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1. 悪役令嬢の役割

 王立魔法学園、ティアード。

 門の上に立つ対のガーゴイルは、その昔、魔法で永遠に目覚めることのない眠りについていると言われている。その中庭でみんなの大注目の中で彼は言った。


「アリシア・アシュリー、君にはがっかりしたよ。奴と浮気をしていたなんてな!」

「すべて無実でございます。それに奴……とはどなたのことでしょう?」


 彼は優しく思いやりのある王になる。

 そう思っていたのは、もう過去のこと。

 肩までかかるプラチナブロンドの長い髪も深い深い海のようなマリンブルーの瞳ももう見ることができないのかと思うと胸が痛む。

 その痛みを感じないようにして、まっすぐに背筋を伸ばす。

「君の髪はまるで黒曜石のようだ」

 囁いてくれたのは、嘘だったのか。


「巫女姫として君を大事にしてきた。それが全部嘘だとは信じがたいが信じるしかない」


 この世界を変える存在として、神に使わされた存在。

 黒曜石のような輝きを持つ髪と瞳を持つ者として、神託が下り、派遣された騎士が一年かけて国中を探し回り、見つかったのが私である。

 体が弱かったために自然豊かな伯爵領で、自由きままに過ごした。

 二年前、十五歳だった私は右も左もわからないまま、第一王子の嫁となることが決まっていた。

 嫁になるのは嫌だと拒んだ。しかし、巫女姫としての役割を果たせと言われ、流れされるままに行きついた先が婚約破棄だとは思わなかった。


「神託が下り、右も左もわからないまま、宮殿に連れてこられ、巫女姫として勉強を頑張りました」

「その髪は魔法を使ったとした証言があった」

「髪を染める魔法は使えません」

「巫女姫として来たのに責務を果たしていない」

「何の責務があったのでしょう。何も説明されなかったのは、そちらの落ち度ではないでしょうか」

「ああ、かわいくない!」


 唇を噛みしめながら王子が呟く。

 隣で一緒に立っている女性は笑っている。

 唇の横にあるほくろが印象的で、分厚い唇をさらにセクシーに見せてくれる。

 あれ、書いてあるほくろよね。

 少し汗でにじんでいるのがわかる。


「麗しのエドモンド王子様、二年間、お世話になりました。今日限りで王宮を去ることをお許しください」


 芝居を見に来ているような気持ちになり、わざと役者のような大仰な口調で彼に許しを請う。


「許す!」


 その言葉と共に巫女姫としての立場も婚約者という立場も放棄するという意味である。

 さらにこの学園も本日限りで退学をする。

 ここにいる何人の人が気がついたであろうか。


「ただし、ティアは置いていってくれ」

「ティアは私に懐いています! それは無理です」

「ティアは元々私の猫だ!」


 王子の猫は、私のベッドで眠り、学園から帰ってくると私の側から離れない。

 王宮の庭で緑の中に囲まれているときは、膝の上にちゃっかりと座っている。

 お茶会の時もテーブル下で、ひらひらと揺れるリボンを見てかじりつく。

 誰かが近づいてくると、低い声でうなり、フーッという威嚇の声をあげる。

 まるでその様子は、姫を守るナイトのようだ。

 銀色の毛並み、長いすらりとした足、彼の瞳は琥珀色に輝いている。

 その彼を手放せるのかというともう手放せないところまで来ていた。

 王子との婚約破棄よりもティアと会えなくなることの方が大問題だ。


「何もなくなった私に対して、あんまりではありませんか」


 顔を覆うと泣いているのかどうかさえ不明である。

 周りから「少し可哀想」という同情の声が聞こえてきた。

 少し可哀想頂きました!

 ガッツポーズしそうになるのをぐっとこらえる。


「王子様に最後のお願いです。元婚約者である私を哀れに思うならば、ティアは連れていってもよいとおっしゃってください」


 最後にしおらしく、お願いをする。

 王子は、少し目元が濡れている私を心配してくれるはずだ。

 絶対悪ではない彼は、いいと言ってくれるはずだ。

 大きなため息の後、心の振り子はあちこちに動き回り、最後の決定権は私の表情にかかっている。しおらしさをキープだ。表情筋頑張れとエールを送る。


「連れていってもよい」


 よし! 言質を取った!

 それを聞けば、ここにいる必要は何もない。

 王子の隣にいる名も知らぬ女性には、この言葉を残そう。

 隣を通るときにわざとぶつかって、相手と一緒に転倒する。

 王子が助け起こすよりも早く、小さな声で彼女の耳に届くように扇を広げて話す。


「次はあなたの番よ。一度浮気した者が浮気しないまま、ずっと永遠にあなたを愛すかしら?」


 この一言で、何もなかった海に波風が立つはずである。

 何かある度に疑いは芽吹いていき、それはいつか花開く。

 その時が見物であるが、それを見に行けないのは残念なことだった。


「ああ、その時はミラに教えてもらおうかしら」


 学園で唯一、仲良くしていた友人の顔を思い出す。

 かわいらしくて三つ編みが似合う。


「最後に黒の令嬢の名に恥じない、相応しいことができてよかったわ」


 笑い声が学園内に響き渡る。誰もが不気味に思ったはずだ。

 私が図太く生きることにしたのは二年前。

 ずっと臆病なバンビちゃんのままだったら、彼の愛を獲得できたのかもしれない。

 毎日、意地悪をしてくる人がいるのに心弱くてはこの戦場は生き抜けない。

 気がつかない振りをして、相応のことをやり返してきた結果、与えられた称号は『黒の令嬢』。何もしてこない人には、人畜無害な人として、優しく公平にしてきたつもりだが、いつの間にか人々の間で噂されるのは、悪名高きあだ名。この髪も黒魔術使いである父のことも揶揄している。 

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