7. 好みのドレス
鏡越しにメイベルを見ると目を潤ませているのがわかる。
心の中で「ごめんなさい」と彼女に謝る。
「わかりました! 目元はそのままでいつものメイクをさせて頂きます」
気合いの入ったメイクはいらない。
ありのままの自分を見てもらって、大いに勘違いしていただこう。
昨日の夜は眠れなかった。その事実を叩きつける。
でも、自分の望むスローライフを手に入れるのには必要なことだった。
可愛さが際立っているドレスもいらない。シンプルでリボンがついていないドレスでいい。
ドレスは五着残しておいたが、昨日着たドレス以外は、どれもフリルがついていなかった。
「このドレスでいかがでしょうか?」
「それでいいわ」
リリーが持ってきてくれたドレスは、濃紺で今の私のイメージを一瞬で払拭するようなもの。
彼女は戸惑っただろう。いつもの色が使われたドレスは、昨日の一点のみ。
パステルカラーの甘い甘い砂糖菓子に包まれたようなかわいい女の子は昨日でおしまい。
最後の最後まで彼の好みでいようとしていた自分に気が付いた。背は十五歳の時のまま止まってはくれないのに自分に似合わないドレスにしがみついていた。
最後に着るドレスは、自分の好みに合うものがいい。
「きれいな青……」
メイベルの髪を梳く手が止まる。ブラシを自分の顎の所まで持ってきて、一定のリズムで顎を叩いている。目はドレスに釘付けだ。何かを思案している時の彼女の癖だ。
「アリシア様、両サイドのみ髪を少し残した形で、髪を全部アップに変更しても大丈夫でしょうか?」
「……ありがとう」
最初に私が提案をした髪型が合うとメイベルも判断してくれた。サイドに流す髪型も合わないではないが、いつもの可愛らしいドレスには、そちらの方が似合うので提案してくれたことが伺える。
うちの侍女たちは優秀だ。こちらの意図を汲んでくれる。
制服はもう鞄の中に仕舞っていた。鞄の中で窮屈そうにぐしゃぐしゃになっているだろう。制服を着ていた自分もさぞかし、窮屈に見えていただろうと推察する。
制服から着替えるといつもほっとしていた。ドレスはイヤだと言っている人もいたが、私にとっては制服の方が苦しかった。
学園に行くのも自分の意志で通い始めたのなら、こんな気持ちになることもなかった。
すべて巫女姫の力を伸ばすという制約の中で決まったことだった。
決められた時間に決められたことをやる毎日に自分の中で葛藤が生まれ始めていた。
婚約者と巫女姫としての役割を全うしようとする自分、何もかも捨て去りたいと思う自分、どちらも同じ人間の欲求なのにどうして反する意見なのだろう。
それが自分を苦しめていた原因だったとは、気がついていたが気がつかないフリをして心に蓋をした。