9. 聖地巡礼
巫女姫は、異国の服に身を包み、聖地と呼ばれる場所を巡拝する。
神の声を聞き、国の吉凶を占ったりする。
巫女姫が出現したときは、国は豊かになる、この世界を変えるとも言われている
一度も神の声を聞いたことがないし、神憑りになったこともないために一部からは受けがよくなかった。
王子が言った巫女姫の務めを果たしていないという糾弾の意味は、このことが原因だとわかっているが、どうすることもできなかった。
師匠もいない世界で、自分なりに解釈をして勉強を重ねていく。
これは学園の勉強とは別に行わなければならない。
自分に続く者が苦労をしないように日記にもしたためたが、これはティアナの手に渡るべき物ではない。
このまま王宮に留まることになると、そろそろ巡礼シーズンになる。
寒い時期には出発したくないのだが、時期が決められているために仕方がなかった。
巡礼をするとその土地の様子が聞ける。
王の名のもとに巡礼しているために王の権威が強くなるとみている者も多い。
地方の貴族は、これを快く思わない者もいた。
王都から離れれば離れるほどに危険も大きくなる。
この任を誰かに代わってもらえるのなら、何度も心の中で思っていた。
護衛に守られながら野宿もしながらの旅は、体力も気力も削いでいく。護衛が強くなかったらどうするのか、自分の剣を持ち、筋肉をつける。
守られるだけのかわいい女性になりたかった。
掌にできているまめを見る。剣を落とさないように握りすぎている。
「剣の稽古もしばらくお休みしてもいいかしら?」
独り言は風に流されるままにして、空に消えていく。
庭を散歩していただけなのに思い出の東屋についた。
この場所は、最後に来たいと思っていた。
離れた場所で、リリーとメイベルが立っていてくれる。言葉に出さなくても邪魔されたくない気持ちをわかってくれる。
手をテーブルに乗せて、湖を見ていた。
近づいてくる影に気がつかないほどにぼんやりとしていた。
手をそっと握る存在に気がつき、顔を上げる。
「エドモンド……」
「……久しぶりだな。そんな風に呼んでくれるのは」
テーブルの向こう側にいつまでも座らないで、立っている彼を見つめていた。
彼の顔が赤く感じるのは、朝日のせいだと思うことにした。
「いつもと感じが違うな。綺麗だ……」
予想していなかった言葉が彼の口から紡がれる。
「エドモンド、お願いです。私をこんな風に苦しめないで」
顔を背けようとするが、彼の手が顎を掴んで離してくれない。
「眠れなかった……のか」
ここを立ち去れないのが残念で眠れなかったと言ったら、彼はどう思うのだろう。
黙っていることで相手は都合のいいように取ってくれる。
「婚約破棄はなしにしよう」
はあ? なぜそうなった! ここは君を苦しめているものを排除するために婚約破棄しようでしょう?
「いいえ、学園の皆様の前で宣言されたのですから、一度決定した事項を覆すことなどできません。それに私にも矜持というものがございます」
目の下のくまで弱っているところをみせるのは、失敗に終わった。
ばっちり化粧しておくのだった。
椅子に深く寄りかかると彼の手から、遠くに自分を移動させることに成功した。
空中に浮いた手を王子はずっと見ていた。