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37歳の誕生日

作者: もちてまり

よく晴れた祝日・・・だったであろう今日。時刻は15時30分。

昨晩、ダラダラと起きていて気づいたら寝ていて、起きたらこんな時間。

出かける気も無かったが休みの日を無駄にしたな・・・と思いながらスマホを片手にまた寝転がる。時間つぶしにネットニュースを見ていたら、「あなたは結婚に向いている?yesかnoで簡単診断!」とネット広告の文字が動いていた。

結果は結婚にむいてない。ついでにやった性格診断では欠点ありすぎと言われた。そんな欠点ありすぎな私って…


本日、37歳になりました水野 綾。女・彼氏無し・小さな会社で事務。持ってる資格は簿記2級と普通自動車免許。貯金はあんまり。ついでに一人っ子で実家住まい。

見た目は中肉中背・・・嘘です、健康診断にいつ引っかかるか時間の問題のギリ肥満未満。性格はグチっぽくって卑屈。

うん、見た目はアウトだし、性格に至ってはアウト以外に何があるんだってくらいダメ。良いところはどこですか、私。


見たくない現実に部屋の中の空気がよどんだ気がする。そういえば起きたときに面倒で窓を開けてなかった。とりあえず気分を落ち着かせようと窓を開ける。

よどんだ部屋の空気と外の空気が少しだけ入れ替わる。外の空気を吸いこんでいたら、どこかで遊んでいるのだろう子供の声が聞こえてきた。あの頃、私は何を考えていたんだっけ。


小学生の頃は何にでもなれると夢みてた。中学生になったら叶わない夢より現実をみた。でも高校生になれば自然と彼氏が出来るとはどこかで思っていた。高校生にはなれたが彼氏は出来なかった。

当たり前だ、友達だっていなかった。人に話しかけるのが苦手で自分の殻に閉じこもり、自分を棚に上げ他人に評価をつける嫌なヤツ。受け身で卑屈な性格は小学生のころには出来上がっていた気がする。そんな学生時代を小・中・高と過ごした。時間を無駄にしたな、バカか私。

この時点で絶望的だというのに、社会にでれば変わるとヤケクソ気味に謎の希望をもった。


いける程の頭もやる気もなかったので大学にはいかず就職した。なんとかかんとか就職した職場でも相変わらず人間関係は築けずにいるが、良い職場だと思う。人付き合いが悪く愛想のない私にも優しい人が多い。一人暮らしするには厳しい給料だけれど、そこまで望んだら罰が当たる。

通勤可能であることと、給料が少ないのもあって親には実家住まいを許されている。通勤可能な距離で本当に良かった。給料が増えることは無いと思うが出来るなら、ずっとこの職場にいたい。そうやって働いていれば、30歳くらいには結婚できるだろうと思っていた。


だが現実は甘くない。考えてみろ、思い出してみろ自分の性格を。それ以前に人間関係の築き方をしっているか?職場では挨拶と必要最低限の会話のみ。要件がなければ他人にどう話しかければ良いかがわからない。全然変わってない。いい歳して何やっているんだ。自分に問いかけてみるが何の解決にもならない。

親だって嫁に行く気配のない娘を若干、邪魔者扱いしている気がする。

色々と思いだし、ダメージを受けていたら窓から入る暖かな風がいつの間にか冷たい風に変わっていた。空には星が輝いている。結構、時間がたっていたらしい。

寒っ…と小さくつぶやき窓を閉める。

ポコンとスマホから着信音。母から夕飯が出来たから来るようにとLINEがきた。朝も昼も食べてない。急にお腹が空いてきた。生活費を入れている限り洗濯も食事も母がやってくれる。

自室のある二階からリビングのある一階へのそのそと移動しながら、実家バンザイ、お母さんありがとう、と心の中で感謝を述べる。


本日最初の食事は焼肉のたれで豚肉を焼いたものがメインらしい。トマトが添えられたサラダ、豆腐とナメコの味噌汁、白米以上。豆腐とナメコかぁ。あんまり好きな具じゃないなと心の中でグチりながら定位置に座る。

テレビを見ながらビール片手にすでにサラダをつついてる父を横目に、母がいただきますと言い、私も食事を開始する。

食事も中盤になったとき

「ねえ、綾。アンタ今日でいくつになったんだっけ?」

急な母の問いかけに間をおいて返事する

「…37 だけど」

「彼氏とかいないの?」

娘の人間関係に口出ししなかった母が聞いてきた。ネット診断でフルボッコにされ、自問自答で自己嫌悪している今、その質問はキツい。すぐに返事が出来ずに固まっていると母がまた口を開く。

「綾、聞いてんの?」

「…聞いてるよ。急に何?」

「急ってわけでもないよ。実はさ、ちょっと前にパート先の岡田さんのとこの娘さんが子供産んだんだって。岡田さん、母さんより若いのにお婆ちゃんになったの。何か羨ましくなってね~。んで綾、アンタ彼氏は?」

「いないよ。いたら今日だって出掛けてるんじゃない?」

「彼氏いないなら、転職は?」

「…はぁ?マジで何なの?」

「正直言うとさ、結婚でも一人暮らしでも理由は何でもいいけど、30前後で家を出ると思ってたの。今のとこ給料低いって言ってるから、転職でもするのかなって。でもいつまでもそのままなんだもの。」


母の言葉がグサグサと刺さってくる。


「……すいませんね、結婚もせず給料も低くて。でも一応生活費はいれてるじゃん」

「生活費をいれるのは当たり前。それと転職するなら早めにしなさい。」

「転職はどこからきた話なの。岡田さん?の娘の結婚の話じゃなかったの」


岡田さんが母より若いなら娘さんも私より若いのだろう。またダメージがきた。

早くご飯を食べ終わそうとペースを速める。


「岡田さんはもういいの。綾が心配なの。」

「彼氏いないだけで心配されるって虚しすぎじゃない?私。」

「だって、アンタこのままいったら孤独死まっしぐらじゃない!」


お母さん、その言葉は致命傷です。今、私のメンタルは死にました。


「・・・孤独死を心配させてしまう残念な娘でごめんね・・・。」

「いや、真面目に考えてよ。綾自身、友達いないでしょ。それでうちって親戚付き合いもあんまり無いじゃない。お母さん達は綾より先に死んじゃうの。そしたら本当に一人なの。一人でもお金があればある程度なんとかなるかもしれないけど、今の給料じゃ無理がくるんじゃない?そしたら考えたくないけど孤独死しか出てこないのよ。」


致命傷の回復もまだなのに心配という名の刃物が追い打ちをかけてくる。


「………給料低いけど今の職場がイイの。それに今は簡単に転職はできないよ。年齢の壁もあるし必要なスキルだって増えてるし。それと友達作るの飛び越えて彼氏はハードル高いって。今更頑張るのも疲れるし。いいよ、このままで。てか何で親とこんな罰ゲームみたいなこと話さないといけないかな。」

「いくつになっても言い訳ばかり並べてるからでしょ。」

「・・・別にイイじゃん、お母さんだって言ったじゃん。親は先に死ぬって。私が孤独死しようがお父さんにもお母さんにも迷惑かからないから、かけようがないから。」


私も母も黙った。父が見ているバラエティの芸人達の声がうるさい。


「もう放っておけ、母さん。俺らの心配は迷惑だってことだろ。」


我関せずと言わんばかりの父が急に言葉を発し、罰ゲームのような会話を終わらせた。

納得できない母は私と父を交互に見て、何かを言いたげに口を開くが大きなため息をついてうつむく。私はここから逃げたくて残っていた冷えた味噌汁を飲み干し、食器を台所に持って行く。


「・・・ごちそうさま。部屋にいるからお風呂空いたら教えて。」


リビングから逃げ出し自室へ避難する。

ベッドを背もたれにし、床に座りリビングで言われたことを思い出す。

父と母の言葉が頭の中を駆け巡るが殴られたような衝撃のあった言葉は4つだ。

「言い訳ばかり」これには反論できない。言い訳を並べ続ければ逃げられるから。

「孤独死」だよねぇ・・・。実は三十路突入したときに将来は孤独死かなとか考えた。

「放っておけ」突き放された感がすごくて虚しくなった。

「心配は迷惑」そんなわけ無い。心配してくれるのは気恥ずかしいけど嬉しい。

ちゃんと話をしないといけない、私が何を考えているかを。でもどうやって?どうしよう、上手く言葉に出来る?どう切り出す?

何を考えているのかわからなくなり始めていたら、ポコンとスマホにLINEがくる。

お風呂空いたから入っちゃって と母から。考えるのは風呂でもいいかと替えの部屋着を持って風呂に向かう。


結局はこの問題は解決するまで脳内を占拠し、黒いシミみたいなものがジワジワと心に広がっていくのだろう。

体を洗い終わり、泡立てたボディーソープが体に纏わり付いたままでそう結論づけると、くしゃみがでた。風邪を引く前にと慌ててシャワーで泡を流し湯船につかる。

それでも寒い気がして体を縮こませる。体だけでなく額を膝に近づけ、そのまま息を止め顔を湯につける。

ブクブクと空気を吐き出し、顔をあげる。急に吹っ切れた。

ザバッと湯船から勢いよく出て、脱衣所へ。急いで下着や服を着て、髪を乾かす間も惜しく感じてタオルでまとめ、リビングへ。


リビングでは母が最近話題の刑事ドラマをみていた。父は時間的に寝てしまったのだろう。父が居ないことに少しほっとした。いやいや、ここまできて怖じ気づくな私。

「ねえ、お母さん、さっきの話の続きしよう。」

「・・・髪、乾かしてきたら?」

「いや、このままでいいよ。あのさ、私何も考えてなかった。考えたくなかった。私だって好きで一人な訳じゃない。普通に彼氏は出来て普通に結婚できるものだと思ってた。でも出来てない。だって人に話しかけるのが苦手なの、嫌いなの。でも一人はいや。仕事でも言えることなんだけれど、私は他人を理解しようとしないのに他人が私を理解してくれないことに苛立つ自己中なの。どうしよう、どうしたらいいの。」

一気に話す。支離滅裂だ。今、自分は何を話した?よくわからない。

母が少し驚いている。そして大きなため息。

「綾、本当に自分勝手。お金持ちもありきたりも普通も努力の上にあるのよ。自分は何の努力もしないで、努力してアンタが欲しい”普通を”手に入れた人を妬むって我が儘すぎるでしょ。しかも自覚あるっていうんだから悪質だわ。」

わかっていたつもりだが、思っていたよりバッサリと斬られた。

「・・・・・・。どうしよう、お母さん・・・。」

「子供じゃないんだから。自分で考えなさいよ。」

「私のこと心配なんじゃないの?」

「都合の良い話ね~。迷惑なんでしょ。」

「そんなことない。」

泣きそうと思う前にすでに涙が流れてた。そんな私をみて、母はひいている。

「ちょっと言われたくらいで泣くなんて、本当に子供。」

「だって・・・」

「だってじゃない。でもでも、だってだって、ってそうやって甘えるの?私を理解してって。母さんはいやだよ。母さんを理解しようとしない、好意を受け取るだけ受け取って返してくれない綾を助けたくない。」

周りからそう思われているのかと、そう思われているのが自分なのかと思うと言葉にならず、惨めに泣くしか出来なかった。

また母がため息を吐き、座っている横あたりをたたきながら

「・・・。さっさと泣き止んで。こっち座んなさい。」と言った。

なんとか涙を引っ込めておとなしく座る。それ以外に出来ることが無い。

「綾、普通になりたいなら、結婚したいなら努力しなさい。キレイになる努力、人と話す努力。アンタはまずこの二つは絶対。歳をとればそれなりに身綺麗にしておかないと余計にみすぼらしいのよ。その上でコミュ障なんて目も当てられない。でもね、その二つを頑張っても結婚できないかもしれない。」

「・・・。じゃあ頑張る意味ないじゃん。」

「あるよ。頑張ったら一人でも生きていける綾になってる。いくつになってもやっぱり綾が心配。綾を心配したまま死にたくない。母さん達に心配かけさせたくないなら言い訳しないで強くなって。・・・こんな事、こんな歳になるまで何でわかってくれないの・・・!」

母の口調が強くなっていき、でも言葉にならず嗚咽のようなものに変わり、何で、何で、と繰り返している。

ここまで、こんなことになるとは思っていなかった。じゃあどうなると思っていた?何も出来ずに自分の足の指をただただ見る。

それでも何かしゃべらなければ。足の指を見つめたまま思ったことを話す。


「お母さん、私、給料低いけど職場に不満は無いの。スキルアップしても今の職場じゃ、給料はさほど変わらない。でも転職する勇気は無い。さっきも言った年齢の壁が怖い。それで結婚とか考えてもみた。それも無理っぽいけど。」

「やる前から諦めるなんで何様のつもり。」

「………がっ、頑張ってみるよ。まさか、ここまで話が大きくなるとは思ってなかった。」

「お互いに見て見ぬふりしてきたからね。まあそのツケってやつが今の状況ね。甘えてた綾も悪いし、甘やかしてた母さん達も悪い。」

はーっと息をはき、母が立ち上がる。言い訳しか話さない私に苛立っている?えっ、どうしよう。打開策はないかと考えてると目の前にお茶のペットボトルが現れた。

「はい。風呂上がりで泣いて話してで喉渇いたんじゃない?」

母が持ってきてくれたらしい。まだ話すことは出来る?これを受け取ったら終わりにならない?

「早く取って。それともいらない?」

「・・・いる。」

見慣れないラベルのお茶を受け取ると母は隣に座り直した。良かった。とりあえずこのお茶で話すきっかけを作ろう。

「これ、見たことないお茶だね。しかも500mlで買うの珍しくない?」

「新発売のお茶だって。スーパー行ったら安く売ってたから買ってみたの。でもあんまりおいしくないわ。早く飲んだら?」

「気になるから飲んではみるけど、自分が飲む前からおいしくないって言われたら飲む気失せるでしょ。」

グチりながらもフタを開け飲んでみる。あぁ・・・。うん・・・。おいしくは無い。少なくとも私はもう買わない。ちらりと母を見てみると、少し笑っている。

「ほら~。やっぱりおいしくないでしょ?やっぱりお茶よりコーヒーのが好きだわ。綾は?」

「うん。コーヒーのがいいわ。・・・・・・。それでさ、お母さん・・・。あのさ・・・。」

言葉が続かない。

「いいよ、もう。これ以上話しても堂々巡りで終わらないよ。母さんは言いたいことは言った。アンタは言いたいことあるなら書面にでも書き起こしなさいよ。そうじゃなきゃ何が言いたいのかわからない。」

「・・・耳が痛いです・・・。」

「現状維持するならするでかまわないけど、それなら時間が余るでしょ?休みの日に寝てばっかいないで運動するとかしなさいね。」

「・・・はい。やってみます。」

「はい、本当にこれで終わり。さっさと髪乾かしなさい。お風呂出てから結構時間たってるよ。ドラマも終わちゃったし、母さん寝るけど大丈夫?」

「はい、大丈夫です。スイマセン。」

母が寝る支度をしてるの気配を後ろで感じながら、私は動くことが面倒になってきている。このままここで寝ようかな。いや、だめだ。気付け代わりに、もう一口お茶を飲む。よし、髪を乾かして私も寝るぞと立ち上がりリビングを出ようとしたら母に呼び止められた。

「こんなことになったけど、綾、誕生日おめでとう。」

ああそうだ、今日は誕生日だった。

「・・・この歳だと嬉しいような嬉しくないような気もするけど、でもありがとう。やっぱり嬉しい。」

「ありがとうの前が余計。風邪引く前に寝なさい。おやすみ。」

「おやすみ」

脱衣所に戻り髪を乾かす。鏡を見ると泣いたせいで目元が赤い。これは明日、腫れるなとぼんやり考えていたらくしゃみが出た。やばい。さっさと寝よう。さすがにここで風邪は笑えない。目を冷やすための保冷剤の準備を忘れ自室に戻り毛布をかぶる。

37回目の誕生日は自分が思っているよりも自分がバカであることを自覚した日になった。明日、お父さんにも謝らなければいけない。気づけば私は寝ていた。


アラームの音で目を覚まし、寝間着のまま洗面所で顔を洗いリビングへ。両親が私の顔を見て笑った。

「朝から不細工だな、おまえ」

父の一言にカチンときたが、知ってるよ。さっき洗面所の鏡で見たから。

腫れ上がった目元と頬についた枕の跡を隠す方法を調べるために朝食そっちのけでスマホとにらめっこで始まった。


望む普通にはほど遠い締まらない37歳が始まった。

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