第五十三話 おっぱい星人、対峙する
夕暮れの倉庫は俺たち9人が近づく前から門を開け放っていた。
皆の顔を見渡す。バリエラ以外全員うなずきを返した。
* * *
あの日、俺がバリエラの計画を乗っ取ったのを知ると、プニルは無言でバリエラの頬を打った。
そして黙って下げられたバリエラの頭を強く抱きしめた。
「まさか師匠が来ているとは考えていませんでした」
二人から視線を外してデボネアが呟いた。
「王の即断に感謝するしかないな」
「行動力のある方でしたからねえ」
ミルヒアがしみじみと思い出しているのは最初の謁見のときのことだろう。
「それで、バスティア、やる、でいいんだね?」
砂霧が聞くまでもないことを確認するかのように尋ねてくる。
「ああ、俺たちの役目は正面から仕掛けることだ」
皆の目を見てきっぱりと伝える。
「協力してくれ」
奏鳴が微笑んだ。
「やっと言えたねえ。ばすちー」
「ああ。今度ばかりはよかったらついてきてくれとは言わない。来てくれ。俺には皆が必要だ」
「いいよ。必要とされてあげる」
皆も一様に頷いた。
「勝算は、あるのですわよね?」
プニルが合流する。
「ああ、独断で決めてしまったことだが……」
「バスティアがそういうならいいですわ」
プニルはあっさりと答えた。
「マンチェスターの名に懸けて、エルブレストを苦しめたものに報いを与えてくれるのでしょう?」
「ああ、それは約束できる」
俺の言葉にプニルは満足そうに頷いた。
バリエラがやってきて、無言で俺の頬をつねった。
俺も黙ってバリエラの頬をつねり返した。
しばらく二人で何も言わずにそうしあっていたら、ミルヒアが割りこんできて引き離された。
* * *
「ようこそバスティアくん。逃げずに来てくれたことを感謝するよ」
倉庫内は中心部が片付けられていた。広さは40m四方というところだ。高さも相応にある。高校の体育館を思い出したが、それより少々大きいくらいか。
そして倉庫の奥に陣取っていたのは、細身の金髪の男だった。歳のほどは中年と言っていいだろう。積み上げられた箱の上に腰掛けているその姿はまさにいけ好かない詐欺師の風体そのものだった。傍らにはティッツボム他数名の護衛が控えている。
ティッツボムは……〈房珠〉をさらけ出したボンデージ姿だった。しかしその表情は屈辱に染まっている。趣味に合わないな……おっぱいにいたわりが足りないぞドン。
「バスティア様、他にもあちこちに隠れてます。倉庫の外にも」
灼狩の耳打ちに軽くうなずく。そりゃそうだ。女をめぐって戦争しようってんだからな。可能な限りの手勢を集めただろう。
名指しされたのだ。俺も黙って一歩前に踏み出す。ドンは小馬鹿にしたような表情を隠しもせずにこちらをじろじろと眺めた。
「名乗りは要るかな? このあたりではわりと有名人なんだが」
「不要だよ。さっさと用事を済ませろ」
ドンの芝居がかった名乗りをバッサリと切り捨てる。ドンはむっとした顔になった。
「率直に言おう。バリエラを差し出せ。彼女は貴様にはふさわしくない」
「断る。まるで自分が彼女にふさわしいとでも言いたげな傲慢な物言いじゃないか。ドン」
「当たり前だ。俺は彼女を従えるにふさわしい」
ドンは箱から立ち上がった。
「この街で裸一貫から商会を立ち上げ、もはや聖都まで半ば掌握したのがこの俺だ! あのティッツボムすらすでにこうして俺の手駒のひとつになった! 足りないのはあとはバリエラだけなんだよ!」
そう言ってドンは傍らにいるティッツボムの〈房珠〉を鷲掴みにした。
ティッツボムの表情が一瞬引きつるが、声も立てずに微動だにしない。
「バリエラを俺の女として差し出せば、エルブレストの支店長はバリエラにしてやろう。そうすれば止まっている食料も動き出す。断る理由はないだろ? なあ?」
鼻で笑うしかない。
「脅迫しなけりゃ女の気のひとつも引けないのか。器の小ささが知れるぜ」
「黙れ。ならば貴様ごときが何を持っているというんだ」
どこまでも見下すようなドンの物言い。いいだろう、とどめをくれてやる。
俺はことさらにゆっくりと、噛んで含めるようにドンに言ってやった。
「俺のことを、彼女は命を賭けて守ってくれると言ったぞ」
そういってバリエラを抱き寄せる。
嘘言ってないですよ? どう解釈するかはそっちの自由ですけど。
咄嗟のことに目を白黒させてるバリエラだったが、俺に合わせてそっと寄り添うようなしぐさをしてみせてくれた。おお、演技とわかっててもぐっとくるなこれ。〈房珠〉の谷間もよく見えるし。
ここはあえて〈幻照〉を使わずにおっぱいをじっくり眺めさせてもらう。そしてかわりに〈雪庇〉で伸びそうになる鼻の下を押さえ込む。どうだドン。羨ましいだろ。
目論見通りドンの顔から表情が消えた。
「貴様ァ……死にたいらしいな」
「すべてを手に入れたかのような口ぶりのわりに余裕がないじゃないか? ドン」
「穏便に話で手を打ってやろうと思ったがやめだ。やはり貴様を叩きのめして強引にバリエラをもらっていくことにしよう」
ドンが手をかざすと、倉庫の扉が音を立てて閉ざされた。
「知っているぞバスティア! お前の仲間たちの能力をな!」
ドンは俺たち一人一人を指さしながら叫ぶ。
「音使いには真空使いを、砂使いには暴風使いを、物理反射使いには光使いを、身体強化術者にはより強い身体強化術者を!」
ドンの号令に、積み上げられた箱の陰からマントで身を包んだ女たちが現れる。
「炎使いには霧使いを! 雷使いには鉄鎖使いを! 拘束魔法の使い手には魔法矢使いだ!」
合計7人、これにティッツボムを合わせて8人だ。8対8。完全に対策を組まれた敵をぶつけてきやがった。
同じ条件で上手を取って見せることで、力だけでなく格でもこちらをへし折るつもりのようだ。いいね。そういうの嫌いじゃない。女を奪い合うならかっこつけなきゃな。悲しい男の性だ。わかるぜ。
しかし、この情報……やはり裏に乳憎むものがいるのは間違いない。砂霧たちの魔法なんか奴以外知りようがないからな。このまま尻尾を掴んでやる!
圧倒的有利をとったつもりでいるのだろう。ドンはまた芝居がかった態度で語り始めた。
「どうだい私の駒たちは。打ち手としてすでにこれだけの差がついている。これが上に立つ王たるものの資質だよ」
「上に立つ? くだらねえぜ! ドン!」
「なにぃ……?」
「上に立ったら、おっぱいがよく見えないだろうがッ!」
「なにを……言っている……!?」
おっと、興奮してつい前世訛りが出ちまったぜ。
「大事なものを見落とすって言ってるんだよ!」
両手にヒヒイロカネグローブを嵌める。
「俺は横だろうが下だろうが構やしねえ。ただ彼女たちが近くにいてくれればそれでいい! お前のような信仰なき王になるくらいなら、皆とともにある兵であることを望む!」
俺の返事は大層ドンを激昂させたらしい。ドンは唾を吐きながら叫んだ。
「ならば貴様の女どもを今この場で奪い取ってやろう! 忌々しい〈房珠〉を切り落として貴様の目の前で陵辱してくれる!」
……
「なんだと」
貴様。
今、おっぱいを切り落とすとか言ったか!
おっぱい星人の目の前で!
許さん!
「お前には俺の女たちには指一本触れさせねえ!」
……
なんか勢いに任せてすごいことを言ってしまった気がする。
仲間たちがなんかそわそわしている。
あのう、微妙にいたたまれないのですが。なんか反応して。
「わぅ」
奏鳴が変な声をあげた。
「ねえばすちー〈録音〉するからもっかい言って」
「終わったら毎日だって毎晩だって言ってやるから!」
「きゃー」
文字通り飛翔魔法で舞い上がっていった。
くいくいと誰かが服を引っ張っている。
「産む」
振り返ると目をキラキラ輝かせた氷毬が服の裾を握りしめていた。
「いまここで3人産む」
「ほら氷毬、発情ストップだよ。まだ。まだだよ」
砂霧が氷毬を制止する。ちなみにもうアクセサリと言って誤魔化せないくらいに耳がピンピンに立っている。
「バカ者。あとにしろ。今は戦場だぞ」
灼狩が皆を窘める。しっぽをプロペラのように回転させている。残像が見える。
「道場の名義はバスティアン・アーツにするか宵影流にするか後で話し合いましょう」
デボネアが俺の横を通って前に立つ。
「お姉さまたちにはバスティアから話を通してくださいまし」
プニルが髪をかきあげながら逆側を通り過ぎる。
「……」
バリエラが無言で俺の頭を抱きしめた。柔らかい。いい匂いがする。あと頭をごしごしされた。
「さあ、我らが愛すべき従者のために、勝ちますよっ!」
ミルヒアが吼える。ああ、やっぱりそこは従者なんだな。しかもみんなの従者にされてる。
いいけどな! そのくらいむしろ本望だ!
みんなの気合は十分だ。あとはこの世界の流儀で決着をつけよう。
「抜頭!」
俺の掛け声で8対の〈房珠〉が豪快に宙に弾んだ。




