第四十八話 おっぱい星人、楔と自覚 ~鎖&嬢~
「バスティアって、ぶっちゃけ女性に興味ないんですか?」
「ぶっほう」
デボネアの唐突な言葉に露店で買ったバインジュースを思わず噴き出した。
「なんでいきなりそんなことを」
「これだけ周りに女がいるのに、まるでなびこうとしないので」
手は、出してます! めっちゃ触ってます!
でもこの世界の感覚では俺は『幕末に飛ばされたのに新選組隊士無視して刀ばっかり研ぎたがる刀剣マニアJK』みたいな扱いなのである。
なんだろう、こちらにとっては都合がいいのにまるで気付かれてもいないことに対するこの気持ち。
「いや、興味はあるぞ。バリバリある」
「疑わしい」
「しょうがないだろ、性格なんだよ」
「どんな性格ですか。乙女ですか」
「男に乙女は使わないだろ……」
いやこれ童貞臭いと責められてるのと同じだから合ってるのか……
こんな会話をしつつもデボネアは次々と店頭から保存の利く香辛料やナッツ類を仕入れている。
話を逸らす隙すらまるでない。
「じゃあ直接聞きます。バスティアは私に欲情しますか」
「ぶぼっふ」
さっきより多くジュースを噴き出した。
さすがに店のお姉さんもぎょっとしてデボネアを見ている。
「答えてください」
「さすがに羞恥プレイが過ぎる!」
「先ほどは質問を急ぎ過ぎました」
水路の見えるカフェテリアに緊急避難する。屋外バルコニーの角の席を確保したので大騒ぎしない限り聞き耳を立てられることもない。
「本当に勘弁してくれ……心臓に悪い」
「で、実際のところどうなのです」
「どう、とは」
「これからどうするつもりなのかということです」
「それ、今の流れと関係あるか?」
「いえ、もしかしたら、程よくなにか成し遂げた気になって、その後彼の姿を見たものはいない的な幕引きで誤魔化そうとか企んでいないかと思いまして」
「うぐ」
改めて釘を刺されてしまった。
さすがにそれをするつもりはもうないが、どこか及び腰になってるのは見抜かれていたわけだ。
いなくなるつもりはないが、そのまま惰性で行ってしまおうという気持ちああったのは否定できない。
はあ、とため息をつくデボネア。
「もし、それを誠意と考えているなら、それは大きな間違えだと進言しておきます」
「やっぱりそうだよなあ……」
「さらにいうなら、やけくそ気味に一人を選んでけじめをつけた気になるのも、もう手遅れです」
「ソウデスヨネ」
「早々に覚悟を決められた方がよいかと」
「ハイ」
お説教である。実はさっきから巧みに〈金縛り〉が〈詠衝〉されていて身動きが取れない。
正直乳揺らされながら説教されるという倒錯的なシチュに新たな扉が開きつつある。
デボネアがもう一度ため息をつく。
「私にはバスティアが躊躇しているのかまるでわかりません」
「自分でも言葉にし難いです」
「ただ、今目の前にいる相手は、少なくとも今の貴方を見て惹かれているということを忘れないでください」
「はい」
デボネアは三度目のため息をついた。
「私は、逃がすつもりはありませんからね」
目がマジだった。
ついでにいうと〈金縛り〉もまだ解かれていない。
* * *
【買い出し二日目 午後】
「さすがにこういうところでは全く勝手がわかりませんわ……」
「まあ、昨日だいぶ仕入れられたからな。今日はそこまで焦ることはない」
市にもまれて消耗しているプニルに手を差し伸べる。
プニルはよろよろと俺の手を取った。
「バスティアはこういうところには慣れていますの?」
「人ごみはまあ慣れてるけど、市場は慣れてるとは言い難いな」
「それなのにずいぶん余裕がありますのね」
プニルを連れての買い出しは、正直うまくいってるとは言い難かった。
プニルの性格がまず商人との交渉に向いていない。相変わらず不器用でまっすぐで頑固なのだった。
じゃあ苦労しているかというとそんなことはなく、いままでの連れに頼り切っていた買い出しと違って俺がエスコートしている感覚があって新鮮だ。
昨日今日と皆がするのを横で見て学んだやり取りを、見よう見まねで実践し、そこそこの買い物をする。それだけで横で見ているプニルが感心の目を向けてくれるのだから、くすぐったいやら申し訳ないやらである。
表示されている価格よりそれなりに安い値段で俺が干しアンズを仕入れたのを見て、プニルはため息をついた。
「異世界から来た人間のほうに先に馴染まれていることに抵抗を覚えますわ……」
「これはお嬢様の仕事じゃないだろ。気にすることはない」
「私一応冒険者でもあるのですけど」
ぷう、とむくれてみせる。
普段から立場ある人間として振舞おうとしているプニルがそういう顔をするのを見るのは初めてだった。
悪しざまな舌打ちとかはたまに見ているが。
「変わりたいと思っても、なかなか変われないものですわね」
「プニルは変わりたいと思っているのか?」
「もちろんですわ。今日はせっかく二人きりの時間を持てたのですから、カッコいいところを見せたかったのですけど」
「そうか? こっちはなんかおたおたするプニルが新鮮に見えて悪くなかったぞ」
「貴方はまたすぐそういうことを言う……」
ちょっとすねた顔をするプニル。
「バスティアは、変わりたいとは思ったことはありませんの?」
「どう、だろうなあ」
この世界に来て、俺は実にのびのびやっている。それもおっぱい星人としてだ。
正直言うと、変わりたいと思ったことはない。
逆にいうと、変わるのに臆病になるくらいには、この世界は今の俺にとって居心地がいい。
ひいては、今のぬるま湯のような環境が居心地がいいということだ。
変えたくない気持ちが大きい。だけど、変えてしまいたい気持ちも、ある。
「なくは、ないかな」
「意外ですわね。バスティアは完璧超人か何かなのかと思っていましたわ」
「とんでもない評価をつけられたな」
前の世界では変人変態の類で呼ばれるには事欠かなかったし、なにより俺自身がそれを受け入れていた。
それは言い換えれば開き直りのような自分を傷つけない術だった、と今知った。
その証拠に、目の前の美少女……見た目はそうだ……に純粋に褒められて、ふわふわしたような嬉しさがある。
自分の中にそんな助平根性が眠っていたかと今になって自覚する。
そして、やっぱりこの子たちに嫌われたくないなあと思ってしまう。
「俺は、ただ皆に嫌われたくなかっただけだよ」
口に出ていた。
失言だ。ほらみろ目の前のプニルがきょとんとしている。
だが、俺がそれを取り消す前にプニルが反応した。
「そんなの当たり前じゃないですの」
「え?」
「嫌われても構わないと思って行動する人はいても、嫌われたいって思って行動する人なんていませんわ」
「そういうものか?」
「少なくとも私はそう思いますわ」
ふんすと胸を張る。
「そして、そんな私から見ても、バスティアは私に嫌われることは一切してきてませんわ」
「そうか、それはよかった」
「よかったと思ったのはこちらですの」
「へ?」
「少なくともバスティアは、私を嫌われても別に構わない相手とは見ていないということでしょう?」
そういうことだ。
漠然と仲間に嫌われたくないというのではなく、今この瞬間俺はプニルに嫌われたくないのだ。
「もし」
「はい?」
「もし、俺の本性を皆が知ったら、俺は皆を失望させてしまうかもしれない」
「どんな深い業を抱えてらっしゃるの……」
おっぱい星人です。女性をおっぱいでしか見てないおっぱい星人です! どうぞよろしく!
いや、それだけだったならこんなに悩んでないのか。
いつごろから俺はシンプルにおっぱいだけで物事を考えられなくなっていたのだろうか。
俺は、おっぱい星人ではなくなってしまったのだろうか。
だめだ、この戦いが終わるまでは、少なくとも俺はおっぱい星人でなくてはならない。
盛り芸術や乳憎むものに対抗するには、この力が必要なのだ。
「もし、全部の戦いが終わったら、皆に言わなきゃいけないことがあると言ったら、聞いてくれるだろうか」
「それが貴方の業ですの?」
「そうだ」
「楽しみにしていますわ」
プニルはフフッと笑った。
「それが多少は貴方の弱みになって、貴方が私の手の届くところに降りてきてくれることを期待しますわ」




