6. ロチルド家
目の下のクマが化粧で誤魔化さないといけないくらいにはっきりとしている。
「睡眠は大事なのに!」
ドレッサーの前に突っ伏してしまった。
顔をあげて、鏡越しに二人の侍女が顔を見合わせて困った顔をしているのが見えた。
足元まで届く黒のドレス、白いエプロン、胸のリボンで何年目の侍女かわかるようになっている。
二人とも濃紺、将来の王妃のために仕えている。
私付きになって、次の王妃様の側使えになる可能性はどのくらいだろう。
たぶん、ここで終わっていいはずがないと思っているのだろう。
彼女たちには、彼女たちの物語があり、その中で二人も生きている。
二人には非はないのだが、引き留めた責任がある。
「うーんと大人っぽく見えるようにしてほしいの!」
これぐらいのわがままは聞いてほしい。
鏡の中の彼女たちに笑顔が戻る。
「はい! お任せください」
リリーはドレスを選ぶために隣の部屋へ、メイベルは髪をセットするためにブラシを持ち上げる。鏡を見ながら、片方に流すように編み込みを入れる方向で考えがまとまったようだ。
「メイベル、編み込みを片方に流すのではなくてひとつにまとめてアップにできないかしら?」
「僭越ながら、それでは固い印象になってしまいます。柔らかい印象にして、ガッチリとハートをお掴みになってはいかがでしょうか」
誰のハートと聞くのは愚問である。エドモンド王子のことかぁ。
今朝になると王宮の侍女の間にまで噂は広がっているのを確信する。
噂話が回るのは早い。ゴシップであればあるほど、人に面白く感じるように大袈裟になり、尾ひれがつく。
私はどうすれば、婚約破棄ができるのかを昨日の夜必死になって考えた。
しかし、考えれば考えるほど沼にはまっていくのを感じた。王家という沼は、私を簡単には逃してくれそうにない。
「エドモンド王子には、思う人がいるようなの」
どの程度の尾ひれなのかを確認するために自分から話題をふる。
「ティアナ・ロチルド様のことでしょうか?」
「あら? ロチルドって」
「そうなんです。リリーの義理の妹らしいです」
リリーの家も複雑なのね。
複雑に絡まった糸を振りほどくかのようにして、情報をひとつ入手する。
ロチルド家は、子爵だが、没落寸前という噂もある。再婚してから雲行きがあやしくなったという噂もあり、どれが本当なのかは噂の域をでないためにわからない。
私の夢は、婚約破棄をして、早々に家に帰る。昔いたあの場所へ帰るのだ。手つかずの自然豊かな大地で踊りあかすのを夢見ている。
ここは空気が悪い。いつも誰かが誰かの出世のために踏み台になっているようなところ、そんな場所だ。
「ティアナ様はどんな方なのかしら?」
「リリーの方が詳しいとは思いますが、優しいお方ではないようです。リリーが行儀見習いに入るときに進めたのは、継母とティアナ様だったとか、これってまるで小説に出てくるようなお話ですよね?」
つまり行儀見習いという名目の上でリリーを体よく追い出した。まさか未来の王妃付になるとは思っていなかったのかもしれない。もしかしたら、それを防ぎたくて王子を誘惑した。ティアナが王妃候補となったとしてもリリーが側仕えになるのか?
私はとばっちりを受けたということになるのか?
「あーっ、考えがまとまらない!」
もう少しで髪を丁寧に梳かしてくれたメイベルの苦労を水の泡にするところだった。
手が無意識に空中に浮かんだところで、メイベルの持つブラシに当たった。そこで我に返った。
「申し訳ありません!」
「それはいいの。私の不注意だから、それより、お願い! メイベル、目の下のクマは化粧で消さないで!」
「どうしてでしょうか?」
「マッサージして化粧して、自分の気持ちを誤魔化したくないの」
起きるなり、鏡を見たときは絶望した目の下のクマにも使い道はある。