第八話 おっぱい星人、巻き込まれる
結局のところ、パーティーの合流は実にスムーズにいった。
外面の体面としても、フレアクロ―に敗退したプニルたちが戦力の増強を求めていたのは確かであるし、ミルヒア側もCランクの任務をソロで継続するのは無理があると思われていたからだ。むしろこの合流は至極妥当なものとして受け入れられた。
〈治智比べ〉で序列がついていたことも功を奏した。完全実力本位のこの国の気風では、敗者が勝者を素直に称賛し、敬意をもって接することを良しとする。言語としての矛盾を感じなくもないが『漢気あふれる』世界なのだった。敗者であるプニルがミルヒアを認め、傘下に加わる形で合流するとしてもなんら不自然な行動とは受け取られていない。
実務面でも実に具合がよかった。速度型であってもミルヒアとプニルは微妙に得意領域が違う。速度で先制して最大ダメージを叩きこむスタイルのミルヒアに対し、プニルは速度で相手を翻弄し手数で攻撃を加える戦い方を好む。前者は隙が大きく硬い相手に有効で、後者は素早い軽量級の相手ないし多数を相手取るのに有効だ。お互い得意な相手が違うのだから、それだけ対応できる局面が増えたわけである。さらにここに攻守双方の補助がかかるのだから、対応力は飛躍的に向上したと言ってもいい。
しかし、相手が硬く素早い相手だった場合はどうだろうか。
「そこであなたなのですわ」
プニルが俺の剥いたリンゴをほおばりながら言う。ちなみにここはギルドの中の賃貸小部屋である。多少の金銭を払えばプライベートスペースとして確保できるという代物だ。なるべく俺という存在を目立たせないためというプニル側の提案で使用することになった。
今俺はそのギルドルームでプニルに集団戦闘のレクチャーを受けていた。ミルヒアたち三人は演習場でコンビネーションの練習をしている。
「ミルヒアが加わったことで、従来のフォーメーションより幅がある連携ができるようになったとはいえ、純粋な強敵相手には万全とは言えませんの」
プニル曰く、先のフレアクロ―がそういう手合いらしい。ミルヒアが隙をつけるほど鈍重ではなく、プニルの得意とする電撃を受け付けない熱量の化身ともなれば、たしかに正面からどうにかできる相手ではない。そういう敵を押さえ込むのが俺の役割なのだという。
「バスティア、貴方の真価は『どんな相手でも一対一なら封じることができる』点にありますの」
それが雑魚であれ強敵であれ、懐に入りさえすれば〈房珠〉を持つ相手である限り揉み潰すことができる。逆に言えば雑魚相手に切って警戒されてしまったらもう使えない札ということだ。
「つまり、貴方はなるべく戦わないという立ち回りを心掛けないといけないのです」
プニル先生の結論はこれである。こちらを見下ろす形のよい〈房珠〉が文句あるかと問いかけている。ちなみに今日の〈鞘〉は爽やかな空色のシンプルなものだ。〈房珠〉の景色に文句はなかったが、それでも何もしないのが仕事と断じられては反論もしたくなる。
「しかし、それほどの強敵とか普段からのパフォーマンスを犠牲にしてまで警戒の必要があるか? 依頼としてなら回避することもできるだろうし」
「それがあるから念を押しているのですわ」
トントン、と部屋のドアをノックする音。
「プニルさん、いらっしゃいますか」
「……噂をするから来やがりましたわ」
チッ、と舌打ちして吐き捨てたプニルである。
* * *
「推薦型討伐指令? なんですかそれ」
ミルヒアも聞いたことがない言葉だったらしい。小部屋には鍛錬上がりの3人も加わり5人が揃っている。軽く汗ばんで息が上がっている3人の〈房珠〉は実に艶やかで素晴らしい。
「またなのですね」
「前回からそれなりに時間も経ちましたし、しょうがないかと」
ほう、とほほに手を当てるバリエラとなぜか俺の横に控えているデボネア。〈治智比べ〉以降なぜかやたらとこの位置に立ちたがるデボネアさんである。不自然だからとそれとなく注意してもなぜかそこにいる。人目を避けるために小部屋を借りるようになった理由の一つだ。
「こういうのは定期的にあるものなのか?」
俺の質問に、ですわ、と一言頷いて、プニルが説明を始める。
「マンチェスターの名が問題ですの」
いわく、冒険者への依頼というものは本来自由裁量で受けるかどうかを判断できる。一定のランクに至った場合など例外的に力量にあった任務としてギルド側から課されることがあるが、これすらも固辞しようと思えば固辞できるものなのだ。
そうして引き取り手の出てこなかった依頼はどうなるか。
「責任あるものの義務というやつですわ」
俗にいう名士にあたる身分を持つ冒険者が、半ば慈善事業として引き受けることとなる。マンチェスターに連なるプニルも当然その対象というわけだった。
こうして回ってくる依頼には必然的に危険度が高いものが多くなる。
「前もちょっと手ごわいサラマンダーって聞いて行ってみたらアレでしたし」
「あれは詐欺なのです」
「私たちを便利使いの格付け道具にするのはやめてほしいですわ……」
ずーんと沈み込む3人。世間知らずのお嬢様たちかと思ったらとんだ苦労人だった。あのとき突っかかってきた気持ちも今となれば理解できなくもない。
「……もしかして私たち、思いっきり巻き込まれてます?」
ジト目でこちらを見るミルヒアの視線を受け流す。こちらにばかり利が多い合流話かと思ったが、ちゃっかりプニル側も打算があって俺たちを取り込んでいたのだ。油断も隙もない。
こほん、と咳払いひとつ。
「とはいえ、ほおって置けば被害が拡大するのも事実ですの。街に根を下ろすものとしては引き下がるわけにもいかないのですわ!」
これにて異議は却下するとばかりに机をバンと叩くプニル。
衝撃で『北部山岳地で大量発生したシルフの討伐』と書かれた依頼書が舞い上がった。
* * *
北部山岳地というのは非常に気候の厳しい地域だ。冬になれば冷気を帯びた風が吹きおろし、夏は夏で異様な熱気を孕んだ熱波が吹きおろす。秋は秋で作物をなぎ倒さんと風が吹くし、春は春で花粉を大量に含んだ風が吹きつける。もう年がら年中風が吹きまくってる地域とのことである。伝説では熊の聖獣がこの地を守っているらしいが、こんな地を割り振られた熊も災難だ。
今の季節は深緑のころからだいぶ回って秋の始まりであるから、季節としてはだいぶマシなのであるが、今のうちにシルフを討伐をしておかないと冬のエルブレストがブリザードに覆われかねないということだった。
シルフとは〈房珠〉を持ったつむじ風である。強化されるのは『舞い上げる』という在り方で、暴走を始めるとあらゆるものを上空に巻き上げ地面に叩きつける『意思のある竜巻』という洒落にならない存在になる。
まともな対策をしていないものが挑めば、何もない平地の真ん中で墜落死という最期を迎えることになりかねない。
往路の道すがらプニルたちにレクチャーを受ける。高難易度討伐の経験はさすがに彼女らに一日の長がある。
「そこで私の出番なのですねえ」
バリエラが歩きながらえへんと言わんばかりに胸を張る。驚異のHカップ〈房珠〉も心なしか自慢げに跳ねる。山岳地域ということでみな毛皮を中心とした厚着で身を守っているが、もちろん〈房珠〉はいつでも〈抜頭〉できるようになっていた。
バリエラの持つ身体強化魔法の中に〈体重増加〉というものがある。状況によってはデバフともなりかねない魔法だが、何か重みのあるものを吹き飛ばさずに受け止めたり、今回のように吹き飛ばされたり弾き飛ばされたりするのを防ぐ際に本領を発揮する。
バリエラを軸に対竜巻防御を固め、ミルヒアは迎撃を、遠距離に電撃魔法が使えるプニルが駆逐を担当する。デボネアはいつも通りプニルの補助を行う。
「今回の相手は数の多い群体ですから、バスティアの刺さる場面はまずないでしょう」
デボネアが恭しくもなかなか容赦のないことを言ってくる。
「まあ俺の出番がないならないでそれは結構なことだ」
それならそれでバリエラの護衛でもしながら、皆の活躍する姿と跳ねまわる〈房珠〉を堪能すればいいだけのことである。
油断できぬ相手とはいえ、対策も万全ともなれば往路の足取りも軽くなる。
おそらくフレアクロ―に出会ったときのプニルたちも、今の俺と同じ心境でいたのだろう。