最終話 おっぱい星人
「最後に話せてよかったよおっぱい星人。もしかしたら新しい世界を共に歩めるんじゃないかって期待もしたけれど、どうやら無駄だったようだね。せめて君の愛するこの世界と一緒に盛り殺してあげるよ」
「うおおおおおお! やめろ盛り芸術ッ!」
掴みかかる俺の腕は盛り芸術の体を虚しく通り過ぎた。
「無駄だ! 僕はもう概念と一体化した! 力では止めることはできない!」
盛り芸術が両手を天にかざす。
途端に月がビクンと跳ねたように見えた。
「今、月を 盛り芸術秘具として捉えた。さしずめあれは 盛り芸術秘具〈月神〉といったところかな」
そして、その両手が地面に向かって振り下ろされた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
空が鳴動する。空だけではない。地面も震え始める。
「乳を盛る概念はすでに月の在り方を決めた! あの月はすでにこの地球に落下せんと近づいできている!」
「貴様……なんてことを……なんてことをッ!」
「止めたかったら止めてみせろよ。お前の乳揉む力で、僕の乳盛るに勝てるか!? おっぱい星人!」
盛り芸術が狂気的に笑う。
お前ごときに何ができるのか? その目は雄弁にそう語っていた。
このままではみんな死んでしまう。
この狂った異能の力を止められるとするなら、同じく狂った異能の力を持つ俺だけだ。
やれる。
やれる、はずだ。
かつてプニルに言われた言葉を思い出す。
一対一なら、俺はどんな〈房珠〉にも負けるはずが……ない。
天を仰ぐ。
俺が止めるしかないのだ。あの月を。
俺があの月を揉んで、盛り芸術に刻まれた破滅の在り方を〈矯正〉するしかない。
それ以外にあの圧倒的な質量を天に押し戻すことはできない。
俺は山の上の巨大〈魔頭〉の上に立つ。
空全体を異様な色に染め、確実に近づいてくる月を睨みつける。
「へえ、やってみせるかおっぱい星人! いいね、僕たちの仲はそうでなくちゃいけない!」
「うるさい! 今はもう貴様を友とは思わない!」
集中する。想像する。イメージを重ねる。
念じる。あの月は、おっぱいなのだと自分に思い込ませる。
脳裏にあるあらゆるおっぱい画像を、おっぱい映像を重ね合わせてみる。
だが……
だがっ……!
「無理だっ……」
頭上に輝く月を見ても、あれおっぱいには流石に見えねえ!
レベルが高すぎる……これが俺と奴の格の違いなのか……?
昔の人は偉い。天に散らばった星をつなぎ、そこに動物の姿を見た。
その中には乙女の姿もあった。
ただ光る点をおっぱいに置き換えた彼らと比べて、この俺のなんと無力なことか……ッ。
決定的に足りないのだ。
あの光り輝く月を、今まさに地球に激突せんと近づいてくる月を、おっぱいと思い込む最後のピースが。
だが、それがまるでわからない。
頭上に手を伸ばす。俺の力は何も答えてくれない。
だめ……なのか? これは俺の力には余ることなのか……?
「いい加減諦めなよおっぱい星人。友のそんな姿はもう見るに堪えない」
力なく項垂れる俺の横に盛り芸術がふわりと立つ。
「そうだ、今からでも僕と一緒に次の世界に来るなら、キミの好きなおっぱいをいくらでも用意してあげるよ。そうすればいくらだって好きな乳が揉める。夢のような世界だろう?」
「一年前の俺なら頷いてただろうな……」
だが、もう頷くわけにはいかない。
この世界で結んだ絆を俺は裏切れない。
そして、この世界には、俺が心からおっぱいを揉みたい人が待っているのだ。
もう一度立つ。念じる。さっきよりも迫った月。もはや表面の微細な凹凸すら確認できる距離だ。
念じる。掴む。揉む。
だが、できない。それでも、諦めるわけにはいかない……っ。
王都でも、聖都でも、フリントでも、この光景は見えているだろう。
もちろん今エルブレストで戦ってる皆にだって見えているはずだ。
だが、皆は俺ならきっとなんとかしてくれると信じてくれているんだ。
……
どれだけの時間が経っただろうか。
俺はすでに俺は平衡感覚を失っていた。
口はからからに乾き、まっすぐ立つのもおぼつかない。
月面は手を伸ばせばすでに掴めそうな大きさにまで迫っていた。
なのに、掴めない。どうしても、揉めない。
「終わりだ。この星にあるものはすべて一度リセットされる」
俺の最後の奮闘を見届けたと思ったのか、盛り芸術が姿を消した。
俺は、倒れ込んだ。
もはやどちらが大地かもわからない……
体が月に向かって落下していく錯覚を覚えた。
もう、体が動かない。
このまま、俺は潰されて死ぬのか、それとも、月に落ちて死ぬのか。
天にある地と地にある地だ……
そんな文学的なフレーズが脳裏をかすめた。
……
天にある地と地にある地。
地と地。
チチ。
嗚呼……
嗚呼!
繋 が っ た !
立ち上がる。
俺は迷いなく左腕を足元の大地に向かって突き立てた!
月をひとつ眺めてもそれをおっぱいと認識するのは不可能だ。
だが、その横に地球が並んだなら?
月と地球。
ふたつ揃って、おっぱいだ!
「うおおおおおおおお!」
脚と腕に力が戻ってくる!
目に力を込めた。〈房珠〉の山を貫いて、その奥、この地球全体の魔力を捉える。
天の地と地の地、ふたつの大地に流れる魔力の流れが鮮明に網膜に流れ込んできた。
両手に宿る乳揉む力が、月と地球の魔力を揉ませろと俺に訴えかける。
……これなら、揉める!
今度こそ、俺は右手を天に向かって、月に向かって突き出した。
左手て地球を、右手で月の魔力を掴む。掴めた!
あれほど遠かった月が、おっぱいとして俺の手の中にある。
俺は大地を見下ろした。
そうか、そうだったんだな。
この地球は、はじめからおっぱいだったんだ。
俺は、おっぱい星人だったんだ!
あとは揉むだけだ。
「地球は足元に、月は天に!」
ふたつの大地のあるべき姿を鮮明にイメージし、その魔力を絡めとる。
そう、俺のイメージする月の姿は……!
あの日、ミルヒアと見た、薄い三日月。
「そう在れ!」
もみゅりっ
月は空に在れ!
「そう在れッ!」
もみゅりっ
この大地と月は、離れて在れっ!
天を揉み、地を揉み、人を揉む。
「俺は、おっぱい星人だっ!」
もみゅり もみゅり もみゅり
地面が鳴動する。月面も心持ち揺らいで見える。
俺の掌の中で二つの大地が在り方を正されていく。
俺は、もう一度、ミルヒアに言わなきゃならないのだ。
月が綺麗ですね、と。
だから……
「月よ! お前はそこに居やがれッ!」
俺は揉んだ。何度も、何度も。夜が明けるまで。
* * *
満月が西の空に消えていく頃、山の上には朝日が差し込んできていた。
大の字になって倒れる俺の横の横に、音もなく盛り芸術が現れる。
「そんな……本当に月を押し返しただと……! 僕の乳盛る力が届かなかっただと……!」
驚愕に震える盛り芸術に俺は静かに告げた。
「地球は、もとより、おっぱいだったよ」
盛り芸術がぴたりと固まる。
「お前は、おっぱいそのものにおっぱいを盛ろうととしていたんだ」
言葉の意味が浸透したころを見計らって、俺はとどめの一言を放った。
「おっぱいに、おっぱいを付けたら、それはなんかもう別の変なものだろう?」
盛り芸術は目を見開いて黙り込んだ。
そして、長い時間をかけて、力なく笑った。
「ハハ、そうだ、その通りだ」
そういう盛り芸術の姿は、光に包まれていた。
「僕は、おっぱいにおっぱいを盛ろうとしていたんだな。それは……盛り師失格だ」
盛り芸術は自らの体に何が起こっているか理解しているようだった。
「僕はここまでだ。乳を盛る概念に反することをしてしまったからな……自己矛盾に在り方が耐えられなくなっているんだ」
「盛り芸術……お前、正気に戻ったのか」
「ハハ、おかげで〈房珠〉の呪いからも解き放たれたらしい。穏やかな気持ちだよ。おっぱい星人」
盛り芸術は満足そうに息を吐きだした。
「盛り尽くしたか?」
「ああ、未練はないよ。もうこの世界に俺が乳を盛るべきものはない」
そういう彼の瞳は未練の欠片すらも感じられないほどに、穏やかだった。
「お前は? まだこの世界に未練があるのか?」
「ああ。まだ、全然おっぱいを揉み足りないからな」
この世界に来て、〈房珠〉は何度も揉んできた。だが、それだけだ。
俺はこれからおっぱいを揉みに戻るのだ。
何の理由もなく、ただ、揉みたいから揉むのだ。
それが真の乳揉みなんだ。
命を賭けて、やっと、至った。
盛り芸術が笑う。
それは懐かしい友の笑いだった。
「僕たち、最高だったな」
「ああ、最高だった」
それが、俺たちの別れの言葉になった。
* * *
俺が下山する一歩一歩ごとに、山が地面に吸い込まれるように静かに消えていく。
大地を揉むついでに街も〈矯正〉されていたらしい。
そして、同時に町全体を覆っていた異様な乳気も消し飛んでいた。ゴーレムたちの気配ももはや感じない。これ以上、この地でむやみに〈房珠〉が盛られることはないだろう。
すでに〈房珠〉をもって変わってしまったものがどうなるかは、まだわからない。
力をもって生まれるか生まれないかは運次第だ。そして人生はどう転がるかもわからない。
その中で、「これが自分だ」と自分の在り方を見つけて生きていくしかないのだ。
ああ、大通りを皆が走ってくる。
彼方に見えるのは……ローセリアとスリザリアか。酷い格好だ。
ドレスは完全にボロボロであの剣呑な〈房珠〉が完全に丸出しになっている。
でも、無事だ。
成し遂げたんだな。皆。
さすが俺の仲間たちだ。
激戦を思わせる完全〈抜頭〉状態の皆に俺は手を振った。
ここには、みんながいる。
プニルがいる。つんとハリのある成長途上の〈宝珠〉が揺れている。
デボネアがいる。どかんと突き出すような弾力のある〈房珠〉が揺れている。
バリエラがいる。ふんわりと大きく包むような〈房珠〉が揺れている。
砂霧がいる。しなやかで決め細やかな触り心地の〈房珠〉が揺れている。
氷毬がいる。小さな体に不釣り合いな丸く突き出した〈房珠〉が揺れている。
奏鳴がいる。大きくも筋肉に支えられた健康的な〈房珠〉が揺れている。
灼狩がいる。見るものを圧倒させる生命力に満ち満ちた〈房珠〉が揺れている。
そして、ミルヒアがいる。
誰よりも俺が揉みたいと願った〈房珠〉……いや、おっぱいが揺れている。
ああ、胸がいっぱいだ。
おっぱい星人冥利に尽きるッ!
【バスティアン・サーガ 完】
これにておっぱい星人の物語は完結です。
無事二か月最後まで走り抜けられました。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
よろしければ評価をお願いできたらと思います。
語り尽くせない分は活動報告の方で書かせていただきます。




