ゲームの攻略対象への転生とは
乙女ゲームがクラスの女子の間で流行っていると聴いた俺は、さっそくそのゲームを自分のパソコンにダウンロードしてプレイした。
俺の目的はクラスの女子との話題作りなので、乙女ゲーム自体には興味は無い。スタートと同時にスキップモードにして(この手の操作はエロゲーで慣れている)さっさとクリア。文章とか殆ど読めなかったが、画面に現れた何人かの男が攻略対象という奴なんだろう。ハッキリ言って、女子が何でこんなんに惚れるのか分からんが、セリフやシチュエーションが良かったんだろう。スキップしたから知らんけど。
乙女ゲームをマッハでクリアした俺は、翌日さっそく女子の輪に混ざり乙女ゲームをプレイした事を語った。だが、結果は散々だった。
「うわっ、何言ってるのコイツ」
「キモっ、つーか最低」
「入ってくんなし!」
男が乙女ゲームをしているというのが受け入れられ無かったのか、それとも普段話してない女子に話しかけたからこうなったのか、とにかく俺の作戦は失敗した。まあいい。女子と仲良くなる方法は他にもある。俺はクラスメイトの分のパンを買いに行くため購買に行く途中、階段でコケて死んだ。
「貴方は本来死ぬ予定ではありませんでした。よって、貴方がプレイしていた乙女ゲームに転生して貰います」
気がつくと、デカい女が俺に転生について話していた。知ってる。前世知識でチート無双出来る展開だこれ。なろうで見た。
「話は分かりました。で、俺はゲームの誰に転生するんですか?」
「攻略対象の王太子です」
あいつか。確か、ゲームの中では悪役令嬢に婚約破棄して男爵令嬢と結婚して王様になっていたな。ならば、下手に動かすゲーム通りに行けば上手くいくだろう。
「貴方は王太子としてゲームの主人公に攻略されます。これは決定事項で、貴方が何をしても覆りません」
「分かりました!ありがとうございます!」
女神に感謝し礼をすると、俺の体は光に包まれ気がつくと乙女ゲームの卒業パーティのシーンに飛んでいた。
「こ、婚約破棄だぁ!」
一瞬戸惑ったが、何とか原作通りに婚約破棄を告げると、屈強な衛兵がやってきて俺を引きずっていく。
「ん?」
あれよあれよという間に幽閉され、気がついたらギロチンにかけられてしまう。どういうこった?
「あの、すみません。僕、攻略対象なんですけど」
「あー?何をボソボソ言っとるけ!?」
女神からハッピーエンドを約束されていた事を告げるが処刑人は聞く耳を持たない。だめだ、脇役にはメタな話が通じない。
「で、最後の言葉はそれでエエの?十秒後にギロチン落とすで」
やばい。何かの間違いでバッドエンドに進んている。俺、ちゃんと婚約破棄したよな?余計な事しなかったよな?
「じゅー、きゅー、はーち」
考えろ、攻略対象な俺は必ずヒロインに攻略される。女神はそういった。その流れは変えられないとも言った。
「ななー、ろーく、ごー」
ならば、俺の行動に関係なくハッピーエンドにならなきゃおかしい。女神が嘘をついてた?俺は攻略しても死ぬ系の攻略対象だった?女神の予期せぬ力が働いた?
「よーん、さーん、にー」
いずれにせよ、俺の現状を救ってくれそうな存在は一人しかいない。
「いーち、ぜ」
「主人公さぁぁぁぁん!!!!」
俺は力の限りの大声で、このゲームの主人公に助けを求めた。
「攻略対象の僕が死にそうなんです!助けてぇ!!」
顔を真っ赤にして必死に叫び続ける。
「もし、これがハッピーエンド前のハラハラシーンならもう十分ハラハラしたからっ!助けるタイミング伺ってるなら今だから!たす、たしゅけえ!」
「ごめん、生理的に無理。それにこれ、クリアに必須イベントだし」
「えっ」
処刑を見ている群衆の最前列から、あらゆる意味で最低の返事が来た。必死に眼球を動かして声の主を見ると、それは俺が婚約破棄した公爵令嬢だった。
何で主人公を呼んだのに、お前が返答してるの?つか、生理的に無理って何?俺の処刑がゲームクリアに必須?つか、生理的に無理って何?男爵令嬢はどこに行った?
つか、生理的に無理って何?
つか、生理的に無理って何?
助けたく無い理由があるにしても、それ言う必要無いよな?
生理的に無理って何?
どんっと音がして、俺の首が宙に飛んだ。野菜を切る時、たまに野菜があらぬ方に飛ぶのと同じ様に、ギロチンの衝撃で俺の首が発射されたのだろう。
薄れゆく意識の中、これまでの人生が浮かんでは消えていく。
『お前さ、本当にそのゲームちゃんとプレイしたん?』
『たかし、ごめんね。うちにお金無いから新品のゲームは買ってあげれないの。代わりに体験版をいっぱいダウンロードしてあげるからね。やり方教えてあげるから、今度からは自分でやりなさい』
『あのね、皆からたかし君とは遊ぶなって言われてるの。たかし君は浮気者のろくでなしの家の子だから関係を持っなってね。それと、あたしの家のWi-Fi使わないでちょうだい』
『たかし君、何でいつも一人でいるの?先生二人一組作ってって言ったよね?ほら、たかし君が一人でいるから、あそこに三人組ができてるじゃない?何で入れてってお願いしないの?先生を怒らせたいの?』
『たかし、父さんは真実の愛を見つけたんだ。だから、これからは母さんと二人で暮らしてくれ。言っとくけどな、先に浮気したのは母さんの方だからな?』
我ながら酷い人生だった。母ちゃんが優しかったのが救いだったが、恋人どころか友達もいない腫れ物扱いの人生。そっか、俺って嫌われてたんだなあ。物心ついた時からずっと嫌われてたからそれが普通、俺はどこにでも居る普通の学生と思っていたけど違ったんだ。
そう言えば、王太子に転生してからも前世の俺に対するものと変わらない視線を皆が向けてたけど、今の俺って乙女ゲームの攻略対象だからおかしいよな?
ゲームの攻略対象なら周りに好かれているはずだ。それなのに、衛兵も令嬢も処刑人も俺を嫌っていた。どういう事だ?どういう…
俺の疑問が晴れる事は無かった。高く打ち上げられた俺こ首は時間と共に落下し、地面に激突した衝撃で意識を完全に失ってしまった。
「お母…さん」
【女神の視点】
私は転生の女神。人間は原則として死ねば天界へ行くのだが、現世で罪を犯しその罪を償う事無く死んだ場合は転生させて罪を償わせる。
そう、本来転生とは罰なのである。なのに、最近の人間は転生をご褒美の様にありがたる。今日ここに来た山田たかしもそうだった。
彼は幼少時から清潔感の無い姿で人前に現れ、空気の読めない言葉で数多の人間を不快にし、学校のグループ行動等で他人の足を引っ張り続けていた。それについては、世間から無視されるという形で罪を精算できていたが、それ以外にも彼は罪を犯していた。
ネット回線の盗用とゲームの違法ダウンロード。それが彼の行った最大の罪であり、今回彼が転生する事になつた理由である。
そして、悲しい事にこれらの犯罪について彼は一切罪悪感を持っていなかった。Wi-Fiはそこら中にあるから自由に使っても良い。ネットでダウンロードできるゲームはフリーゲームか体験版だ。その様に家族から教えられ信じてきたのだ。
勿論、違法ダウンロードしたゲームは大抵は正常にプレイ出来ない。ゲームにはコピーガードという技術が使われており、違法ダウンロードしたゲームをプレイすると本来のゲーム以外の画面が表示されたりフリーズしたりして続行出来なくなるというものだ。
だが、それを体験しても彼は過ちに気付かないままだった。 普通のゲームをプレイした事も友達と遊んだ事もない彼は、今までプレイしたすべてのゲームはコピーガードによる改変を含めてそれが公式だと認識していたのだ。
彼が人生最後にプレイした乙女ゲームにもコピーガードは設定されており、違法ダウンロードをした彼は、作中のやられ役である王太子が勝利して終わるというバッドエンドを見る事になった。そして、いつもの様にそれをゲームの正しい流れと誤認した。
少しでもこのゲーム自体に興味を持ち、流れるメッセージをきちんと読んでいれば勘違いは防げただろう。それをきっかけに自分の犯してきた罪に向き合う事もできたかも知れない。だが、乙女ゲーム自体に興味の無かった彼は現実を知らないまた死ぬ事になった。私が「貴方はこのゲームの攻略対象になって主人公に攻略(撃破)されます」と、これから受ける罰について説明しても、自分に都合の良い様に解釈して喜んて転生していった。
こうして彼は、何一つ反省出来ないまま再度死んだ。当然、これでは罪を償った事にはならない。だが、彼が生涯において違法ダウンロードしたゲームは数百を超える。全てのゲームに転生して無惨な死を迎えるまでにはきっと反省してくれるだろう。