第七話 おっぱい星人、決着する
彼我の距離は15mほど。これを詰め切ればほぼ俺の勝ちだ。
有利な点はすでにデボネアの〈呪紋〉を解析していることと、ここしばらく丹念に〈房珠〉を観察できたことで彼女の魔力の流れを把握できていることだ。
不利な点はすでにこちらの手の内を警戒されていることに尽きる。俺の能力は優位を確信している相手の隙を突くことで最大効果を発揮するが、今回は相手に油断はない。
デボネアが〈鞘〉をむしり取ったのが開始の合図となった。形の良いEカップ〈房珠〉が弾けるように揺れる。
この動きがすでに〈詠衝〉なのだ。右の〈魔頭〉からは足元一帯を狙う〈足絡み〉が。左の〈魔頭〉からはピンポイントでこちらの頭部を狙う〈目眩まし〉が放たれる。
抜き打ちはしてくると思っていたが、まさかのダブルバストもとい多重詠衝とは!
不意を突かれた分初動が遅れた。前方に距離を詰めるかいくぐりは断念し、真横に転がるように身をかわす。
つい先程まで頭があった位置と足元が陽炎のようにぐにゃりと歪んだ。デボネアが感嘆の声を上げる。
「やはり見えていますか! この不可視の魔法すらも!」
違います。見ているのは〈魔頭〉です。それの角度とかすかな揺れ具合で着弾点がわかるだけです。おっぱい星人だからね!
ネタばらしする意味もないので不敵にニヤリと笑ってみた。デボネアは満足そうにコクリと頷くと、〈房珠〉に両手を添え、猛然と動かし始める。ハリのある〈房珠〉が歪むたびに無数の魔法力の光が生み出される。
不可視状態で撃っても知覚されるならと隠密性を解除して手数で勝負をかけてきたのだ。判断の切り替えが早い。しかし一方的にやられるわけにはいかない。こちらを多角的に穿とうとする無数の〈朦朧〉の魔法を〈伏虎〉で回避する。コンボさせるのはもちろん〈点睛〉だ。溜めたバネの力で一気に距離を詰める!
* * *
「予想以上に動けますです」
「どうやら本当に〈房珠〉に抗うための心得はお持ちですわね」
「バスティアはただの男の人じゃないんですよ」
「でも残念ながらここまでなのです」
「ええ、〈房珠〉なきものの力は所詮、本気を出した〈房珠〉あるものには届かないのですわ」
* * *
ボゴン
としか表現のしようのない衝撃だった。
左側頭部に不可視の重みある一撃を受け、その場に打ち転がされる俺。そんな俺の目の前を褐色の美乳が通り過ぎる。魔法の発動は見えなかった。何があった……?
揺れる視界の中で魔力の流れに集中して目を凝らす。なんとデボネアの〈房珠〉の周りに濃厚な魔力の塊がまとわれている。
ぶん、とデボネアが上から〈房珠〉を振り下ろす。その動きにあわせて〈房珠〉がまとった魔力の塊が鈍器のように振り放たれる。とっさに転がって避けた俺のいたところの土がはねた。
「その動きは見せていただいています。貴方が力に抗うものと知っていれば、毎朝の鍛錬の意味も見えてくるというもの」
「まさかあの動きの意味を正しく理解できるものがいようとはな」
まさか前世では誰一人意味を理解してくれなかったおっぱい星人奥義が理解される日が来るとは! うれしいやら悲しいやら、いやピンチなんだが。
デボネアの目がスッと細まる。
「舐めすぎですよバスティア」
まさに乱打である。縦横無尽に振り回される〈房珠〉に合わせて、濃厚な魔力のハンマーが空間をえぐり取る。動き自体は目で追える。〈房珠〉の動きを見ていればいいのだから。しかし効果範囲と勢いがありすぎる!
避けるだけで手一杯だ。せっかく詰めた距離だがしょうがない。俺は一旦後退して距離をとる。乱れた呼吸を整えようとするがダメージが大きい。思わず膝をついた。
しかし、デボネアの追撃はなかった。訝しんだ顔をすると、デボネアはとつとつと語り出した。
「〈房珠〉あるものになぜ〈房珠〉あるものが勝てないかわかりますか?」
一言一言、かみしめるように。
「〈房珠〉あるののが身を守ろうとする力、すなわち、在ろうとする意思に伴う魔力を〈房珠〉なきものでは貫けないからです」
自らがすがった可能性を諦めるように。
「つまり、貴方の手はもう私には届きはしない」
そして寂しそうに言う。
「やはり貴方は私の〈房珠〉に届くような存在ではなかった。それが証明されただけのことです」
「否、だ」
反射的に声が出た。デボネアがこちらを見つめなおす。
「届かない? 俺がそれを認めると思うか?」
目の前で揺れまくるおっぱいに手が届かないだと?
「俺がこの手でつかめるものを諦められると思うか?」
揉んでいいと言われているおっぱいを!
大きく息を吸い込む。呼吸を整える。
魂に喝を入れる。
忘れるな。俺はこの世界に、おっぱいを揉みにきたのだ。
おっぱいを揉みに来たのだ!
立ち上がる足に残った血液を流し込む。痛みで意識をつなぎとめる。
満足そうな、それでいて悲しそうなデボネアの声は、いっそ慈愛にあふれていた。
「来なさいバスティア。私の今生最後の仕事として、貴方を叩きのめして差し上げます」
「それじゃあ遠慮なく……胸を借りるぜ!」
望む望まざるにかかわらず、これが最後の攻防となる。
* * *
デボネアは魔法を使ってこなかった。
言葉通り、俺を叩き潰すという道を選んだらしい。律儀な女だ。そして、不器用な女だ。
見切られた魔法を使うくらいならと渾身のカウンターを練り上げて待ち構えている。
ならばこちらが取るべきもただひとつ、正面からの捨て身の突撃のみ!
ミルヒアが視界の外で息を呑むのを感じる。
プニルがついたのはため息か。
バリエラは……ええいこれ以上よそ見している余裕はない!
ダッシュ、跳躍、振り下ろしの右掌底。狙うはデボネアの乳ひとつ!
そこに万全の体勢から放たれる魔力の塊。美しい弧を描く褐色のEカップ。
「終わりです! バスティア!」
タイミングもコースも完璧なカウンターだ。空中にいる俺には身をよじるすべすらない。
確証があったわけではない。しかし、なぜだか確信があった。
俺を撃ち抜かんと迫りくる魔力の塊を前に、俺は冷静だった。
目の前にあるのは、〈房珠〉に結びつけられた魔力の槌。
俺の手に宿る力は、胸を揉むための力。
ならば、胸を守るその魔力は、それごと俺の手で揉み潰すことができるのが道理だ!
魔力という服越しに胸を掴む手の動きをイメージする。そして……揉む!
ガッ
「なんなんですのッ!」
驚愕の声をあげたのはプニルだった。
驚いただろう。俺の右手は確かに魔力の塊に食い込み、受け止めていた。
直接干渉を受けた魔力が、異常の力に掴まれて火花をあげている。
デボネアも驚愕をあらわにしている。魔力越しに〈房珠〉が俺の手のひらの形に歪んでいるのが見える。
〈房珠〉と魔力が連動しているということは、逆に魔力を押し返せば〈房珠〉をおしかえせるということ!
「うおおおおおおお!」
俺は猛然と右手の指を動かし始めた。指をわきゃりと動かすほどに、魔力の塊は揉み潰され、デボネアの〈房珠〉も形を歪める。
「ぐぅぅぅぅぅああああああ!」
しかしデボネアも折れない! 全身の魔力をかき集め、自らの〈房珠〉を両手で支え、魔力の塊を押し上げようとしてくる。
「まさか〈魔力〉にすら抗うとは……すんなり勝たせてはくれないのですね」
魔力を間に空中の俺とデボネアの力が拮抗する。
だが!
「勝つ? 俺を舐めすぎだぜ、デボネア」
「なっ!?」
「俺の腕は二本ある!」
ガッシィ!
左手も魔力の塊に食い込ませる。そして、俺は猛然と両手で魔力を……いや、魔力越しの〈房珠」を揉みしだき始めた。
わきゃ わきゃ
わきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃ
「うおおおおおおおおおおおおお!」
右手一本と吊りあっていた魔力の塊が腕二本に抗えるはずはない。
「あっ、あっ、あーーーーーーっ!?」
デボネアが焦った声をあげる。
残り50cm
30cm
10cm
そして
「あーーーーーーっ!」
「……揉んで、やったぜ」
とうとう俺の両手は、デボネアの〈房珠〉をしっかりと揉み掴んだのだった。
デボネアにはもう抵抗する力は残っていなかった。
* * *
勝敗が明らかになったとたん、俺もデボネアもくずおれた。
デボネアは魔力切れで。そして俺は純粋にダメージの蓄積で。
デボネアには支えようとプニルが駆け寄る。
そして俺は、ずぼり、と誰かの乳の谷間にはまり込んだ。
「お見事なのです。まさかデボネアちゃんに本当に勝つとは思いませんでしたです」
このおっとりとしたHカップ……バリエラか。
「プニル様とデボネアちゃんに代わってお礼を申し上げますです。バスティア様、ありがとうございました、です」
逆さに見えるバリエラのおっとりした顔が近い。この距離はまずい。慌てて視線を前に逸らせれば、デボネアがプニルに介抱されていた。
「すみません、全力を尽くして負けてしまいました」
「うん、うん」
「でも、それでも、やっぱり私には敵わない相手でしたぁ」
「うん、わかりましたわ。もう大丈夫ですわ、おかえりなさい、デボネア」
「うーっ、プニル様ぁぁぁ」
「うん、うん」
「男の人にまけてしまいましたぁぁぁぁ」
「うん、うん。私たちみんな出直しですわね」
「うーっ、あーーん、あーーん」
あのデボネアが子供みたいに泣いている。
それを見て一安心した。どうやら二人の間で必要な通過儀礼が済んだようだ。そっと目をそらす。
「ちょっと! それは私のです! 返してください」
「あら」
横合いから引っ張られて、ぼむん、と俺の頭は再び乳の谷間に潜り込んだ。
敬愛なる主殿は俺の頭を抱えるようにしながらバリエラを睨んでいる。バリエラもそれ以上絡んでくる気はないようだ。足早に自らの主のもとに駆け寄っていく。
心地よい乳圧の中で、なんとか頭を動かし、ミルヒアの顔を見上げる。
「やあ主殿、勝ったぜ」
〈房珠〉の谷間から見上げるミルヒアの顔は、それはもう見事にむくれていた。
「うーっ」
よくわからないうめき声らしき声をあげると、ミルヒアは俺の頭を挟んだまま猛然と〈房珠〉を動かし始めた。
わし、わしわし、わしわしわし
ああ、これは知っている。この〈詠衝〉は……
あふれる〈外傷治癒〉の光の中で、全身の打撲が癒えていく。心も体も癒えていく。
(ああ、これが勝利の報酬なら全然おつりが出るぞ……)
夢見心地というやつである。まさにおっぱい星人冥利ともいえる……
「バスティア様」
心地よいまどろみから唐突に引き戻される。身をよしってミルヒアの谷間の間から見てみれば、プニルたち3人が目の前に膝をついて控えていた。
様、付けときたか。頭上の死角にあるはずのミルヒアの顔まで困惑しているのがわかる。構わず続けるプニル。
「この度はそちらに受ける義理のないはずの私の申し入れた〈治智比べ〉を受けていただきありがとうございました。バスティア様は勝者として当然の要求を私にする権利がございますわ」
「私は直接戦い負けたのだからなおさら従う権利があります」
「わたしは主とお友達の付き合いでですねえ。止めなかったのだから連座ということです」
全員そろってくそ真面目か。しかし、報酬と言われてもな。
すでにデボネアの乳は揉ませてもらっている。バリエラの乳も堪能した。プニルの形のいい乳も魅力的だが勝負のどさくさで弱みに付け込む形で差し出させるのはおっぱい星人の理念にもとる。それだけ正面から挑んで揉み伏せたい美乳なのだ。
軽く逡巡する。そして命じてやる。今の俺に必要な要求というならこれしかない。
「だったら、黙っていてくれ。俺の力の秘密を」
きょとんとする三人。予想外の言葉だったのだろう。真意を測りかねているようだ。説明の必要がある。
「もともとこの〈治智比べ〉は真実を賭けた戦いだっただろう? だったら俺の勝利の報酬として、俺の秘密を隠匿する真実の隠蔽に協力してくれ」
話すべきか黙っておくべきか悩んだが、彼女らの真面目な性格を信用して続ける。
「正直、この力のことは他人には知られたくないんだ。下手をすると危険視されて狙われるようになるかもしれない。だから頼む」
俺はミルヒアの〈房珠〉に挟まりながら実に巧みに頭を下げた。
んっ、とかわいい声をあげてミルヒアが身じろぎする。主のナイスリアクションいただきました。顔が見えないのが残念です。
デボネアはプニルの判断を仰ぐようにその顔を窺っている。あれは『そんな簡単なことでいいのか』と思ってるな。くそ真面目メイドさんめ。〈房珠〉の揺れに不安が現れているぞ。
バリエラはほほに手を当てて首をかしげている。何を考えているのかわからない表情と〈房珠〉だ。
そしてプニルは得心したように頷いた。そしてこんなことを言いだした。
「でしたら、私たちが貴方のパーティーに加わりますわ」
「ちょちょちょ、なに勝手なこと言いだしてるんですか!」
黙って成り行きを見守っていたミルヒアが慌てて話に加わってくる。頭を挟む乳圧が上がって実に良きである。
「私の頭越しに勝手なことを言いださないでください! バスティアは私の従者ですよ!」
「だからですわ」
ぴしゃりとプニルが言う。胸を反らせたことで形のいい〈房珠〉がぷるんと揺れる。ああやっぱ揉ませてもらうべきだったかなー惜しいことしたかなーと少しだけ思う。少しな。
「貴方これからもバスティア様を仕事に連れ回す気でしょう」
「それはそうですよ。従者なんですし」
「そこでバスティア様の力を使って、明らかにソロではこなせない仕事の成功を繰り返せば、周囲にその仕掛けを疑うものがきっと出てきますわ。そこからバスティア様の力がバレてしまうかもしれないでしょう」
「う……」
ミルヒアはそこまで思い至っていなかったらしい。というか俺もだ。これは確かにプニルの言う通りだ。
「そこに私たちが仲間に加われば、戦力が拡大して疑惑が発生するリスクが減らせると思いません? これはあなたの要求を叶える手段ですわ」
「一理あるなあ」
「バスティア―!?」
「ミルヒアにとっても悪い話ではないでしょう。仮にも私に〈治智比べ〉で勝っているのですから、戦力として相手を取り込むことは不自然ではないですし。ミルヒアが主導で私たちを取り込んだ形にすれば、今日の〈治智比べ〉そのものの事実を世間に隠すことができますわ」
「これはーっ……利益とかー、そういう問題でなくー……」
ミルヒアの歯切れが悪い。
「バスティア様はどうお考えですの?」
「……とりあえず様付けはやめないか? なんかそこから周りにバれそうな気がする」
「もちろん仲間には様なんて付けませんわ」
にっこりとプニルが王手の一手を打ってきた。初めて見るプニルの笑顔だった。
* * *
3人が帰ったあと、俺はミルヒアの部屋に呼び出されていた。もちろん朝食はお預けである。
顔が怖い。俺は正座させられていた。黙って従う。逆らってはいけない気がする。
ぼそっとミルヒアが言う。
「なにか言うことがあるんじゃないですか」
「言うことも何も、ことの始末は全部見ていた通りで」
「そーじゃなくてーっ!」
まさかの背負い投げである。何をされたか気づかないうちに、ミルヒアの寝台に投げ飛ばされていた。
ミルヒアが上からのしかかってくる。ぐえ。
「勝手に秘密の力を自分から話した詫びとかっ! この期に及んで私にまで異世界から来たことを隠してる詫びとかっ! あるでしょう!」
……
……!?
「バレてたのか!?」
「バレないわけないでしょう! あんなに〈房珠〉に造詣のあるバスティアがこの世界の〈房珠〉のことを聞いてくることが不自然なんです!」
「そこからかー!」
かなりはじめのうちからバレていたことになる。
ということは数々の無理のある嘘もわかって付き合ってくれていたことになるわけで。
あかんこれ思った以上にいたたまれない……
「目をそらさないでください」
主殿は容赦がなかった。
「もしかして私のことバカだと思ってました?」
「いえ決してそんなことは」
「私のほうがバスティアより年上なんですからね? 馬鹿にしないでください」
……
……!?
「えーー!?」
「私前に言いましたよね? 〈房珠〉あるものはそう在る力が強化されるって。歳をとるのも遅く見えるって」
言ってた。確かに言ってた。
なんということだっ! この物語で〈宝珠〉を晒している人たちは見た目に関わらず19歳の俺よりも年上ということでお送りしておりますッ!
ミルヒアはふーっと長い溜息をついた。
「わかりました。バスティアはそういう性質なんですね。誰であっても目の前で困っていたら秘密がバレるとかそういうの関係なしにホイホイ助けちゃう人なんですね」
「それ責められることかな!?」
「もーーーーーー!」
主殿ががばりと〈抜頭〉あそばされた。張りのある〈魔頭〉まで爛々と怒りに震えている。
「異世界から現れて右も左もわからないのに、最初に私を助けてくれた特別な存在だったんだと思って迂闊にもキュンときてた過去の私に謝ってください!」
ぼこ ぼこ ぼこ
馬乗りになった体勢から本日2セット目の魔力を帯びた乳ビンタである。
「ごめん、ごめんて」
ぼこ ぼこ ぼこ
この甘くも響く主殿の悋気は、たとえおっぽい星人でなかったとしても、主殿の気が済むまで無抵抗で受けなくてはいけないものなのであった。