもいいですよ」
テーブルに朝食を置き、カミーユに「美味いぞ、食べてくれ」と渡した。
「今からアルフレッド様へ、私たちが誰にも言えなかった秘密をお話しします。あなたが私たちの知る『アルフレッド』様なら……私たちの出会いは運命だったと思うのです」とカミーユの父親は語り始めた。
「……伺いましょう。そして私もあなたたちに秘密を打ち明けなければならない」
アルフレッドはベッドの近くに椅子を持ってきて座った。
「私の本当の名前はラスロと言います。使用人でした。騎士のフェルナンド・ジェレミアス様が私のご主人様です。そして、カミーユの本当の名はセシル・ジェレミアス。ご主人様の『娘』です」
「……女性だったのか……」
アルフレッドはセシルを見た。セシルは目を合わせず少しうつむいている。確かに男というには華奢な身体だった。少し胸板があるように思うのは、胸を押さえつけているせいなのだろう。
そしてフェルナンドという騎士の名前に聞き覚えがあった。殺されかけたあの夜に、アルフレッドへ服を与えてくれた騎士の名前だった。
「俺はセシルの父親に戦地で会ったことがある。俺にとっては恩人だ。俺を看病してくれたのは、体つきが父親に似ているからだったんだな」
セシルは黙ってうなずいた。ラスロは話を続ける。
「そして、戦地で『アルフレッド』という人の死に疑いを持ち、主君であるローゼン伯爵へ報告するために戻ってきました。そのときに一緒に報告を聞いたキャトリー子爵にフェルナンド様は殺されかけたのです。後でわかったのですが、毒を盛られたようでした。その一部始終を見ていたお嬢様、そしてキャトリー子爵に顔を見られた私は、フェルナンド様に逃げるように言われたのです」
「その『アルフレッド』とは俺のことに間違いない」
ラスロは最初にアルフレッドから名前を聞いたとき、直感的に間違いないと感じたと言う。流浪の旅はアルフレッドに出会うためだったんじゃないかとさえ思えると言い、微笑んだ。
そしてこれまでの経緯を語り始める。
ーーフェルナンドが毒を盛られた翌日ーー
ラスロとセシルはモンタニエ子爵領の村にいるラスロの親友のシモンを訪ねた。そこは母1人子1人の生活で、シモンの母親は、流行病と言われて寝たきりだった。シモンも身体の調子はあまり良くなかった。そこにラスロとセシルが来た。
親友は「流行病のせいで、畑もダメになってしまった。母親が寝たきりだから志願兵にもなれなくて金もないし……モンタニエ子爵の領地全域の封鎖は解けたが、こんな状態だから外に働きにも行けなくて……」と言って、ラスロたちの受け入れを拒否しようとした。
「金なら少し持ってきたんだ。君の母親の面倒は私が見るよ。その間に外で働けばいい。畑も私が顔を隠して耕したりしておくから、何とかここにかくまってくれないか……頼む!」
ラスロの必死の頼みに、シモンは「何かあったんだね。わかった、深くは聞かないよ」と受け入れてくれた。それからはセシルを隠して育てながら、ラスロは家事も畑仕事も一生懸命働いた。その間、シモンは出稼ぎに出て、お互いが持ちつ持たれつの関係となっていった。
ラスロはタイミングを見計らって、フェルナンドの様子を探るため、顔を隠して家や病院施設を見て回った。街には張り紙がされており、ラスロに賞金がかかっていた。そこには『キャトリー子爵の銀の懐中時計と、主人の金を盗み、主人の毒殺を試み、娘を誘拐』と書かれてあった。
「そんな……フェルナンド様は毒を飲まされていたのか……『主人の毒殺を試み』ということは、生きていらっしゃる……容態はどうなのだろうか……」
それ以上は調べるのも危険だと思い、一旦親友の家に戻り、セシルに聞いてみた。
「お嬢様、銀の懐中時計を持っていますか?」
「……うん。これ、たぶんあの悪い人のだと思う……」
そう言って、隠し持っていた懐中時計を見せた。ラスロはそれを受け取らず、そのままセシルに返した。
「これはあの日の証拠になるもので、お嬢様の証明にもなります。大事にお持ちください。フェルナンド様は生きています。必ずまた一緒に暮らせるチャンスが訪れるはずです。それまでひっそりと隠れて、一生懸命に生きていきましょう。私はいつまでもお嬢様のそばにいます」
父親が生きていたことに安堵して、セシルは泣き出した。泣き止むまで、ラスロの腕をつかんで離さなかった。
そのあともラスロは危険を顧みず様子を見に行き、フェルナンドが施設に監禁されていることもわかった。症状まではわからなかったが、生きていることは間違いない。
生活が落ち着いてきて、ラスロはシモンの使用人として暮らすことになったが、セシルはこのままではマズい。銀の髪は特徴的だ。しかしカツラを作るお金がない。ラスロは苦渋の決断をする。5歳になったセシルに少年として生きていくことを提案した。
セシルは嫌がることなく髪を切り落とした。名前も『カミーユ』に変えた。少年としての振る舞いを心がけ、ラスロのことを『父さん』と呼ぶようになった。
村の子供たちとはあまり遊ばなかったが、たまに本を貸してもらい、読んだりしながら自分なりに勉強していた。
そうして時は流れた。まずシモンの母親が亡くなった。そして、もともと身体の具合が悪かったシモンも、だんだんと寝たきりになっていった。
「ラスロ、今まで俺やおふくろの世話をありがとう。俺が死んだら俺の死体はおふくろと同じ場所に、みんなには内緒で埋めてくれ。そして俺の名前を使って2人で幸せに暮らせるなら、そうしてほしい……」
そして、母親のあとを追うように、親友も亡くなってしまった。ラスロは申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、葬儀もせず、夜中にこっそりと親友の母親の眠る墓を掘り返し、隣に親友を埋めた。
しばらくそのままシモンの家で畑を耕しながら暮らしていたが、3年ほど経った頃、村の住人から「シモンはどうしたんだ」と聞かれ、「体調が良くなって、出稼ぎに行ったまま戻ってこない」とラスロは伝えた。
「主人の行方がわからないまま、残された使用人に家や畑を使用させる訳にはいかない。ひとまずモンタニエ子爵へ返すから、シモンが帰ってこないなら立ち退いてくれ」と村人に言われたラスロは、しかたなくセシルを連れて村を出た。
フェルナンドと別れ、逃げるように親友のもとへ来て、早くも10年の月日が経っていた。そしてまた居場所を無くしてしまった。
木を隠すなら森だと、ラスロはたくさんの人で賑わう首都へ働きに出ることにした。親友「シモン・イザード」の名前を借りて力仕事を始めた。初めは何とか安宿を借りて2人で住んでいたが、身体を壊してしまい、お金も尽きて首都の端の区域へたどり着く。流れ者たちのたむろするこの場所で雨風をしのぐようになって1年が経とうとしていた。
しかし、この場所に長くとどまり続ける訳にはいかない。『カミーユ』として生活するセシルはもう16歳だ。男になりすますには限界がある。指名手配されているラスロの賞金のことがバレれば、ここでは誰も守ってくれない。ラスロは焦っていたが、身体が思い通りに動かず、働けないまま神に祈ることしかできなかった。そんな中で、アルフレッドと運命の出会いを果たしたのだった。
アルフレッドは、自分だけでなくこの人たちの人生も巻き込んで不幸にしてしまったことで、また怒りが積み重なり、復讐心に拍車がかかった。
ラスロは弱った身体でゆっくりベッドから降りると、アルフレッドにひざまづいた。
「アルフレッド様……いえ、シモン・イザード様。私はどうなっても構いません。これからお嬢様のことをどうかお願いいたします。せめて『男として生きる』ことを無理強いしなくていい生活を……」
するとセシルがラスロの背中に抱きついた。
「だめだよ! ラスロと一緒でなければ! そしてまたパパと3人で一緒に暮らすんだ!」
アルフレッドは2人の絆を見て、心がチクリと痛んだ気がした。過去の思い出の中に、その痛みの理由は埋まっているのだろう。しかし、その理由を探すことを拒否するもう1人の自分がいた。
アルフレッドも自分がアルフレッド・モンタニエであること、そしてモンタニエ子爵家、キャトリー子爵家、ローゼン伯爵家との関係性も話し、復讐するための計画を進めたいと告白した。
「大丈夫だ。俺がラスロの生活も全部責任を持つ。復讐を果たし、フェルナンドも取り返してセシルとラスロの3人の暮らしを必ず取り戻す。セシル、俺に任せてくれ」
「アルフレッド……」
「これからはシモンと呼んでくれないか」
「……シモン、本当にあなたに出会えて良かった。ありがとう。僕は……私はパパに会えるなら何でもするから!」と涙目ながらも強い眼差しで協力を誓った。




