13話
ーー12年後、2つ目の願いを叶えたアルフレッドーー
アルフレッドは宿屋のベッドで目を覚ました。頭が痛い、しかし我慢できないほどでもない。しばらく何も言わず、何も考えず、じっとしていた。だんだんと痛みがひいて、頭の中の霧が晴れていくようだった。感情は凪のように落ち着いていた。しかし復讐心だけが刻まれている。
「目が覚めたんだねー、僕のことはわかる? リーリーだよ」
「ああ、わかる。俺はどのくらい眠っていた?」
「えっとね、僕が花の蜜を吸って帰ってきたくらいだから……10分くらいかな」
ああ、そうなのか、と驚くこともなく受け入れた。頭が冴える。世界を見通せるんじゃないかと思うくらいだった。知識は膨大に増えている。過去の記憶を思い出してみると、確かに必要なことは覚えているようだ。両親の顔は思い出せる。しかし幼い頃の思い出となると、黒いシミが広がるように邪魔をして思い出せなかった。
目をつむって、自分の内面の感情を確認すると、親切心や微笑みなどの人として必要な部分は残っているようだったが、悲しみ、寂しさ、幸せ、喜びはあまり感じられず、怒りや恨みの復讐心が強く残っていた。
「何だか、急に大人っぽくなったね。さっきまでは身体は大人でも中身は青年だったから、ちょうど良くなったんじゃない?」
「そう……だな」とリーリーに微笑んだ。
アルフレッドはカバンの中身をチェックした。そこには妖精の世界から持ち帰った宝石が入っている。ポケットに入るだけの数の宝石だったが、新しく与えられた知識によってアルフレッドはそれがどれほどの価値になるのか知ることができた。
「なるほどな」とつぶやくと、そのまま出かけて、近くのカフェで朝食を食べることにした。胸に入っているリーリーに少しパンを分けた。
カフェの店員に首都で一番大きな宝石商はどこかと尋ねると、ロベルト商会だと即答した。高利貸しや輸入業なども取り扱う総合商社だという。
食べ終わって、次はアルフレッドが最初に宝石を交換した小さな宝石商に行った。
「いらっしゃいませ」と言ったのは、あのときに交換してくれた店主だ。
「店主、覚えているか? 4日前に宝石を金貨に交換した者だ」
「えっ? あっ! はい、ありがとうございました」
店主はあのときのボロボロで汚れた身体の男と、今目の前にいる男が同一人物とは気がつかなかった。堂々とした威厳のある雰囲気を漂わせて、あのときとは別人に見える。
「また宝石をお持ちなら買い取らせていただきますよ」と揉み手をしながら近づいてきた。
「いや、そうではない。あのときの宝石を返してもらおうと思ってきた」
「ええっ?! なっ、なぜですか?」そう言いながらも店主は目が泳いでいる。
「あの宝石と同じくらいのものをロベルト商会に持っていった。すると金貨50枚に交換してくれた。だから、お前にもらった金貨30枚戻すから、宝石を返してくれ」
アルフレッドはまだロベルト商会に行っていない。しかし、知識を得てわかったことがある。宝石の価値だ。最初に宝石を持ってきたあのときの見た目で、店主から『世間知らずの田舎者だ』と見下され、安く買い叩かれていた。その分を回収するためにやってきた。
「しかし、あれはもう買い手が付いていまして……」
「では、しょうがないな。まだ宝石はあるのだが、今後もロベルト商会へ持っていく」アルフレッドは店を出ようとする。
「あっ! お待ちください! では金貨をもう20枚差し上げます。ですので、他の宝石をお持ちでしたら、ぜひ私どもの店へ……」
「25枚だ。俺がわざわざ訪ねてきた手間賃もつければそうなるだろう?」
ガックリと肩を落とした店主から金貨25枚を受け取った。店主は「またのお越しをお待ちしております! どうぞごひいきに!」と引きつった笑顔で店の外まで見送った。
「やるじゃないか、アルフレッド! あいつ、だましてたんだな。悪いやつだ」と、リーリーが胸のボタンとボタンの間から顔を出す。ポケットの無い服で、リーリーは少し窮屈そうにしていた。
「いや、商売していれば儲けようとするもんだ。無知だった俺も悪かったんだよ」
「そっか、じゃあ悪い者同士だと賢いやつが勝つんだね!」
「ああ、そういうことだ。そしてこの知識でじりじりと追い詰めて復讐をやり遂げる」
その足で首都の端の区域にある小屋へ行き、カミーユとその父親へ会った。
「こんにちは。気分はいかがですか?」と寝ているカミーユの父親へ挨拶する。
「ああ、よく来てくださいました。何だか雰囲気が変わったように見えますね。何かあったのですか?」
カミーユの父親が優しい笑顔でアルフレッドを気遣ってくれている。そこにカミーユも入ってきた。
「アルフレッド! また来てくれたんだね、嬉しいよ」
「今日はお願いがあってきたのです。知り合ったばかりの俺がこんな頼みをするのは恐縮なのですが……」
アルフレッドは自分の過去は話さず、しかし命を狙われて、すでに死んだことにされたということを伝えた。これから商売をするのに新しい名前と戸籍が必要だということ、そして今後の2人の生活を保証する代わりに、カミーユの父親の名前と戸籍を使わせてほしいことを伝えた。
カミーユの父親は喜んだ。この申し入れはありがたい話だと快く受けてくれた。
「これからよろしくお願いします。私の名前はシモン ・イザードです。どうぞ名前をお使いください」
『シモン ・イザード』という名前を聞いたとき、アルフレッドの記憶の隅に、この名前と同じ人物が思い浮かんだ。今は記憶力も格段に高くなっている、間違いない。
「あなたと同じ名前の人がモンタニエ子爵領の村にいたが、あなたとは顔が違う。ただの偶然なのか?」
カミーユの父親は驚いた。どうして知っているのかと尋ねられたが、アルフレッドは『古い知り合い』と答え、はぐらかした。
アルフレッドの実家であるモンタニエ子爵領の村人たちとは、ほとんど知り合いだった。結婚前には一緒に農作業をしたり、結婚後には家を回って志願兵を募ったりしたため、名前と顔も知っている。
自分もすでに『アルフレッド』だと名乗っているからには、用心しなければならない。この男はモンタニエ子爵領の村人ではないが、その名を語っている。どんな理由があるのだろうか?
カミーユの父親は慌てる様子もなく、握手を求めてきた。
「今のお言葉を聞いて、改めてこのお話を喜んでお受けしたいと思いました。そうだったのですか、お知り合いとは……しかし、この名前はどうぞお使いください。私もあなたに告白しなければならないことがあります。ゆっくりお話できる場所を用意していただけるとありがたい。それに、この子を風呂に入れてやりたいのです」
アルフレッドはカミーユの父親を背中に担いで、3人で宿屋へ戻った。そしてカミーユたちの部屋を別で借りた。とりあえず父親を寝かせて、カミーユと一緒に服と靴と食糧を買いに出かけた。
「カミーユも好きな服を選んでいいぞ。あと、お前の父親の服と靴も選んでくれ。今日は宿屋でゆっくり食事するといい。話は明日でいいからな」
服屋に入ると、アルフレッドを待たせてはいけないと思い、カミーユは時間をかけずに選んで持ってきた。アルフレッドが支払いを済ませ、宿屋の近くで美味しそうな肉や焼き立てのパンも買った。服や食糧でアルフレッドのたくましい両腕には山のような荷物が抱えられている。
「ありがとう」カミーユは小さい声でお礼を言った。
「今日はとりあえず選んだが、今度改めてちゃんと買い物に出よう。そのときは俺の服も選んでくれ」とアルフレッドは微笑んだ。カミーユも嬉しそうに笑った。
荷物を部屋に運び込むと、宿屋のそれぞれの部屋に戻った。カミーユたちは久しぶりの風呂に入り、清潔な服に着替え、美味しい食事をして、ベッドに入った。
カミーユは久しぶりの柔らかいベッドの中で、楽しかったアルフレッドとの買い出しを思い出していた。涙が頬を伝った。それを乱暴に拭って、布団に潜り込んだ。




