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18. 未練

 朝早く起きると、外はまだ青く青く澄んでいる。

 美しい朝を堪能するかのようにベランダの手摺に捕まり、遠くを眺める。

 空は青く澄みわたり、雲ひとつない。

 今日、空が雨模様だったら、出発を明日に延ばしたかもしれない。 

 部屋に戻ると、用意する物はほとんどなく、自分の身の周りの物を小さなバッグに詰め込む。

 クローゼットを開けると学園の制服がかかっている。

 誰も着る人がいない。

 未練を断ち切るようにして、クローゼットの扉を閉めた。


「さようなら」


 誰に伝えるわけでもなく、言葉だけが漂っている。

 リリーがバッグを持ってくれる。

 扉近くで二人の侍女が待っていてくれているのになかなか足が動かない。

 今日、王都を離れるという気持ちがそうさせているとわかっている。

 あと少しあと少しだけここにいたい。

 その心をぎゅっとつぶして、一歩足を踏み出す。

 心とは裏腹に足が勝手に部屋の入口のところまで連れて行ってくれた。


「二人とも待っててくれてありがとう」

 

 廊下に出ると階段の下まで続く黒のカーペットが見えた。

 カーペットが明るくないので、母は大層嫌がっていた。赤とか別の色があるのに黒なんてと言っていたが、最後に賛成したのは、金色の模様が入っていて見事なコントラストの一枚だったからだ。

 このカーペットを見ると母を思い出す。

 今から会うのかと思うと気が重い。

 王太子の婚約者でなくなった私に意味を見出せなくて、卒倒するかもしれない。

 御者の手を借りて馬車に乗ると少し憂鬱になる。

 走り出した馬車に乗って、角を曲がるか曲がらないかのときに邸宅に入っていく馬車を見た。

 あの紋章は、王家のものだった。

 彼が来てくれた。

 こんなに朝早くに訪れることは歓迎されない。でも彼は何かを伝えたくて、ここまで足を運んでくれた。なかなか外出もできないはずなのに。

 ただそれだけのことなのに心が熱くなる。

 この思いはもういらないものなのに涙が勝手に流れる。

 もう少し遅く出ていたら、彼に会えた。

 一目でいいから、会いたかった。会うと未練が募るばかりだ。

 きっと別の人が乗っていたのだと自分に言い聞かせる。

 巡礼の旅を我慢できなくなった自分には価値がないように感じる。

 リリーが隣に来て、背中を抱きしめてくれた。

 寂しいとか悲しいという感情に彼女は敏感に反応する。

 王宮を離れたら、もう泣かない。そう決めたのに一度流れ出した涙を止めるすべはどこにもみつかないまま、馬車が王都から離れていくのを感じていた。 

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