第五話 おっぱい星人、従者として過ごす
「バスティアの服を買いましょう」
喧噪のギルドを抜けだしてすぐ、ミルヒアはフレアクローの討伐報酬である大きな銀貨を一枚こちらに押し付けようとしてきた。こちらの相場がわからない俺にだってそれが大金だというのくらいはわかる。
固辞しようとしたがミルヒアは頑固だった。それならば俺の身の回りの品をその金で調えるという。
それならむしろ必要なことに思われた。俺の姿は前世の姿そのものだ。もちろん服装もだ。
孤児院に向かう道から寄り道して男性用の服を扱っているという店舗に連れてこられた。
さばさばしたチュートップ姿の店主さんは非常に好印象だったが、店を眺めるうちにその気分もだんだんと下がっていく。
はっきり言って扱っているモノが良くない。代わり映えしない無色の貫頭衣のような服ばかりが並んでいる。
というかこんな農奴仕様のミニスカワンピースみたいな服で森とか行けってそれは無理です。
(せめて下穿きを! 下穿きを要求する!)
俺の悲痛な視線での訴えを受信してくれたのか、敬愛なる我が主は店主に注文を付け始めた。
そして至極あっさりとこう言ってのけた。
「冒険者の従者用の服は別の店のようです」
結局普段着用のワンピースもどきを数枚購入し、店主に教えられた店に向かう。
「従者なんか持ったことないんですからしょうがないじゃないですか」
ミルヒアがなぜかふくれている。肉付きがよい丸みを帯びた顔がますます丸い。
しかしぽよぽよ感あふれる主に言いたいことがあるのはこっちだ。
「あんな服着て冒険の付き合いはできないぞ。それとも我が主は従者の生足姿をご所望で?」
「……」
一瞬黙り込むミルヒア。そして
「アリでは?」
「アリなのかよ」
ちくしょうこいつ案外スケベだぞ。自分はおっぱい丸出しのくせに。
ジト目で眺めてやるついでに〈房珠〉をガン見してやる。
もちろんミルヒアはどこ吹く風だ。謎の敗北感である。
* * *
「着きました。こんなところにあったんですね」
従者服を扱う店は比較的高級な店が並ぶ一角の裏通りにあった。従者の維持には一定以上の余裕が必要と考えるならむしろ納得の立地だ。
明らかに一見さんをはねのける気満々の重厚な扉をミルヒアは躊躇なく開ける。怖いもの知らずである。
とはいえ店に一歩足を踏み入れた俺は思わずほう、と声をあげてしまった。動きやすそうな皮鎧、各種道具を吊り下げられそうなベルトやハーネス、頑丈そうなブーツ、大きな背負子、調理道具をそろえた一角まである。まさに想像通りの冒険者の店である。ゲームの中にでも飛び込んだかのような新鮮な感動が押し寄せてくる。
そんな品々の奥に店主がいた。見た目は20代後半、黒髪は短く刈り込まれどこか退廃的な瞳、例によって胸の開いたツヤのあるドレスを着ている。カップはBに近いAと控えめだが肌質の良さから濃厚な魔力を圧縮しているのがわかる。只者ではあるまい。
そんな店主がからかうような口ぶりで声をかけてくる。
「お嬢ちゃん、うちは高いよ」
「心配ありません! 軍資金はあります!」
颯爽と大銀貨を取り出すミルヒア。バカ!と心の中でつぶやく。初見の店でいきなり財布の底を見せる奴があるか。
大金を持ち慣れていないことがバレバレである。店主がヒュウと口笛を吹いた。
「お嬢ちゃん、来たのがうちの店でよかったよ。他所ならボロ皮鎧をドラゴンアーマーって売りつけられてたね」
え、そういうものなのですか? ときょとんとした顔でこちらを見上げてくるミルヒア。俺は必要以上に沈痛な顔でうなずいてやった。ショックを受けるミルヒア。あまりにも小さくなってかわいそうなので肩をぽんぽんと叩いてやる。
それを見て店主が眼を剥いた。
「お嬢ちゃん、あんた随分従者に自由にさせているんだね。初めて従者持つならガツンと躾けておかないとダメだよ」
「ほっといてくれ。うちはこういう雇用契約でやってる」
まさか従者が反論してくるとは思わなかったのだろう。店主は目を白黒させている。
「いえ、バスティアの言う通りです。お構いなく」
ふん、ならいいけどさ、と店主はつぶやき、では何をお求めで? と接客モードに切り替えた。
動きやすそうな綿生地の上下に軽量化重視の革靴、関節を守る最小限のプロテクターとそれと身の回りの小道具を見繕う。
ふうん、と店主。
「そっちの兄さんは『動けるタイプ』かい」
それならこれはどうだい、と奥から細身の短剣を取り出してくる。
「いや、使い慣れない武器は持ちたくない」
「ならなおさら持っておいた方がいいね。見た目のハッタリ用に」
「それもそうか」
たしかに非力なはずの男が徒手空拳でいるのは不自然だ。店主の言葉にうなずいた。
ミルヒアが割り込んでくる。
「じゃあ包丁にも使えるやつにしましょう」
包丁にもねえ、といって店主は手早く直刃に近いナイフを数本カウンターに並べた。
いずれも柄が小ぶりでたしかに包丁に近い形をしている。
「俺は料理なんかろくにできんぞ」
「りんごは剥けますか?」
「まあそのくらいなら」
「なら私より料理できます。よろしくお願いします」
いつの間にか料理担当にされてしまった。店主が呆れているのがわかる。
というか下限設定甘くないですかミルヒアさん。きみどれだけ料理できないの。
こうして従者バスティアがエルブレストの街に誕生した。
* * *
おっぱい星人の朝はおっぱい星人奥義の研鑽から始まる。
この習慣はミルヒアの孤児院に間借りするようになっても変わらない。裏庭で念入りにストレッチをしたのち、それぞれの動きを丁寧に再現していく。
孤児院に間借りするようになってから数日が経っていた。
はじめのうちは皆に奇異の視線で見られていたが、ぽつぽつ他の子どもが真似をして合流するようになっていた。フフフ所作の意味は分かっていないようだが、こやつらなかなか筋がいい。
「バスティアはなんでこんなことしてるの?」
最初に俺の真似を始めたリコルという少年が疑問を口にする。
「運命にあらがう力を鍛えているんだ」
おっぱいを揉むための鍛錬だよーとはさすがに純真な子供の前では言えない。
「これ続けていると強くなれる?」
最近練習に加わるようになったミアという女の子が聞いてくる。
「約束はできない。だがいざという時やれることは確実に増える」
おっぱいを揉むための技だから強くはなれないよーとは純真な子供には伝えられない。
……そして最近増えたのは子供たちだけではない。
(また見ている……)
柱の陰からじーっとこちらをデボネアが観察している。
しばらく前から孤児院の周りに出没するようになった。隠れているつもりなのだろうが一度触ったおっぱいの気配を見逃す俺ではない。気づいていないふりをしていると、そのうちデボネアの気配が遠ざかるのを感じた。
* * *
孤児院にいる子供たちは20人ほど。これをミルヒアが一人で養っている。
孤児には身分の低い男子だけでなく、潜在的に〈房珠〉の力が弱いとされ親に捨てられたような女子も含まれている。孤児院を名乗りながらもスポンサーがいるわけではないらしい。ミルヒア姉と呼ばれているミルヒアの稼ぎで維持している寄合所帯らしいが、あまり詳しいところまではわからない。
寄合所帯なので俺は比較的簡単に受け入れられた。なによりミルヒアが連れてきたというのが大きかったらしい。今は道具小屋の梁の上に板を渡して間借りしている。
年少組の日々の世話は年長組が見ているので、ミルヒアの仕事は冒険者として働いて報酬を稼いでくることになる。毎日のようにギルドに向かうミルヒアに従者としてついていく。
万が一のことがあって帰ってこれなくなるわけにはいかないので、ミルヒアが受ける仕事はどうしてもリスクの低い薬草採集系の任務が中心だ。ぱっとしない日帰り任務なので取り分は少ない。それゆえに組んでくれる仲間もいない。だから業績をあげる機会もなくDランクに甘んじていたということだ。口幅ったい輩がミルヒアを『草刈り』と呼ぶのはこれが原因である。
それが前の〈治智比べ〉で状況が変わってしまった。正式な力比べでCランクを打ちのめしたのだから、ギルドもミルヒアのランクをDのままにしておくわけにはいかない、と受付さんはきっぱり言い放った。
こうして半ば無理やりCランクに押し上げられたミルヒアには、討伐系の仕事が当然の義務として割り振られるようになったのである。
「バスティア! そっちの一匹あと20秒押さえてください!」
「了解した!」
今日の仕事は農場近くに湧いた暴走ドリアードの討伐だ。これは木に〈房珠〉が生えたもので、強い力をつけると手足の先が樹木状になっている女性の姿をとる。比較的無害な存在だが「栄養を地面から吸い上げる」という在り方が強化されるため、農場の近くに出た場合には深刻な被害をもたらす場合もあるのだ。
今回は敵が二体いるので、ミルヒアが一体を片付けている間、残りの一体を封じるのが俺の役目だ。
こちらを観察しているような視線は感じない。ならば存分に能力を震えるというものだ。
こっちの顔面を狙って突き出された鋭利な枝状の突きに、暴力女のパンチへのカウンターで乳の谷間に潜り込むためのおっぱい星人奥義〈柳華〉を合わせる。
「ぴゃっ!」
思いのほかかわいい声をあげたドリアードの背後に流れるように回り込み、そのまま背後から〈房珠〉を揉みまくる。これでフィニッシュだ。がっつりホールドしたDカップ、逃がしはせんよ。
「ぴゃーっ! ぴゃーっ!」
「無駄だ。我が技法からは逃れられん」
無駄な抵抗をするドリアードを完全に封殺する。あとは向こうを片付けたミルヒアを待つだけでいい。
「はーっ!」
それに対してミルヒアの戦闘スタイルはシンプルだ。走りながら〈鞘〉から〈房珠〉を〈抜頭〉させ、一歩目の踏み込みによる乳揺れで脚力強化の〈詠衝〉を、二歩目の乳揺れで空気抵抗軽減の〈詠衝〉を発動させ、最後の踏み込みで衝撃力を倍加の〈詠衝〉を乗せた一撃を相手に見舞うのだ。
ズドム、という人体が発生させてはいけない音を伴い打ち込まれたミルヒアの拳は、見事に一体目のドリアードの鳩尾に吸い込まれていった。
「ほんとすごいですねバスティアのその技」
「直接相手を倒せないのが歯がゆいけどな」
こっちが押さえていたドリアードはミルヒアの魔力を込めたチョップを食らってただの木に戻った。
手のひらを軽く握りしめ先程の感触と感覚を反芻する。
ミルヒアとの共闘のなかでだんだんと何ができるのかを把握していく。〈房珠〉に流れる魔力に外部から干渉しその流れを妨害、〈房珠〉持つものの魔法行使を封じ、一部魔力による身体強化すらも無効化できるようた。
この世界においては非常に強力な切り札だが制約も多い。完全に接触型の能力であるから相手が距離を取る戦い方を選択した場合は無力だ。また人の身である俺には腕は二本しかない。多数相手に無双できるような具合のいい使い方はできない。
俺はこの能力を〈妨害〉と呼ぶことにした。
「不思議ですよね。普通は〈詠衝〉中の〈房珠〉を手で妨害するとかできないんですけど」
ミルヒアが〈鞘〉をつけ直しながらこちらの手をしげしげと見つめる。〈詠衝〉の妨害自体は不可能ではないらしい。ただしそのためには魔力の塊である〈房珠〉を直接相手の〈房珠〉に叩きつけなくてはならないとミルヒアが教えてくれた。
魔法が使えるならそんなリスクを負う真似をする前に魔法を叩き込めばいいのである。結局そんな戦い方をするものはいないということであった。