17. 疲れた夜は
馬車に飛び乗ったものの、日が暮れる直前だったため、まだ王都を離れることができないでいる。
明日の朝になると、二年間過ごした王都を離れることができる。
今日は、父が所有するタウンハウスに留まっている。
一日予定がずれてしまったために父には会うことができそうにないことがわかる。
アリシア、私の小さな貴婦人。
手紙には、その一言だけが書かれていた。
思わず笑顔になる。
私の小さな貴婦人という呼び名は、八歳になったときに止めたはずだった。どうして今になって、父がこの呼び名を使うのか疑問に思っていると、その謎はすぐに解けた。
挟まっている押し花は、小さい頃に私が摘んで父に渡したものだった。
花びらを一枚一枚丁寧に広げて、白い用紙に挟んで取っておいてくれた。
白い用紙は、端っこが黄ばんでしまっているが、ガーベラのオレンジ色は摘んだときのまま、鮮やかなまま元気をくれる。
この花を贈ってくれた意味を考えていた。
花言葉の本を開くと、ガーベラの花が書いてあるページが目に入ってくる。
『冒険心』を意味していた。
君の未来は明るいぞと言われているような気がする。
手紙を胸に抱きしめる。
手紙を読むことも好きだが、その言葉がすべてを伝えてくれるとは限らない。
あえて言葉を尽くさずに、花を添える方が相手に伝わることを知る。
ベッドサイドのテーブルまで、父からの手紙を持ってきてしまった。
子どもっぽいことをしているのはわかっている。
枕の下に置いて眠ることにする。
冒険心の詰まった夢がみれるはず、少しの期待とそんなはずがないという心が生まれる。横になると疲れている体とは裏腹に神経が冴えわたっている。
眠れない夜、でも横にならないと明日の移動に耐えられそうにない。
今日の出来事が走馬灯のように巡る。
「眠れない夜はどうするんだっけ?」
枕の下に手をやると手紙の感覚が心地よい。
いつの間にか物思いから眠りに入ったことに気がつかないまま、深い深い闇の中に意識は落ちていった。
夢もみなかったはずなのに朝になると寝汗がすごかった。
夢の内容を忘れてしまっているだけだとわかっていてもこの汗は尋常でない。
不気味な後味の悪さを覚えながら、運ばれてくる朝食に手をつけないままだとみんなに心配をかけてしまう。
食べ始めると食事のおいしさに胃が元気を取り戻す。
ぶどうの実がなる季節には早い。私のために取り寄せてもらったことだけは確かだ。
今、一緒に食卓を囲む人が誰もいない。それが口惜しくなるほどにぶどうは甘く美味しかった。




