第五十五話 おっぱい星人、先駆ける
本気を出したティッツボムの弾幕はまさに瀑布と表現すべき苛烈さだった。
豊かな〈房珠〉が横薙ぎにされるたびに、屹立した〈魔頭〉から横一列に〈炸裂〉の魔法が放たれる。
左右にかわすことはままならない。宙に避けるには範囲が大きすぎる。なにより下手な避け方をするとせっかく建てた氷壁の砦が内側から破壊されてしまう。
〈全方位障壁〉
バリエラの障壁に守られながら、俺たちは完全に立ち往生していた。追い込んでいるのはこちら、だが時間が味方しているのはあちらなのだ。ティッツボムは自らが力尽きようと砦が破られるまで俺たちを近づけなければそれで勝ちなのだ。
「このまま削り取って差し上げます」
ティッツボムの宣言はそれを現実にするだけの力を持っていた。ちくしょうおそるべきボムボム団総長。最強の矛と称されるだけの火力を確かに持っている。意図した弾幕密度では下手をすると〈聖雷光〉を上回る威力だ。大きな失敗をしてもなおドンが手元に置いておきたい気持ちもわかる。
「させませんよっ!」
しかし総長というならバリエラもそうだ。苛烈な波状爆撃の爆風も障壁のこちら側には欠片も通さない。まさに最強の盾であった。
なら最強の矛と盾、戦ったらどちらが有利か?
答えは矛だ。なぜなら、この矛は勝ち切る必要がないからだ。そして盾の方は勝ち切らなければ負けなのだ。
ならば盾が勝つためにはどうしたらいい?
俺だ。
俺が動かなければ攻撃の目はない。
しかし……!
「なんて弾幕だっ……!」
「〈障壁〉から出ないでくださいねっ!」
「出たくても……身動き取れねえ!」
攻めようにもバリエラの防護圏から離れられない! バリエラの障壁魔法はバリエラに近ければ近いほど強力な効果を発揮する。しかも今回バリエラは〈耐熱障壁〉〈物理障壁〉〈耐衝撃障壁〉の三重展開で爆発を凌いでいる。同系統同座標魔法とはいえふたつの〈房珠〉で三つの魔法を展開する時点ですでに神業の域だ。
きっと、バリエラは今までもこうやって戦ってきたのだ。
守り切れないものを抱え込んで、守り切れなくなるまで耐えて。
……
だめだろそれ。
同じ思いをバリエラにさせちゃダメだろ。
過去にどんな舎弟がいたかは知らない。力なき男を守りもしたのだろう。
だが俺は違うだろ? バリエラにすべてを背負わすためにここに立っているんじゃない!
この戦いはバリエラに守らせちゃだめだ。
殴りかかるのは俺の役目じゃない。
グローブを付け替える。選ぶは両手ともにアダマンタイトグローブ。
完全防御の構え。
「バリエラ。攻めろ」
「えっ」
「バリエラ。ティッツボムとはお前がカタをつけろ」
「でも、防御は」
「俺が受け持つ」
グローブをかざす。
「俺がバリエラを守ってやる」
バリエラの視線が揺らいだ。おそらく今まで一度も言われたことがない台詞だろう。
その揺らいだ視線の先に誰の陰を見ている? 散っていった舎弟たちか? それとも過去の自分の姿か?
悪いな。過去の亡霊たち。これからあの目には俺の背中を見てもらうって決めたんだ。
もう一押しする。
「ダメだったら、一緒に死んでやるから」
バリエラの顔がくしゃくしゃになった。そして、無言で頷く。
バリエラから視線を外し、守るように前に立つ。
両手は前に。いつ〈障壁〉が解除されても大丈夫なように。
「5秒後に先陣を切って飛び出す。ついてきてくれ」
それだけあれば、目元をぬぐうくらいの時間にはなるだろう。
* * *
バリエラが〈詠衝〉を一瞬で切り替える。俺たちの周囲を覆っていた堅牢な障壁が消え、バリエラの両手に光輝く魔力の手甲が現れた。
障壁を集中させたバリエラの攻撃態勢。あれだけの力ある衝撃だ。収束させれば強力な魔力の杭打機となって相手を吹き飛ばすだろう。
バリエラはここからこの手甲の維持と、加速のための身体強化に〈詠衝〉を集中させる。つまり、無防備になる。
命、預かったぜバリエラ。
景気づけに迫る〈炸裂〉を左右に弾き飛ばし、俺は駆けだした。
「向かってきますか! 小癪な!」
こちらが動いたと見るや、ティッツボムは広範囲攻撃から集束攻撃に切り替えてきた。
両手で〈房珠〉を回転するかのように〈詠衝〉させる。途端に俺の進路に無数の魔力の〈機雷〉が生みだされる。
小癪はそちらだ!
おっぱい星人奥義〈空蝉〉!
パン パン パパパパパン パン パパン
体をねじるような動きで腕を振り回し、無作為に並べられた〈機雷〉をことごとく消滅させていく。
もともとは小学生のころに開発した、ラジオ体操に熱中するふりをしながら狙いすまして隣の子におっぱいタッチを仕掛けるための技だが、無理な体勢から狙ったところを触りに行くにもこの技の仕様は具合がいい。
〈機雷〉をひとつ残らず取り除く。姿こそ視界の外だが、確実にあとからついてきているバリエラのために完璧なタンク役を果たしてみせる。
「噂通り奇妙な技を使うのですねっ!」
ティッツボムが〈詠衝〉を切り替える。この世界、強い使い手は〈詠衝〉の切り替えが極めて早い。判断力、対応力が桁違いだ。
数を諦め貫通力の真っ向勝負。俺の進行線上に直列に魔力を集中させている。さしずめこれは……
〈徹甲弾〉!
縦に順次爆発させ圧縮加速させた噴炎が俺ごとバリエラまで貫通させんと迫る。
一点突破の大火力、正面から真向に受け止めるには荷が重いか。
しかし避けるという選択肢はありえない。俺は前衛、すべて防ぐ!
両手の掌底を合わせて前に突き出す。世界一有名な必殺技のポーズを取りながら狙うは一瞬!
おっぱい星人奥義〈松風〉
ボシュゥゥゥゥゥ
高速移動中の車内から窓の外に手を出すと、おっぱいの感触が楽しめるという。手をかざしただけではただの風圧で、手にはおっぱいの重みだけしか感じることができないが、指の間隔を絶妙に調整することで疑似的に柔らかさを再現することに成功したのがこの技だ。通学中の電車の車窓から手を出して車掌に怒られるという壮絶な修行の元にたどり着いた境地だ。
例え加速した爆炎だろうが、力を得た今の俺なら揉み切れるところまで散らし調整できる。
「あれを受け流しきる……!」
さすがにティッツボムも感嘆の声をあげる。悪いなティッツボム、お前の手札が何枚あるか知らないが、それよりも俺が見てきたおっぱい動画の数のほうが明らかに多い!
すでに俺はティッツボムの眼前に迫っていた。
「ならば!」
〈感応爆裂装甲〉!
ティッツボムが最後に〈詠衝〉したのは、まさかの守りの魔法。
外部にのみ爆破をもたらす魔法の衝撃がティッツボムの全身を包む。表面には魔力の網が複雑に走り、接触を図ったものを一方的に弾き飛ばすだろう。
並の相手なら勝利を確信したその瞬間手首から先を失ってしまうかもしれない。
だけどな、こちとらおっぱい星人の名に賭けて、おっぱい相手にタイマンで負けるわけにはいかないんだ。
視線に集中。魔力の流れを精密にイメージ。複雑に絡み蠢く起爆線を理解する。この網はティッツボムそのものだ。すべてを守るために、自らすらも爆弾に変えて爆ぜさせてきた女の生き方そのものだ。
魔法の方は、俺が解除する。だから、ティッツボムの方にはお前がとどめをくれてやってくれ。バリエラ。
おっぱい星人奥義〈天翔乳閃〉
キィン
相手に気づかれることなく一瞬でブラウスの第二ボタンだけ外す神速の鉤爪。
立位からかがむかのように、〈房珠〉の谷間を抜ける弧を描く動きで一か所だけ、俺は魔力の鎧を引っ掻いた。
狙いたがわず俺の指先が魔力の起爆線の隙間を縫って〈感応爆裂装甲〉を解除したのと同時。
「この頑固者おおっ!」
ゴッ
「ぐっ……あっ……!」
俺の頭上を飛び越えるように放たれた、〈脚力強化〉と〈手甲障壁〉を発動させたバリエラの拳が、ティッツボムの脇腹を打ち抜いた。




