第五十一話 おっぱい星人、犠牲と思惑 ~盾~
【買い出し五日目】
「思った以上にうまく仕入れが進みましたわね」
プニルがほくほく顔で手続き書類を整理する。皆の妙に高い商才のおかげで想定されていた予算をはるかに抑えた価格で食料の準備が進んでいた。すでに冒険者も手配し先発の馬車はディカップを離れてエルブレストに向かっている。作戦はここまでは大成功と言えた。
「ですが、思ったよりブラーレス側の食いつきが悪いですね」
デボネアが眉根に皺を寄せる。それは確かに感じるところはあった。この数日間、かなり俺たちは広域にわたって食料品の仕入れを行っていた。決して目立たない行動ではなかったはずだ。それにしてはブラーレス側からの妨害らしき妨害がない。なにか見えないところで動いている意図を感じて不気味ですらある。
「釣り上げる餌が足りないのでしょうか」
ミルヒアが首を傾げるも、デホネアば即座に否定する。
「同業他社を巻き込んでの妨害工作です。かなりの手間と資金がかかっているでしょう。理由もなく手を緩めるケースはないでしょう。敵側に何らかの問題が起こっている可能性が高いかと」
「何らかの罠の可能性はないかなー?」
砂霧の発言にもデボネアは懐疑的だった。
「物流の停滞という大掛かりな仕掛けを囮にしてかける罠があるとも思えません。もし私たちにこの状況で被害を与えるなら先行した輸送馬車の襲撃が考えられますが、聖都にほど近いこの地ではリスクが大きすぎると言えます」
「それもそっかー」
砂霧は引き下がった。実際先行した馬車から異常の知らせはない。護衛を受け持つ冒険者は〈高速行軍〉などの魔法を持つ輸送の専門家たちだ。すでに最初の馬車はエルブレストの勢力圏内に入っているころだろう。
「乳憎むものの意思が絡んでるとしたら?」
「ないですね」
俺の疑問に答えたのはデボネアではなくバリエラだった。
「ブラーレスのトップがアンティバストの言いなりに動くはずがないです。協力まではしても利益度外視で従うことはありえないのです」
「バリエラ、敵方の情報があるなら出し惜しみしないでほしいのですが」
デボネアが若干とげを孕んだ声で問い詰める。
「できる限りこちらから関わりたくなかったんですけどね……」
バリエラに注目が集まる。
「ブラーレスのトップはドン・マルミエって男なのです。個人的な関係としては、昔求婚されたことがあるです」
「「「きゅっ!?」」」
プニルとミルヒア、あとなぜかついでに奏鳴が変な声をあげた。
「コイバナだね!? これはコイバナの季節だね!?」
「ええい鬱陶しい! そんないいものじゃねーんですよ!」
まとわりつく金髪鳥類を乱暴にあしらうバリエラ。
「昔この街で港の方仕切ってた時に女になれって迫られたですよ」
仕切ってたときたか。
「当時は港の方仕切ってるうちらのグループと、街を仕切ってるティッツボムのボムボム団がやり合ってたです。ドンはいろいろやって稼いだ金でうちらを両方取り込もうとしてただけですよ」
「ちっともコイバナじゃないじゃん! ばりりどゆことっ!?」
「だからそう言ってるじゃねーですかーっ!」
ぎゃいぎゃいやってる二人を尻目に、デボネアは考え込んだ。
「バリエラ、ドンはいまだに貴方に執着してると考えられますか?」
「バリバリ団崩壊後もウザいくらい粉かけてきてたんでワンチャンあるかもですね」
「では、そこを巧みにつけば向こうから接触してくる可能性も」
「……思いつきもしなかったですけど、十分考えられるですね。癪ですけど」
「バリエラを囮にする作戦は許可できませんことよ? デボネア」
プニルが釘を刺すと、デボネアは黙って頭を下げた。
そして、バリエラは何か考え込んでいるようだった。
それがつい先ほどのことだ。
* * *
バリエラに連れられて倉庫街を進む。通りすがるのは明らかに肉米労働者と見える女ばかり。中には明らかに獣の特徴を持つ女性が半裸で荷物を運ばされている。いかつい首輪をされているから捕まえた動物ベースの魔物を奴隷として使っているのだろうが、見ていて気分が悪い。
そんな明らかに商店街とは言い難い区画だ。まず店などない。
それなのにバリエラはずんずん倉庫街の奥へ進んでいく。服装こそ冒険用の改造お仕着せのままだが、はっきり言って気合が入っている。「!?」とか横に浮かんで見える。
正直不穏な予感しかしないです。
「バリエラ……どこに向かっているんだ?」
「……」
「……おねえちゃん?」
「知り合いの店ですよ」
「知り合いというと……その、バリバリ団の?」
「ですよ」
きっとバリバリな店に違いない。
なんとなく深入りしがたい気がしてそれ以上聞けなかった。
「今日のことは舎弟とお姉ちゃんの秘密にしておいてくださいね」
バリバリなオーラを纏いながら言われて、俺は頷くしかなかった。
* * *
「……バリエラ……か?」
「おう」
「帰ってたのか」
「まあ寄っただけだよ」
運河の荷上場の一角にある、いかにも労働者向けの酒場に入ったバリエラは、かけられた声に聞いたこともない返事をした。ちなみに店内はうらびれた印象は受けるがバリバリではなかった。
スカーフを利用した簡易変装を解くと、バリエラはそのスカーフで髪をポニーに結った。
「印象代わりすぎて一瞬わからなかったぜ。まさかメイド服とはな」
「似合わないとか言わないでくれよ? これでも言葉遣いから仕込まれてんだ」
「わりぃ、似合わねえ」
声をかけてきたカウンターの女は、妙に細っこい体つきをしたたれ目の女だった。赤銅色の髪がはぼさぼさで、袖の短いシャツから覗く〈房珠〉は小ぶり。ただし立っているだけで見ているだけで身のこなし方だものじゃないことがわかる。 相手も俺に同じような印象を抱いたらしい。遠慮なさげにこちらをじろじろ観察してくる。
「へぇ、また面白い男連れてるじゃないか」
「新しい舎弟だよ。アデラはいないのか」
「ああ、この時間はまだみんな船のとこさ」
「ちゃんと堅気の仕事してんな。いいことだよ」
「会ってくか?」
「いや、殴られるからやめとく」
バリエラの口から知らない名前と知らない言葉遣いがどんどん溢れ出す。
その光景は奇妙なようで、なぜか妙にしっくりきた。
「手早く済ませたい。ネタを流してほしい」
「街に戻ってきたかと思ったら随分急ぐな?」
「今は使われてる身なんだよ」
「オーケイ、で、何をすればいいんだ?」
「ドンのやつにバリエラが戻って来たぞって伝えてほしい」
「はぁん? そんなのお前が髪縛って表通り歩けば一発だろうによ」
「違う、バリエラはこの街に偉いさんの付き人としてこっそり戻ってきてる、って体で伝えてほしいんだ」
……何をしているんだ?
「バリエラ、その作戦は取らないんじゃなかったのか」
「デボネアはな。こっちは命令されてない……です」
絶句する。
「んな顔しないでくれ……です。これが一番有効な手段なのは間違いない……なのです」
「無理に言葉遣い直してくれなくてもいい! そんなことより……」
「バスティアの前だとこっちの方がもう自然なのですよねえ」
ほほに手を当ててバリエラは困ったように微笑んだ。
「もしこの情報を流して、ドンが助平心出して私にこっそり接触を取ってくるようなら、そこから探りが入れられますです。うまくいけば内部まで入り込めるかも、なのです」
「それなら多分うまくいくな。あの野郎は盾と矛両方揃えることにご執心だったからよ」
赤銅髪の女が口を挟む。
「でも、だからといってそこまでする必要が」
「あるからしてるんですよ」
バリエラがぬっと顔を近づけてきた。
「忘れないでくださいね。今回はアンティバストのしっぽを掴めるかもしれない機会なのです。それに食糧問題も原因は解決していませんです。次はねーんです。このままイモ引くのはなしなのです」
バリエラがこちらの瞳を見つめて言ってくる。
「バスティアをここに連れてきたのは、もし失敗した時に皆に事情を伝えておいてほしかったからです。これはあくまで作戦のひとつ。もし失敗したらデボネアちゃんに次の策を考えてもらってください」
理は、通っている。だがしかし……
嘘だろ? 失敗がどういう意味を指すのかわかってるのか? バリエラ。
俺は顔も知らないドン・マルミエを呪った。
でも、何ができる?
手札が、手札が足りない。