12. 気持ちに名前をつけるなら
夕日が差し込んで来ている。
太陽は最後の力を振り絞るように柔らかな光をくれる。
この時間の太陽が一番好きだ。
闇に溶けていくまでの間、窓に張り付くようにして、何度も眺めた風景が広がっている。
昼間の時間を眠って過ごしたことに少しの罪悪感と幸福感を感じる。朝に倒れて夕方に目を覚ますとは、いかに寝不足だったのかがわかる。
支度をしている間も彼は待っててくれているのだろうか。
気分が変わって自分の部屋にUターンということにはならなかった。
「お見舞いありがとうございます」
婚約者に会いに来たのではなく、あくまでもお見舞いだということを強調する。
「強く抱きしめすぎたみたいで、申し訳ない」
謝罪とは、エドモンドと無縁のことであり、彼の口から聞いたことは一度もなかった。
申し訳ないと言われる日が来るとは思わなかった。
何が起こったのか、驚きすぎて声が出ない。
思わず二度見してしまった。
「ロチルド嬢が来ている」
「ティアナ様が……」
「アリシア、協力をしてほしい。今日は一日中、彼女に会うことを控えていた。この気持ちが何なのかを知りたい」
もし、その気持ちに『恋』という名前がついたら、エドモンドはその時どうするのだろう。
やはり、次の伴侶にと選ぶのだろう。
役目を全うできなくても愛する人が側にいた方がいい。
漆黒の髪と瞳、巫女姫の条件を満たす者。ただそれだけの理由の結婚は、お互いを幸せにしない。
わかっていたのにどうして心は、彼の手を取るように言うのだろう。
「承知致しました」
そう言わないと彼は納得しない。
今、私は彼の婚約者ではなく、臣下だ。
胸に手を置いてお辞儀をする。女性としてではなく、男性の騎士がよくする臣下の礼をする。
手を伸ばせば、触れるほどに近い距離。でも触れることは許されない。
エドモンドが遊びに行こうというとき、マリンブルーの瞳がひと際大きくなり、親しい友人がするときのように近くで話をしてくれる。
耳がくすぐったくて、頬が赤くなるのを止められないので、少し離れる。彼も近づきすぎたのがわかったのか、一歩離れて違う話を始める。そんな少し距離のある関係だった。
さらに距離をとったのがわかったのか、彼の瞳が驚きに大きくなった。
「アリシア……」
声が戸惑いと時間を巻き戻せない後悔とがにじんでいるかのように震えている。
顔を上げるとアリシアへと伸ばされた手が途中で止まっている。
アリシアは、そこで止まっていいのだと肯定するように笑顔を作る。
さらに一歩下がり、もう一度お辞儀をすると手が下ろされる気配がした。
すぐに手を取ってしまいたいのに彼から受けた仕打ちを忘れてはいない。
もう一度、傷ついてしまったら、どのくらいの間のリハビリが必要になるのかわからなかった。




