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第六話 おっぱい星人、挑まれる


「バスティアというのですね」

 そんな生活をひと月ばかり繰り返したある朝、とうとうデボネアがこちらに声をかけてきた。

 ちょうど日課の鍛錬を終えたタイミングだ。子供たちは解散し、他には誰もいない。


「おはようございます。失礼ながら貴方は?」

「お久しぶりでございます。デボネアと申します」

 初見のふりをしてとぼけたこちらを軽く受け流して、デボネアが名乗る。

 観念してこちらも名乗りなおす。今日になって話しかけてくる意図がまるで分らない。


 油断なくデボネアを観察する。今日は鎧のない乳出しメイド服に黒いレースの〈鞘〉という姿だ。

 歳のほどは同い年くらいか。ややきつめのぱっちりした紫の瞳がこちらを探る様に見つめている。青みがかった長い髪が褐色の肌に合わさってよく似合っていると言えそうだ。

 はっきり言って美人と言えよう。だがこんな至近距離まで来たおっぱいを見逃してはおっぱい星人の名が廃る。

 おっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)〈幻照〉(げんしょう)を発動しつつ、紳士的に尋ねる。 


「はたして、どのようなご用向きでしょう」

「いえ、近くに通りかかったものでご挨拶をと」

 小さく首をかしげながらデボネア。とぼけやがる。毎日こっち見てるの知ってるんだぞ。

 本人はおくびにも出さずにデボネアを木陰のベンチに通す。ギリギリ失礼にならない対応だろう。 

 そっちがその気ならこっちもこの機におっぱいを堪能させてもらう。


「変わった体操をなさるのですね」

「従者も体力勝負ですからね。主の邪魔にならないように鍛錬はしておかないと」

「ええわかりますわ。私もいつも主の足を引っ張ってばかりですもの」

 軽いジャブを交えた探りあいである。ウフフオホホと社交辞令的な笑いを交換する。


 デボネアが軽く伸びをする。柔らかそうな〈房珠〉が〈鞘〉からずれそうになる。

 ムッ、これは、と思わず凝視しそうる俺をデボネアが見ている。危ないところだった。おっぱい見てるのバレるところだった。


「魔法があってもなかなか不器用なもので、いつも思い通りにできないのです」

 つつ、とデボネアが形のいい褐色の〈房珠〉を指でなぞる。

 こちらは生唾を飲み込みながら答える。

「魔法があるだけでも大きな力じゃないですか。羨ましい」

「使いこなせなければ力などないほうがいいのかもしれません」

 〈鞘〉を直すふりをして〈魔頭〉をちらりと見せてくる。


 いかん、罠だとわかっても視線が誘導される! こいつ……俺を翻弄する気か!

 全神経を集中させて無理やり視線を〈房珠〉から外す。


「……贅沢な悩みですね」

 口をカラカラにさせながらなんとか言葉を絞り出す。

 デボネアはちらりとこちらをうかがうと、体を勢いよく大きくよじった。


 もともとサイズ的に極めて心もとなかった〈鞘〉がはじけ飛んだ。 

 ばるんと弾み目の前に突き出された一対の見事な褐色の〈房珠〉。

 〈魔頭〉が鋭くこちらを睨むように突き付けられている。


 ごめんなさいこれは見ますわ。見るなという方が無理。

 むしろ触りに行かなかった俺を誰か褒めてくれ!

 この世界に来て遠目に見るおっぱいには多少慣れてきた俺だが、至近距離のおっぱいとなれば話は別である。ありがとうございました。心のメモリーに大量保存する。 


 そんな俺の様子にデボネアの目線がすっと細くなった。

「……流石ですね。恐れる様子もなく片時も〈房珠〉から視線を外そうとしない」


(ちがいますおっぱい見てただけですすいません他意はないんです)

 とも言えないのでそれっぽい感じに取り繕う。


「なに、身に沁みついた習慣でしてね、お気に触ったなら失礼を」

「やはり、何らかの心得があるのですね」


(オーマイガ、藪蛇じゃねえか!)

 迂闊な言葉選びを悔いるも手遅れだ。


「児戯にも等しきものです。魔法使い様に目をかけてもらうようなものではとてもとても」

「それにしては魔法を恐れているようにはとても見えませんが」

「ご勘弁を。所詮は男の身ですゆえに」

 いかん、この姉ちゃん滅茶苦茶鋭い! というか俺が狼狽しすぎている!


 しかしこちらが動揺から立ち直る前に、デボネアは〈房珠〉を大きく揺らして立ち上がった。

 そしてこちらに一礼して言う。

「今日は大変有意義な時間を過ごせましたわ。また後日改めてお会いしましょう」

「……お手柔らかに」


 結局最後まで相手のペースに引きずられてしまった。どこまで探られてしまっただろうか。


    *    *    *


 ……翌朝、門柱の陰からこちらを窺う頭が2つに増えていた。

 ため息ひとつ。もちろん見覚えのある顔である。

「バリエラと申しますです」

 予想通りの自己紹介をしたおっとりお姉さんメイドである。全体的にむっちりとした毛量の多い猫を思わせる。


「デボネアちゃんがどうしても確かめなきゃならないことがあるというから見に来ましたです」

 見た目通りのおっとりとした口調でずけっと切り込んできた。横であちゃーっといった様子を見せるデボネア。

 構わずぐいと顔を近づけてくるバリエラ。じーっとこっちをのぞき込んでくる。顔が近い。たゆんと弾む柔らかそうな色白のEカップ〈房珠〉も近い。〈鞘〉はレース地の紐仕様である。いい仕事だ。


「そんな特別な力を持っているようには見えませんですね」

 ふむ、と勝手に納得してあごに手を当てるバリエラをデボネアが引きずって帰る。


 あとには丁寧に包まれた手土産の茶菓子の包みが残された。


    *    *    *


「なんで私の知らないところで勝手に親交を深めてるんですかーっ!」

 たかる子供たちからなんとか確保した茶菓子を俺の分までほおおばりながらミルヒアが吼えた。


 驚いたことに茶菓子はあんこパイだった。あんこ的なものがあるのかこの世界。

「別に親交を深めている気はないぞ。あ、ミルヒア、茶菓子をもらった以上は明日は茶でもてなさないといけない。ティーセットはあるか?」

「親交深める気満々じゃないですかーっ」

 敬愛する主殿の地団駄である。まるだしのDカップ〈房珠〉がばるんばるん揺れる。


「そうは言うけど、俺は男で従者で身分が低い。あまり強気の対応をするのも不自然じゃないか」

「相手も従者なんですからいいんですよ! 主同士の〈治智比べ〉で勝ったんだからバスティアも少しくらい威張ってていいんです!」

「そういうものなのか」

「そういうものなんです」

「じゃあそうするとしよう」

「そうしてください」

 主殿はそういうとやっとあんこパイを飲み下した。


    *    *    *


 翌日の朝。

 柱の陰の頭が三つに増えていた。


「あなたがバスティアですの?」

「左様で。プニル様。おはようございます」

 相手方の主が来てしまった。少しくらいで威張ってはいけない相手だ。さすがにデボネアもバリエラも〈魔頭〉まで直立不動のメイド立ちである。

 ミルヒアより一回り小さい赤毛の侵入者は遠慮なくこちらを値踏みしている。前会ったときとは違う白いドレス姿だが、足元は白い皮の乗馬ブーツだ。胸元は言うまでもなく大きく開いたデザインである。ドレスと揃えて仕立てられた〈鞘〉が倒錯的な色気を放っていた。


 しょうがないのでお茶の用意をする。たどたどしく茶器を扱っていたら横からバリエラに奪われてしまった。

 結局バリエラの淹れたお茶を一口口に含み、プニル様はこう言ってのける。

「おかまいなく。貴方はいつも通りになさって」

「はぁ、では……」

 いつも通りをご所望となれば、しょうっがない。子供たちも集まってきてしまった。日課の鍛錬を始めるしかない。

 お嬢だ、お嬢だ、とたかる子供たちを見事にオーラひとつで一蹴したプニル様は、じっとこちらの動きを見ていた。


 おっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)はただの格闘技ではない。本質は足捌きとタイ捌き、そして知覚の幅を広げておっぱいに近づき真摯に向き合うための技術なのだ。傍から見れば鍛錬も体幹移動に重きを置いた体操にしか見えないだろう。本当に隠しておきたい秘奥は伏せておく。


 基礎の型をいつもの倍の時間をかけて仕上げ、子供たちの動きの指導をし朝食に戻らせ、俺は再びプニルに向かい合った。

「お待たせしました。日課の健康体操など見られても何も面白くなかったでしょう」

「そうですわね。不思議な動きだとは思いましたけど、それがどうとは思いませんでしたわ」

「恐縮です。つまらないものをお見せしまして」

 よしボロは出さなかったらしい。お帰りはこちらです、と案内しようとする俺をプニルが制する。

「でも収穫はありましたわね。貴方が只者ではないと確信を持ちましたわ」

 心臓がびくんと跳ねる。


「貴方、鍛錬の間中、私たち三人の〈房珠〉から片時も意識をそらさなかったでしょう」

 

 ……


 バレてたああああああ!

 全意識をおっぱいに向けているのがバレてたああああああ!

 

 いやそりゃ見るでしょうよ! 目の前に小大特大の美乳が並んでこっち向いてるんだもの!

 おっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)の鍛錬をしながら〈幻照〉(げんしょう)〈雪庇〉(せっぴ)を同時発動する神業を使ってめっちゃ見てましたよ!


 悶える俺にむしろ感心するように頷き、プニル様は言ってのけた。

「主として命じます。デボネア。バスティアに〈治智比べ〉を挑み、その力のほどを私に見せなさい」

「御意のままに」

「なに勝手に進めてるんですかーっ!」

 なかなか朝食の場に現れない俺を探しに来たミルヒアが猛ダッシュで割り入ってきた。

 


「チッ」

 御令嬢の口からこぼれる舌打ちである。悪びれる様子もないプニルにミルヒアが詰め寄る。

「なんで貴方までうちにきてるんですか! 私のバスティアに絡むのはやめてください!」

 おお……主殿が俺をかばってくれてる。ちょっとキュンときたぞ。


「貴方には用はありませんわ。用があるのはそこのバスティアです」

「バスティアは私の従者です! 私に話を通すのが筋でしょう!」

 デボネアはすっと間に入って頭を下げる。

「申し訳ありませんミルヒア様。私のわがままでございます」

「……どういうことか説明してください!」

 怒りに震えた〈房珠〉を荒げた呼吸で上下させながらミルヒアが言葉を絞り出す。むき出しの〈魔頭〉か完全に屹立して臨戦態勢だ。ここに来るまでにすでに身体強化で脚力のブーストをかけていたらしい。


「恥ずかしながら私は先日の〈治智比べ〉にて不正を試みようとしました。我が主を利さんと」

「……」

 腕を組んで蒸気を出しているミルヒアの前でデボネアは続ける。

「しかし、その企みは失敗したのです。信じられないことにそちらの方、バスティアの手によって」

「だから買いかぶりだ」

 否定する俺にプニルが口をはさんだ。


「私も信じられませんでしたわ。だから確かめに来たのです。もし貴方が力あるものであるなら、デボネアは己より強きものに出し抜かれた結果、主を守れなかったという汚名を得ます」

「そうでなければ?」

「デボネアは理由なく主に牙を剥いた反逆者として、私が処分することになりますわ」

 さらりと言ってのけたプニル。いや冷静な風を装っているが、その声は震えている。



 関わらないほうがいいのに理解してしまった。

 デボネアは主の名誉のために、自分が余計なことをしたせいでプニルが負けたと正直に主に申告したのだろう。その忠義心がデボネア自身に己の罪を黙っていることを許さなかったのだ。

 しかし勝負は勝負だ。プニルは従者の不始末で負けたという結果には言い訳はしなかったのだが、ここで問題になったのが『なぜデボネアがプニルを害することになったのか』ということなのである。


 それが外部の意志によってなされたのであれば、デボネアは汚名を得れどもそれは忠誠心がゆえにということになる。しかしそうでなかった場合、デボネアは自らの意志で主を裏切ったことになってしまうのだ。

 デボネアが忠誠心を疑われることを良しとしない以上に、プニルも己の従者を上に立つものの倣いとしてただ罰することに激しい抵抗があったのだろう。この不器用な主従はその解決の唯一の答えとして『不忠の心なく主に不可抗力で害を為してしまった』ストーリーを求めてここに来たのだ。


 つまり、この主従は俺のせいで従者を切るか切らざるかの窮地に追い込まれている。



「わかった」 

「バスティア!?」

 ミルヒアの非難するような声を制して、俺は一歩前に出る。

「引くに引けないんだな。その忠誠心と誇りに賭けて」

「ご理解感謝します」

 デボネアが恭しく一礼した。驚いたことに、プニルとバリエラもそれに倣った。


 この不器用な主従を救うためには、俺自身が『デボネアが出し抜かれるような強敵』であることを示さねばならない。つまり、デボネアに勝って見せねばならないのだ。

 手を抜いて負けることは許されない。そしてデボネアは己の忠誠心を確かめるためにも手を抜こうとはしないだろう。


「バスティア……」

「すまない、ミルヒア。この戦いは俺の在り方に関わる戦いなんだ。許可してほしい」

 目の前にあるおっぱいが俺のせいで失われるなんて耐えられない。


「貴方が得るものは、何もない戦いなんですよ?」

「これは失くさないための戦いなんだ」

 今目の前にあるおっぱいを。


「戦うことで何かを失うかもしれないんですよ」

「それでも目の前で失われるものに俺は耐えられない」

 なによりおっぱいを揉みに行く機会を見逃すわけにはいかない。


「……」

 黙り込むミルヒア。しかし、きっぱりと言ってのけた。

「勝ちなさい。貴方自身のために」

「心得た。主殿」


「マンチェスター家が従者、デボネア。バスティア殿に〈治智比べ〉を申し込む。賭けるべきものはただ真実のみ」

 正式な名乗りなのだろう。ならばこちらもそのつもりで名乗るしかあるまい。


おっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)バスティア、受けて立つ」


 まだ朝も早い孤児院の裏庭で、静かに戦いが始まった。



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