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第五十話 おっぱい星人、決意と欲望 ~主~

【買い出し四日目】


「こういう路地の奥に案外お店があるんですよ」

 俺の手を引いて下町を上機嫌で進むミルヒア。

「ほら、お塩屋さんです。こういうとこはショバ代安いからお買い得ですよ」

 女の子に手を引かれて歩むなんて物心ついたときから覚えがない。

 気恥ずかしいといっても、主命令ですと言って放してくれない。

 このポジションだと〈房珠〉が見えないんだよなあと思いながらも、不思議とそれを不満に思っていない自分がいる。手から伝わる柔らかさと体温が気持ちいい。

 

「こういうとこ歩いてると、なんか昔を思い出してなつかしいですねー」

 ミルヒアは裏路地(ストリート)時代のことをあっけらかんと話す。きっと今の自分に自信をもっているからだ。実力本位の世界で過去をぶっとばしたから、こうやって笑っているのだ。

 強い。それが何だか羨ましい。


「ミルヒアは昔から喧嘩とか強かったのか?」

「そんなことないですよ。だったら肉体強化魔法とか身につかないでしょう」

 いわく、後天的に魔法の才能に目覚める場合は、環境の必要に応じた魔法が伸びるらしい。

 肉体が弱ければ肉体強化系を、身を守る必要があれば防御魔法を、といったように。

 逆にそういう心配がない「強い生まれ」の場合は攻撃魔法などが得意になるケースが多いそうだ。

 在り方を決める〈房珠〉なのだから、理屈は通る。


「ミルヒアってどんな子供だったんだ?」

 俺が聞くと、ミルヒアは一瞬きょとんとした顔になって、そして笑い出した。

「な、なにがおかしいんだ?」

 困惑して尋ねる。

「だって、バスティアがやっと私に興味を持ったんだなって思いまして」

「ええ?」

「バスティア、私のこと今まで全然聞いたことないんですよ?」

 そう、だったろうか。

 そうかもしれない。

 自分の深いところに触れられないように、他人にも無意識に踏み込まないようにしていたかもしれない。

 

「ちょっとどこか座りましょうか」

 ミルヒアはとても上機嫌だった。


    *    *    * 


「こんなところに高台があったのか」

「いいとこでしょう。一昨日くらいに目をつけてたんですよ」

 ミルヒアは気持ちよさそうに伸びをした。元気よく引き上げられる〈房珠〉がいい形に変形する。

 ミルヒアに導かれてきた高台はちょうど下町と高級住宅区画の間にある公園地帯となっていた。いい感じに人々の生活が見下ろせる、俺たちが拠点にしているギルドの屋根も見えた。

 思い返してみると、こうしてミルヒアと二人で歩くのはずいぶん久しぶりの気がする。


 あらためてミルヒアの横顔を見る。すっきり整った美人というわけではない。でも、丸い大きな目に彫の深すぎない顔、やわらかそうな唇。当たり前に胸ではなく顔を見ていた。調子が狂う。


 (やっぱりかわいいなあ)

 

 いつ頃から前に進むのをためらっていたのだろうか。周りに人が増え、そんな中で主と従者という関係がなんだかとても具合がよかったのだ。

 役割を演じていれば、今以外の関係になることはないと。俺も結局氷毬と同じだった。環境のために始めた主従ごっこをいまだに続けるふりをしている。

 

「なにじっと見てるんですか。見惚れてましたか」

 気づかれてた。

「ああ。我が主は美人だなって」

「ふふふ、従者にも私の魅力がわかってきましたか」

 楽だ。 主と従者の関係はとても楽だ。


 ゆえに、乾く。


 紛らわせるように、ベンチに腰掛けて尋ねる。

「ミルヒアはいつごろから冒険者になろうと思ったんだ?」

 隣に腰掛けたミルヒアが唇に手を当てて思い出す素振りをする。

「んー、なろうと思ったってより、なっていた、ですかね」

「どういうことだ?」

「魔力が強くなって、魔法が使えるようになっても、別にそれまでと同じ仲間で身を寄せ合う生活は変わらなかったんですよね」

 裏路地(ストリート)で多少力が示せても、劇的な変化は起こらなかったということか。


「でも、それまでやってた日銭仕事よりはマシなことができるようになって、だんだん仲間たちもいいもの食べられるようになって、いろいろやってるうちに、闇の仕事じゃなくて表できちんと受けたほうがいいぞって言ってくれる人がいて」

「真面目にこつこつやってたからだろうなあ」

裏路地(ストリート)で不義理なんかしたらそれこそ死活問題ですよ。こっちは簡単にやられちゃう立場なんですから」

「力をつけて、周りを見返してやろうとは思わなかったのか?」

「そんなことしても、こっちはちっちゃいのがいっぱい集まってる所帯ですからね。恨み買っても損しかないんですよ。舐めない代わりに舐められない。それが私の処世術ですっ」

 ミルヒアはふんすと鼻息を荒げた。


 強いわけだ。一家を率いる親分の心意気である。

 それに比べて俺はあまりにも矮小だ。


 ミルヒアがこちらに身を乗り出す。〈房珠〉がたふんと寄せられて見事な谷間を描く。

「じゃあ私の番ですね。バスティアはどうして武術を極めようとしたんですか」

「武術……?」

「毎朝練習してるじゃないですか」

「ああ……ああ! おっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)のことか」

 一瞬武術と繋がらなかった。どう説明したものか。


「あれは……実は、実は武術じゃないんだ」

「そーなんですか!?」

「そーなんだ」

「じゃあ何のためにあの技を?」

「何のためかと言われるとなあ……」

 観念するしかないか。ミルヒアは自分のことを語ってくれた。俺ももう偽りたくない。


「胸を、この世界で言う〈房珠〉を観察し、触るための技……だ」

「武術じゃないですか」

「あれえ?」

 まてまてまて。違うそうじゃない。


「俺のいた世界では〈房珠〉に特別な力がなくてな……戦う必要がないんだ」

「つまり趣味で武術を修めていたということでは?」

「そういう精神修養的なものでもなくて」

 なんで俺はこんなに必死になって、惚れた相手に自分の変態性を説明しているのだろう。

 

「つまり、バスティアの世界ではあまり役に立たなかった技が、この世界では役に立ってるってことですよね」

「そう、いうことなんだがぁぁぁぁぁぁ」

 伝えがたい衝動に悶絶する俺に、ミルヒアは実にあっさりと言った。


「じゃあいいじゃないですか」

「……いいんだろうか」

「私がいいっていうから、いいんです」

 ミルヒアが立ち上がった。


「バスティアは知らない世界からやってきて、知らない技で私を助けてくれました」

「あれは……偶然だぞ」

「それでも嬉しかったんですよ。命が助かったのもですけど、なんとなく決まってしまっていた私の在り方をなにか強烈なものが変えてくれるような気がして」

 ふわりとほほ笑んだ。

「そして、私をこんなとこまで連れてきてくれました。〈草刈り〉ミルヒアを、です」

「そこまで感謝されると、さすがにこそばゆな……」

「感謝もしますよぅ! あの恐ろしいフレアクロ―と取っ組み合いとか、普通は考えませんよ?」

「あれはそれこそ成り行きだ。様子を見に行ったらやつが襲い掛かってきたんだ」

「戦う力がないのに様子を見に来たんですか?」

「……まあ、そういうことだよなあ……よく生き延びたって思う……」

「無鉄砲で子供のころから損ばかりしてたりします?」

「漱石じゃないか……よく知ってるなあ」


 ほんとこの世界へんな現代日本知識が伝わっている……


 ん? 違和感を覚える。

 これ、このままスルーしちゃいけないと脳のどこかが警報を鳴らしている。


 ……!


 ツキガキレイデスネ


 あああああああああああああああああ!?


 ええええええ。なんで知ってるの!? おかしいだろ!?

 異世界警察仕事しろよ!

 顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。


 そんな俺を見てミルヒアは音が聞こえてきそうなレベルでにんまりとした。

「お勉強っていいものですねー」

「ちょ、ミルヒア、いつから知って」

「ソーセキですよ。バシャンだかドボンだか忘れましたけど」


 惜しい。いやそうじゃなく。


「前も言ったでしょ。バスティアは私のこと侮りすぎなんです」

「うう……ミルヒア……けっこういい性格してるな?」

裏路地(ストリート)育ちの冒険者ですからねー? 御し易しと思われるのは心外ですねー」

 上機嫌である。あー、未だに心臓がバクバク言ってやがる。


 するとなんですか。あの三日月の晩からずっとバレてたわけですか。

 まあこっちも特には隠そうとはしてなかったけど、その上で知らないふりされてたわけですか。

 ええええええ何のために一生懸命かっこつけてたのかわかんなくなってきたぞ俺。


「バスティアは結構わかりやすいんですよ。遠慮しなくていいところで遠慮してるとことか」

 散々である。考えたらみんな俺より年上っぽいんだよなあ……人生経験が違うのか。

 くっそう……反撃しなくちゃならん。仕入れたばっかりの特大爆弾を使ってやる。


「そういえば灼狩からとんでもないことを聞いたんだが」

「ふふん、逃げますか。いいでしょう、で、とんでもないことって?」

「なんか全部終わったら子作り解禁とか」

「うぇ」

 

 カエルがげっぷするような変な声が聞こえた。

 そして、あーとか、うーとか、主殿はわけのわからない音声を発しはじめるミルヒア。

 目まぐるしく表情をぐるぐる切り替えた後、結局うがーっとなる結論に達したらしい。


「しょーがないじゃないですか。今更あっちいけシッシッとかできるわけないでしょう!」

「いや、そりゃそうだけどさ!」

「事後承諾ですか! 事後承諾が不満なんですか!?」

「いや、そういうわけじゃなくて! ミルヒアはそれでいいのかって!」

「よくはないですよっ! なんで私だけのバスティアでいてくれないんですかっ!」

 ミルヒアが肩をぽこぽこ叩いてくる。地味に反動でぽよんぽよんと〈威力強化〉が〈自動詠衝〉されてて痛い。


「この際だから言わせてもらいますけどね! バスティアは従者なんだからもっと主を構わなきゃいけないんですよ! それなのにあっちこっちで女に気を持たせて!」

「いや、紳士的でいようとしていただけなんだが……」

「それでいろいろ解決しちゃうからたちが悪いんです!」

 主殿はあらぶるふりをした。耳が赤い。なんか見てるこっちまで赤面してくる。

 

 ミルヒアはキッとこっちを見据えた。気圧されて一歩下がる。

「いいですか。こうなったら絶対に英雄になりなさい」

「なりなさいって」

「世界を救いなさいって言ってるんですっ! そうしたら私含めて誰も文句は言いません!」

 ミルヒアの目は真剣だった。

「この男が力を持たない世界で、私含めて力づくですべてものにしてみなさいって言ってるんです!」

「え?」

「過去とか、今とか、常識とか、全部吹っ飛ばすくらいのことをしてみせろって言ってるんですよっ!」


 ショックを受けた。

 そんなこと考えもしなかった。

 

 なんだそんなことか。

 そんなことでいいのか。

 全部を失わないまま、全部を手に入れたければ、それにふさわしい手を持てばいいのか。

 自分に資格がないと思うなら、自分で資格を手に入れればいいのか。

 

 おっぱい星人(バスティアン)が女を泣かせないで済む試練なのだとしたら、ハードルが低すぎるだろう。


 やってやろう。他ならぬ自分のために。自分の好きな〈房珠〉、いや女たちのために。


 目の前のミルヒアを見る。

 くっそう、やっぱりいい女だなあ。

 自覚した途端ハーレムのために動くとか俺も大概狂ってる。

 だけど、俺は何かを諦めるためにもう一度生を受けたわけじゃないのだ。

 全部、この手で揉んでやる。


「約束する。全部決着がついたら、一番最初にミルヒアをもらいに行く」

「言いましたね。従者のくせに」

 ミルヒアは挑発的に笑った。

「じゃあ、もし失敗したら、バスティアは一生私の従者、いやしもべでですからね」

「失敗したら、世界が残ってないと思うけどな」

「そのときは、一緒に『死んでもいいわ』って言ってあげます」

「ぐう……」

 赤面する俺を見て、ミルヒアはまたにんまりと笑うのだった。

 きっと、これから先も俺はこのネタでミルヒアにからかわれ続けるのだろう。

 これからずっと。ずっと。


 それはひどく幸せな未来に思われた。


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