8. 運命の歯車
自分に嘘をついた結果がもたらしたのは……婚約破棄。
巫女姫として頑張りたい自分は、王子の隣に並ぶのに相応しくありたい気持ちが働いていた。
頑張りたくない自分も存在して、何もかもを放棄してあの自然の中でゆっくりと過ごしたいと思っていた。
王子からの婚約破棄を言い渡された時、自分の中でくすぶり続けていた心が早鐘を打ち始めた。
もう我慢しなくていい。
ここを切り抜けてしまえば自由だ。
その自由という何の枷もない響きに迷っていた心が決まってしまった。
王子を目の前にして、頬をバラ色に染める訳にもいかず。
でも痛みも伴ったのも事実。
「アリシア様、大丈夫ですか?」
寝不足もあって、ぼんやりとした時間をどのくらい過ごしたのだろう。
いつの間にか物思いにふけっていたようだ。
鏡の中の自分は、いつもよりもナチュラルな感じのメイクになっていた。
「ありがとう」
二人の方を向いてお礼を言うと、リリーとメイベルは顔を見合わせて深い深いため息をついた。
今までため息などついたことなどなかったのにどうしたのだろう?
ドレッサーの前の椅子から立ち上がり、首をかしげて、私より頭ひとつ背の高い二人を見上げる。
「最後では、ありません、から……」
メイベルが声を震わせながら、ひとつひとつ言葉を区切るようにして目を伏せながら話をする。
何か声をかけてあげられたらよかったのに何一つ言葉が浮かんでこない。
自分の中では最後だと思っている。安心するため、ただこの場を収めるためだけに言葉を使いたくなかった。
ありがとうの意味をこめて、二人を同時に抱きしめる。
リリーとメイベルは声をあげて泣き出した。
侍女の風格とか必要な心得だとか。きっと二人はキッチリ習ってきているはずなのに忘れたかのように声をあげて泣いている。ただそれだけなのに今のこの時になって、自由に目がくらんだ自分に腹が立った。
二人の運命も狂わせてしまうことになり、心苦しかった。
形だけの謝罪も感謝もこの時ばかりはいらない。
泣いてしまうとせっかくのメイクが台無しになってしまう。
アリシアは唇を噛んで堪える。目を閉じると涙が零れそうで、必死に目を開けていた結果、ポロポロと泣くはめになってしまった。
腫れぼったい瞳を氷で冷やしたが十分ではなく、もう一度メイクをしてもらうことになった。
鏡の中の私は、急に大人になった顔をしている。
これは何だろう。考えているとひとつの答えにぶち当たった。
『自信』というのが急に芽吹き、今の私の顔を作ったのだろうということ。